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男たちの大和 / YAMATO

青い輝きの菊華紋章―東シナ海・戦艦大和探索記

『男たちの大和』を描いた姉の辺見じゅんから、戦艦大和の発見と引き揚げに力を貸して欲しいと頼まれたのは、昨年の一月末であった。戦艦大和の最期を、彼女が書いてみたいと言いだしたのは、春寒の能登へ旅した時である。その晩、戦艦大和の沈没後、救助された生存者の一人が、収容された島に咲き誇る櫻(さくら)を見た瞬間、その無情さに突如発狂したというエピソードを、辺見じゅんは私に語ったのである。

私はこの話にひどく心を動かされ、ぜひ一冊にまとめるよう彼女に勧めたのである。大和と櫻という取り合わせが、詩的イメージを触発したからでもある。しかし、戦艦大和の発見と楊収(ようしゅう)となれば、個人が本を一冊書くというレベルではない。多額の資金と国家的な協力を必要とするからである。民間がおいそれとできる企画ではない。私はこの時、やっかいな問題を持ち込まれたと思った。私が知っているだけでも、十人以上の男たちが、戦艦大和の発見に情熱を傾け、ことごとく敗退してきたからである。

砂漠に落ちた針を探すような計画(プロジェクト)にのるべきではないという常識が頭を横切ったが、悪いことに、私は常識人ではなかった。常識よりも情を優先させる生き方をしてきた。沈みゆく大和と満開の櫻というイメージがふいにひとつとなり闇に消えた。この時、私が辺見じゅんに語ったという次の言葉を、実際には記憶していない。言葉が勝手に放たれたのだ。

「大和の魂を引き揚げるのか」

戦艦大和の発見と遺品の楊収のために、私は「海の墓標委員会」を組織し、委員長には辺見じゅんを据えた。現実として戦艦大和探索行が始まったのは七月二十九日、初めてこの計画(プロジェクト)を彼女から頼まれた六ヵ月後のことである。

鹿児島湾を出航して間もなく、ひとつの超自然現象を目の当たりにした。全く海軍旗そのものの大夕焼けが西の空に浮かんだのである。それはこの探索行の予兆であった。

七月三十一日、イギリスから空輸されてきた潜水艇「パイセスII」は、前日同様、北緯30度43分17秒、東経28度4分0秒附近で潜水を開始した。クルーは元イギリス海軍のジョン・ジュリー船長と私。すでに前日の三十日には、二人とも大和らしき巨大戦艦の艦尾(かんび)部分と大型スクリューを目撃していたが、遂に大和という確認は得られず、本日は、前日に見つけたスクリューを計測すべく、マニピュレーター(義手)に一メートルのメジャーを噛ませている。

水深五〇メートル。海の色はスカイ・ブルーである。四十年前のことである。私の家では母が偶(たま)に寒天の羊羹を作ってくれた。それは真っ青で透明な空の色をしていた。毎日、野砲(やほう)の音が絶えない家の附近から、その灯に限って、一切の音が息をひそめていた。私は母と手をつなぎながら、両側が畑になっている道を歩いていた。空は雲ひとつなく、まるで空が海に変り、二人とも上に向かって落下するような錯誤を感じた。同時に、それは母の作ってくれる羊羹を思わせた。あの日の空の色が、潜水艇のガラス窓の前方に横たわっていた。あの日が八月十五日と知ったのは、はるか後年である。

水深一〇〇メートル。色はインディゴ・ブルーに変り、艇内は急速に冷えはじめる。私たちは黒潮の体内にいた。

水深二〇〇メートル。海は暗黒の宇宙に変貌する。戦艦大和の探索行が、静かに瞑(ねむ)っている英霊をかき乱すという批判が一部に起きたが、その種の神話は全くの虚構でしかない。海底は冷厳で無明の修羅世界なのである。

水深三五〇メートル。潜水を開始して三十分後、「バイセスII」は海底の砂漠に着地した。一瞬、海底というよりも月面へ到着したような感覚に襲われる。ソーナーで確認すると、前日の降下地点とかなり離れている。しかし、誤って着地したことが幸いした。

