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田丸雅智

芸能人ショートショート・コレクション

これはフィクション!? ノンフィクション!?
ショートショート作家・田丸雅智が出会った芸能人の摩訶不思議な物語!

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『魂の園――又吉直樹』
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 お笑い芸人・ピースの又吉直樹さんとは個人的に親しくさせていただいていて、ときどき飲みに行かせてもらう。今日はせっかくなので、普段は表に出されていない、又吉さんの秘密を勝手にご紹介させていただこうと思う。
 又吉さんの秘密を知ったのは、初めて飲みに行ったときのことだった。
「お待たせして、すんません」
 恐縮しながら個室に入って来た又吉さんは、当たり前ではあるのだが、テレビで見たままの姿をしていた。芸能人の方とお会いするのが初めてのぼくは、身体がガチガチに固まっていた。
 緊張がほぐれるのに三十分ほどかかってしまって、ようやくまともに会話できるようになってきた。そうすると、又吉さんのお人柄が自然とこちらに伝わってきて、ぼくは尊敬の念にとらわれはじめた。
――ああ、この方はなんて誠実な方なんだろうか――
 初対面、しかも若造のぼくに対しても、又吉さんはじつに真摯に向き合ってくださった。お互いの創作秘話からプライベートの話まで、ぼくたちは大いに盛りあがった。
――又吉さんは、人間の闇を知り尽くした仏様みたいな人だなあ――
 ぼくはそういう印象を抱いたものだ。
 話は弾み、二時間くらいたったころのことだろうか。
「田丸さん、ちょっと話があるんです」
 又吉さんは、唐突にそう切りだした。
「話、ですか?」
「ちょっと、言うときたいことがあるんですよ。知ると引かれるかもしれません。でも、最初にちゃんと言うときたいんです」
「はあ……なんでしょうか。引いたりしませんから、ご遠慮なくおっしゃっていただければ」
「ホンマですか。それやったら……たぶん、見てもらうのが早いと思います。驚かんでくださいよ」
 又吉さんはおもむろに、その長髪へと手を伸ばした。そして、両手で髪をつかみあげると、真上に髪を結いあげた。それは、ときどきテレビでも見かけるヘアスタイルだった。青白い顔が、照明のもとにさらされる。
「これなんですよ、見てもらいたいのは」
「これって……その髪型をですか?」
 いったい何を言いたいのだろうかと、ぼくはリアクションに困ってしまった。
 すると、又吉さんは口を開いた。
「いえ、髪型そのものやなくて、このあと起こることを見ててほしいんです」
「はあ……」
 お互いに黙ったまま、しばらく時間が流れていった。
 と、そのときだった。
 又吉さんの頭の上にとつぜん妙なものが現れて絶句した。錯覚ではと、何度もまばたきをしてたしかめたけれど、目の前のものは消えるどころか、ますます輪郭をはっきりさせた。
「又吉さん、それ……」
 二の句が継げないでいると、又吉さんは右頬を少し吊りあげて微笑んだ。
「まあ、そうなりますよね。こんなん、いきなり見せられたら」
 又吉さんの頭の上、柱のように立った髪の周囲には、得体の知れないものが飛び回っていた。それはコブシくらいの大きさの、青白い光の玉だった。
「これはですね、魂なんです」
「なんですって?」
「ほら、ぼくのネタに、魂を吸うってやつがあるでしょう?」
 ふと、お笑い番組でのワンシーンが頭の中に呼び起こされた。又吉さんは、ひゅるっと息を吸いこんで人から魂を奪いとるという、シュールなネタをやっていた。それを思いだしたのだった。
 ぼくは戸惑いながらも頷いた。
「テレビではネタとしてやってますけど、あれ、ホンマにやってることなんですよ」
「どういうことですか……?」
「ぼく、ホンマに魂を吸って回ってるんです。それで、吸った魂を成仏させてやってるんですよ」
 平然と言う又吉さんに、ぼくはパニックに陥った。又吉さんと、頭上を漂う光の玉とを交互に見やって、ただただ呆然とするばかりだった。
そんなぼくに向かって、又吉さんは言葉をつづけた。
「じつは、世の中には成仏できずにさまよってる魂がたくさんいてるんです。ぼくには生まれたときから、それが見える。やから、そいつらが悪さをせぇへんように、見かけると吸いこんで身体の中に貯めておくようにしてるんです。そうして定期的に念仏をあげて、成仏させてやってるんですよ」
「……それじゃあ、その頭の上を漂っているのは」
「ぼくの吸いこんだ魂のひとつです。成仏させるまでの間に退屈せぇへんように、ときどきこうして外に出して、遊ばしてやってるんです。どうやら束ねた髪が墓石のような、卒塔婆のような、鎮魂の役割を果たすみたいで。もちろん、人目のつくところではやりませんよ。一緒に住んでる後輩なんかはこれを見ても笑うだけなんで、基本は一人のときにやってます。ぼく、見た目でよぉ死神とか言われるんですけど、まあ、似たようなもんですかね。……こんな話、さすがに引きますよね。でも、田丸さんにはどうしても隠しとけんかったんです」
