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田丸雅智

芸能人ショートショート・コレクション

これはフィクション!? ノンフィクション!?
ショートショート作家・田丸雅智が出会った芸能人の摩訶不思議な物語!

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『キュウリとにこるん――藤田ニコル』
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 藤田ニコルさん――通称「にこるん」とお会いしたのは、出版社の会議室でのことだった。ぼくの新刊の刊行に合わせ、雑誌「Popteen」での対談を企画していただいたのだ。
 にこるんのことはテレビでよく見かけていたが、ぼくはそれ以上の前情報をほとんど入れずに当日に臨んだ。そのほうが、フラットにお話しできるだろうと思ってのことだった。
 世間では「おバカタレント」「若者代表」のような立場で有名だけれど、いったいどんな人なのだろう。自分ももう若者とは言いづらい年齢だから、変なことを口にして「おじさんキモイ」と一刀両断されたらどうしよう。そんな好奇心と不安、そしてそれによる緊張感もありながら、会議室でにこるんの到着を待ち望んだ。
 現れたにこるんは、華奢な人だな、という第一印象だった。さすがモデルで、腕も脚も細いし、顔も小さい。
「どもー、おはよーございまーす」
 身構えているぼくとは対照的に、さすが場数を踏んでいるだけあって、にこるんに緊張している様子は見えなかった。
 限られた時間での対談だったこともあり、世間話も早々にさっそく本題に入ることにした。
「藤田さんは、ふだん小説って読みますか?」
「ぜんぜん読まないですねー」
 即答に怯みそうになりながらも、ぼくはつづける。
「……ですよね、あんまり馴染みがないですよね」
「なんか小説って聞いただけで、もう無理って感じです」
「なるほど……」
「漢字もぜんぜん読めないし、縦書きもなー」
 その最初のやり取りで、ぼくは気を引き締めた。にこるんの言葉は、表面だけとらえると「おバカタレント」のイメージを強めそうなものだったけれど、実際のところ、ぼくはまったく違う気持ちを抱いていた。何にも媚びることなく、感じたことを思うままに飾らず素直に述べる姿に、?や偽りが通用しない本物だなとビシビシ感じたのだった。
「それじゃあ、ショートショートのことも知らないですよね?」
「うーん、分かんないです」
「短くて不思議な物語のことなんですが……」
 ぼくは要点を説明する。
へぇーと頷いたあと、にこるんは口を開いた。
「すぐ読めるんだったら、ちょっと読んでみてもいいかも」
「読めます、読めます。ちなみにショートショートではよく不思議なことが起こるんですけど、藤田さんは何か、不思議な体験をされたことってありますか?」
「不思議かー」
 にこるんは少し考える様子を見せたあと言った。
「なんだろなー、あんまないですかねー」
 そのときだった。
「あ、すみません、ちょっとだけいいですか」
 そう言って、にこるんは突然リュックから何かを取りだした。それを見て、ぼくは「えっ」と声がもれた。
「キュウリ……?」
 にこるんが手にしていたのは、紛う方なきキュウリだった。
唐突な出来事に、ぼくが混乱に陥ったのは言うまでもない。
どうしてキュウリが、このタイミングで?
 尋ねてよいものか迷っていると、ピロン、と、どこからか電子音が鳴った。すると、にこるんはキュウリを左手で持ち、右手の指でぴっとスマホの画面をなぞるような仕草を見せた。
「ごめんなさい、マナーモードにするのを忘れてて」
「はい?」
マナーモード? キュウリ問題に輪をかけて現れた謎の言葉に、混乱はますます深まった。
 少し静寂が流れたあと、ぼくは素直なにこるんを見習って、率直に尋ねてみることにした。
「あの、それってキュウリ、ですよね……?」
「え? あーそうですよ、キュウリスマホ」
「スマホ?」
「はい」
「でも、キュウリですよね?」
「キュウリですよ」
 いまいち話が噛み合わないなと思っていると、にこるんが言った。
「田丸さん、野菜スマホのこと知らないんですか?」
「野菜スマホ? なんですか?」
「そういうスマホがあるんですよー」
 返答しかねて黙っていると、にこるんは、こんなことを口にした。
 どうにかスマホをもっと安い素材でつくれないか。そんな考えのもと開発されたのが、野菜に差すと、それ自体がスマホになってしまうという新しいシムカードだった。そのシムカードを差せば野菜の性質が変化して、通話も撮影もできてしまう「野菜スマホ」になるのだという。
「どういう仕組みかは分かんないんですけどねー」
 にこるんは屈託なく笑う。
 ぼくは唸った。
野菜に電極を差しこんで豆電球をともす「野菜電池」の実験なら、むかし理科の授業でやったことがある。微力な電圧の差を利用して、電気を取りだすのだ。が、それはあくまで豆電球レベルの話であって、複雑なスマホが野菜で再現できるとは到底思えなかった。
 と、机に置かれたキュウリがブーッブーッと鳴りはじめた。
「あ、すみません、ちょっと一瞬だけいいですか?」
 曖昧に頷くと、にこるんはすかさずキュウリを手に取り顔の横に持っていった。そして口に手を当て、キュウリに向かって囁いた。
「会議中なんで、折り返しまーす」
 キュウリからは応じるように誰かの声がもれている。
にこるんは電話を切るような仕草をして、何事もなかったかのようにキュウリをまた机に置いた。
「キュウリスマホ……」