目前に巨大な煙突状の物体が横たわっている。さらに本日はメジャーを用意してきた。幸運はさらに続いた。物体を計測すると、四六センチ。なんと、大和の主砲弾である。着地するやいなや、大和確認の証拠が発見されたのだ。二十九日出航後、海軍旗の形をした夕焼けが西の空に浮かびあがったように、今回の探索行は大和の英霊によって導かれていた。私たちが直面するはずだった台風七号も、探索海域から迂回してしまった。

午前十一時四十五分。 「パイセスII」は、前日の発見とは別のセクションに到達した。古代の水没した遺跡を思わせる未確認物体は、やがて大和のブリッジであることが判明した。ブリッジに接続した形で長い坂状の甲板がある。ゆっくりと這いのぼる坂は、木材を敷きつめた甲板であることが判って、私たちは小躍りして喜んだ。甲板に木材を使用した艦(ふね)は大和だけであることを知っていたからである。甲板のチーク材が四十年経て現存していたということは、さらに戦艦大和の決め手となる菊華紋章が未だに存在する可能性を引きずりだした。戦艦大和の艦首に取り付けられた一・五メートルのチーク材から成る菊華紋章こそ、戦艦大和のシンボルだったからである。

艦首(かんしゅ)甲板を時速一ノットで登っていくと、前方は切通しになっている。そこで、艦首は尽きるのだ。その艦首の下、上からでは見えない崖の鞍部(あんぶ)のような球状の凹みの部分に、ありし日の大和には金箔を張った、輝く菊華紋章があった。菊華紋章を発見することこそ、今回の探索行の究極の目標であり、その存在は、なかば伝説の中にあった。私たちは伝説の領域に近づこうとしていた。

切通し状の頂点に迫っていくと、まず、アンカー・チェーンが確認され、さらに大和独特の日章旗掲楊ポールが見つかった。坂の頂上である艦首に到ると、「パイセスII」はエンジンを停止した。この先は、深い海峡があるだけである。一気に菊華紋章確認に迫る手前で、私は遅い昼食を摂ることにした。はやる気分を抑えて、サンドイッチをジュースで喉に流し込んだ。海流はニノットのスピードで「パイセスII」を押し戻そうとしていた。功をあせって運航すれば、海流の勢いで潜水艇は大和に激突する。いま、私の下に菊華紋章が眠っているかも知れないという想像は、かなり刺激的だったが、敢えて休息をとった。興奮をしずめると、いよいよ最後の探索に向かって、早い海流に潜水艇を突入させた。

午後一時二十四分。暗い海流の中を溯(さかのぼ)って三〇メートルほど進むと、「パイセスII」を反転させ、海流に艇を委ねた。「パイセスII」は、いま離れてきた大和を指して流れてゆく。

潜水艇は大和の球状艦首へ一気に近づく。

潜水艇の協力なライトによって、一五メートルまでなら視界がある。その視界の先に、きらりと輝く何かを捉えた。

さらに近づく。

「ルック!エンペラーズ・シンボル」

ジョン・ジュリーが叫ぶ。まさしく、黒潮の厚いフィルターを通して、青くて美しい菊の紋章がある!菊華紋章はそれ自体、青い輝きを放っている。

続いて、ジョン・ジュリー艦長が吐いた言葉は、さりげなかったが、深く私の心を抉(えぐ)った。

「ジス・イズ・ヤマト!」

この瞬間、私の全身は鳥肌立ち、言いようのないけいけん敬虔な気分になった。潜水艇の窓ガラスに額 を強く押し当てながら青い輝きを見つめていた。この時、私は、はらわたから自分を日本人だと意識した。

やがて、「パイセスII」は大和から離れ、再び暗い海底へと流されていった。

出典:「戦艦大和発見」 辺見じゅん・原勝洋 / 編

著:角川春樹【1986『「いのちの思想」より』

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