眠りについたこの街が、30年以上の時を経て今甦る。

書店員応援コメント

●第三回

山本亮(やまもと・りょう)
大盛堂書店

掴みえぬ理想を追う男たち

第三回歌舞伎の女形として活躍した先代中村雀右衛門は、女形について「舞台の上だけで咲く、実際はどこにもいない『あだ花』、幻想のなかの花」とし、「だからあれほど美しく、怪しい色気を備えている」と彼の自伝のなかで記している。(『私事』岩波書店)

それに対して、この物語に描かれている男たちは、?みえぬ理想の蜃気楼のようなものかもしれない、と思わずうなってしまうほど人物を魅力的に描く作家がいる。その作家の名はもちろん北方謙三氏だ。海沿いの街・N市を舞台に欲や不条理の世界にうごめく主人公・川中など食えない男たちが登場する本シリーズ、3巻目を語るには「女」を避けては通れないだろう。

フロリダでレストランやホテルを経営していたが、妻をある事情から亡くしたあと、それらの店を閉めた秋山は娘の安見と、秋山と同じ事情から店を閉めた土崎と共に、その愛してやまないクルーザー『キャサリン』で、N市へたどり着く。心がささくれた秋山を包み込むのは安見の無垢さであり、川中が持つ海岸沿いのバー『レナ』の主人・菜摘がしたたかでありながらも示す情の深さだ。それは女形と同じように、もしかしたら「幻想のなかの花」なのかもしれない。だからこそ尊く、頑なに人の情けを拒み演技を続ける男たちが、一筋の真摯な心根を女性から受けたとき、その身体に新たな血が通う。そして先へと続く物語に隅々までそれが染み渡るとき、読者は理想とも畏怖の対象ともつかぬ者たちの姿に出会うのではないだろうか。

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