 実際にそれを目の当たりにして呆然とするぼくをよそに、にこるんは先の話に戻ってつづける。
 野菜スマホが発売すると同時に、メーカーは若者向けにキャンペーンを行ったのだという。その第一弾で焦点が当てられた野菜が、キュウリだった。
――キュウリスマホは軽くて便利――
そう謳った広告が出回った。
「わたし、キュウリが好きなんですよー」
そんなにこるんは、さっそくシムカードを買い求めて、キュウリスマホに乗り換えることにしたのだという。
使いはじめると、取り柄は軽さだけではなかった。小腹が空いたらそのまま齧りつくことだってできたのだ。キュウリなのでちょっとした水分補給にもなるし、別売りの携帯ミソを取りだしてつけると、いつでもどこでもローカロリーのおやつになる――。
「……でも、食べたら肝心のスマホがなくなっちゃうんじゃないですか?」
尋ねると、にこるんは言う。
「大丈夫です、また新しいのを買ってシムカードを差せばいいだけだし」
 にこるんは、そのうち興味本位でキュウリ以外の野菜スマホにも手を出してみたらしい。
中でもゴーヤは表面がボコボコしていて持ちやすく、特にお気に入りのスマホになった。おまけにゴーヤは苦いので、キュウリと違って衝動的に食べてしまうこともない。結果、ゴーヤスマホは長持ちし、ほかの野菜に買い替える必要がなく、お財布的にもうれしかった。
「だからいまは、このキュウリとゴーヤの二台持ちなんですよー」
にこるん曰く、若者の間での野菜スマホ人気はすごいらしい。
「男子の中ではモノトーン系のナススマホが流行ってて」
ただし、ナススマホはつるつるしていて落としがち。なので、男子たちのスマホは潰れてばかりなのだという。そんなとき、彼らはコンビニで野菜を買って、新しいものにすぐ乗り換える。
「……それでかぁ」
 ぼくの中で、ピンとくるものがあった。コンビニに行くと、近ごろ妙に野菜がたくさん置いているなと思っていたのだ。全然知らなかったけど、あれは若者の野菜需要に対応してのものだったのか……。
 自分のまったく気づかぬうちに若者たちの世界が築かれていたということに、ぼくはただただ驚愕した。
 と、思いつきで言ってみた。
「野菜スマホがあるのなら、果実スマホもあるんですかね?」
「ありますよー」
 にこるんは言う。
「ちょうどこないだ果物専用のシムカードが発売になって、ストアの前とか、すごい行列でしたねー。わたしもいま、めっちゃ欲しくて。恋したいですし」
「恋?」
「バナナスマホで恋しようっていうのやってるんですけど、たぶん検索すると出てきますよー」
「はあ……じゃあ、ちょっと」
 ぼくは自分のスマホを取りだして「バナナスマホ」と調べてみた。「バ」と打っただけで検索候補にあがってくる。
「これかな……カップルにオススメ、バナナスマホ……」
適当なサイトをタップすると、こんなことが書かれてあった。
――バナナを束で買ってきて、カップルでひとつずつもぎとってスマホ化します。すると、二つのバナナスマホは反応しあって、お互いの気持ちをたしかめあうことができるのです――
読み進めると、こんなことも書かれている。
――二人の気持ちが通じ合っていればバナナスマホは完熟して、トロピカルな香りを放って二人を甘い世界にいざなってくれます。電波の調子もよくなって、相手の声もクリアに聞こえてくるのです――
ですが、と、こうつづいている。
――二人の気持ちが冷めていけば、バナナスマホはどんどん緑になっていきます。やがては硬い黄緑色に変わり果て、二人の別れとともに用済みとして捨てることになるでしょう――
「ある意味、怖いですね……」
「それがいいんですよー」
 にこるんが言うのなら、いまの若者たちにとってはそういうものなのかなぁと思わされる。
 と、そのとき。
「ん?」
 なんとなくネットサーフィンをつづけていると、サイトのひとつに気になるコメントが見つかった。
「あの、藤田さん、掲示板にこんなことが書かれてますけど……」
 ぼくはそれを読みあげる。
「愛し合っていたのに、バナナスマホのせいで別れました」
「えっ、どういうことですか?」
 今度はにこるんのほうが困惑して、ぼくはつづきを読んでいく。
「えっとですね……この人のバナナスマホはラブラブで完熟状態になってたらしいですね。でも、そのうちさらに熟していって、ついには黒くなって腐りだしたと書いてあります。最後はハエにたかられて、どっちのせいでこんなことになったんだってケンカになったと……それで別れたみたいですね……」
 会議室に妙な空気がしばし流れた。
「うん」
 やがて、にこるんは笑顔になった。
 それなら、と、きっぱり言う。
「バナナは食べるだけでいいかな」

(了)
				

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田丸雅智

ショートショート作家 田丸雅智(たまる・まさとも)

1987年、愛媛県生まれ。東京大学工学部、同大学院工学系研究科卒。2011年、『物語のルミナリエ』(光文社文庫)に「桜」が掲載され作家デビュー。12年、樹立社ショートショートコンテストで「海酒」が最優秀賞受賞。「海酒」は、ピース・又吉直樹氏主演により短編映画化され、カンヌ国際映画祭などで上映された。15年からは自らが発起人となり立ちあがった「ショートショート大賞」において審査員長を務め、また、全国各地でショートショートの書き方講座を開催するなど、新世代ショートショートの旗手として幅広く活動している。著書に代表作『海色の壜』、『E高生の奇妙な日常』など多数。
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