 又吉さんは自虐的な笑いを浮かべた。
 奇妙な話に、ぼくは、うーんと唸ってしまった。ウソのような話だったが、又吉さんの言葉には、すべてを信じさせる重さがあった。
――又吉さんは、人間の闇を知り尽くした仏様みたいな人だなあ――
 その自分の見立ては間違ってはいなかったのだと、ぼくは改めてそう思った。又吉さんは本当に人間の闇を――世をさまよう魂を身体に宿し成仏させている、正真正銘の仏様だったのだ……。
 ぼくの中では、人知れず魂を救っているというその行いに、そしてそれを自慢するでもなく淡々と言うそのお人柄に、ますます尊敬の念が膨らんでいた。
「又吉さん、ぼくは全然引きません! 引くどころか、ものすごいことをされてるって思いました!」
 ぼくは大声をあげていた。
「ホンマですか?」
 又吉さんは、頬を吊りあげ少し笑った。
「ホンマです」
 間髪入れずに、ぼくは答えた。
「いや、それならよかったです。なんか、ぼくも言えてすっきりしました」
 そう言うと、又吉さんは頭上を片手で軽く払った。ゆらゆら飛んでいた光の玉が、ひゅんと消える。髪をほどいて元に戻すと、ハイボールをぐいっと呷った。その表情は、なんだかうれしそうだった。
「変なことを伺ってもいいですか?」
 しばらくたってから、ぼくは、とあることに思い至って尋ねてみた。
「何ですか? 何でも聞いてください」
「あの、興味本位ではあるんですけど……ほら、普通の生きてる人の魂を吸うというのをネタでされてるじゃないですか。さすがにあれは冗談ですよね……?」
「ああ、あれですか」
 ジョッキを置いて、つづけて言った。
「あれもホンマのことですねぇ」
「ええっ! それじゃあ、生者の魂も抜きとってるってことですか!?」
 ぼくは焦って声を高めた。そして、とっさに個室の隅に逃れて身構えた。
「ははは、安心してください。田丸さんの魂を勝手に吸ったりはしませんから。それにこれには、悪い意味はないんです」
 又吉さんは、すっかり明るい口調になっている。
「じつはぼく、この世をさまよう魂を成仏させてもいますけど、いちど成仏した魂をこの世に呼び戻すこともできるんです」
「呼び戻す……?」
「シャーマンみたいな人を想像してもらえれば、分かりやすいと思います。要はあっちの世界に行った人を、さっきみたいに頭の上に連れてくることができるんですよ」
「なるほど……ですが、そのことと生者の魂を吸うことが、どう関係してるっていうんですか?」
「ぼくが、生きてる人の魂を吸いこむとするでしょう? すると、その魂もぼくの中に入りこんで、死者の魂と一緒に頭の上にぽっと現れるんですよ。つまりは生者の魂が、死者の魂と交流できる。いわばぼくは、この世とあの世の中継所の役目を果たしてるんです。そうして魂たちは束の間の再会を楽しんだあと、生者のものは元の身体へ、死者のものは元の世界へ戻っていくというわけです」
「ははあ……」
 もはやぼくは、又吉さんを仏様以上の存在に感じていた。ともすれば、拝んでしまいそうなほどだった。すごい人と知り合ったものだなぁと、つくづく思った。
「それにしても、よかったです。今日はいろいろ話せて」
 又吉さんは、笑顔で言った。
「ぜひまた、誘ってください」
「そんな、こちらこそですよ!」
 それが貴重な時間のピリオドとなって、ぼくたちは連絡先を交換してから店を出た。
 ぼくの心は幸福感で満たされていた。こんな素敵な人と知り合うことができたことを、心の底から感謝した――。
 以来ぼくは、又吉さんには本当にお世話になりっぱなしだ。
いまも時おり飲みに連れていってもらっては大いに刺激をいただいているし、又吉さんはいつもぼくを励ましてくれ、そのおかげで自信をもって執筆活動にも打ちこめている。ありがたい話である。
ちなみにぼくは又吉さんとお会いすると、いつも必ずお願いしていることがある。ほどよく酔いが回ったところで、ひゅるっと魂を吸いこんでもらうのだ。
そうしてぼくは、又吉さんの頭の上――魂の園とも呼ぶべき場所で、亡くなったじいちゃんの魂と存分に戯れさせてもらっている。

(了)
				

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田丸雅智

ショートショート作家 田丸雅智(たまる・まさとも)

1987年、愛媛県生まれ。東京大学工学部、同大学院工学系研究科卒。2011年、『物語のルミナリエ』(光文社文庫)に「桜」が掲載され作家デビュー。12年、樹立社ショートショートコンテストで「海酒」が最優秀賞受賞。「海酒」は、ピース・又吉直樹氏主演により短編映画化され、カンヌ国際映画祭などで上映された。15年からは自らが発起人となり立ちあがった「ショートショート大賞」において審査員長を務め、また、全国各地でショートショートの書き方講座を開催するなど、新世代ショートショートの旗手として幅広く活動している。著書に代表作『海色の壜』、『E高生の奇妙な日常』など多数。
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