眠りについたこの街が、30年以上の時を経て今甦る。

書店員応援コメント

●第六回

倉史朗(たかくら・しろう)
紀伊國屋書店福岡本店

小説にのめりこむ快感

第六回シェイクしたドライ・マティニーやワイルド・ターキー、シトロエンCXパラスにポルシェ911。ただ単に「車」とか「酒」とは書かれることなく、作中に現れるこれらの名前は、登場人物の持つ拘りを醸し出しながら小説の世界を彩るアイテムとなっている。いや、「アイテム」という言葉はハードボイルドの世界には似つかわしくない。マティニーならマティニー、ポルシェならポルシェとして描かれるべきであり、その名前、固有名詞が示されるたびに読者の頭に浮かぶ映像はより鮮明になるはずである。

このような登場人物たちの拘りが、北方氏の「ブラディ・ドール」の世界では随所に描かれており、そのディテールを楽しみながら一気に読み通すことができる。一流の男がたしなむ酒であり、彼らが選び抜いた名車であるが、決して酒や車のみにとどまることのない、男たちの生き方の拘りが物語の端々に語られており、その一言一言を咀嚼しながら、小説の中に深くのめり込んでいく快感はハードボイルドならではの楽しみである。

川中や藤木、桜内が危うい状況下で何を思い、何を考えて生き抜こうとしているのかを、ストーリーを追いながら拾い上げていく、そして極上の物語にのめり込んでいく至福。そんな贅沢な時間を楽しむことができる。この拙文をお読みの方々にもぜひ味わっていただきたい魅力がここにある。

そう云えば、第6巻『黙約』では桜内が自分の足にメスを入れる場面で、コミックの『ブラック・ジャック』の1シーンを思い出してしまった。もし私が「ブラディ・ドール」に立ち寄り、そこで桜内と出会えたらその話をすべきだろうか。

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