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田丸雅智

芸能人ショートショート・コレクション

これはフィクション!? ノンフィクション!?
ショートショート作家・田丸雅智が出会った芸能人の摩訶不思議な物語!

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『大黒柱――谷原章介』
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 俳優の谷原章介さんとお会いしたのは、夏も盛りのころだった。
 その日、行きつけのバーで谷原さんの到着を待っていたぼくは、凄まじい緊張感に包まれていた。
映画にテレビ。これまで画面の向こうでしか見たことのなかった方が、いままさに目の前に登場しようとしている……。ぼくは落ち着きなく、立ったり座ったりを繰り返した。
 個室の扉が開いた瞬間、勢いよく立ち上がってそちらをバッと見た。
「初めまして」
 そこには、見上げんばかりの長身の人が立っていた。
うわあ……。
 心の中で、のけぞった。いや、実際に身体ものけぞっていたかもしれない。
 単に背が高くてスタイルがいいだけではなかった。圧倒的なオーラ。輝かしい存在感。
 か、かっこいい……。
 差しだされた大きな手を必要以上に両手で強く握り返し、ぼくは来てくださったことへのお礼を何度も述べた。
「そうだ、田丸さん、忘れないうちに」
 席につくなり、谷原さんは紙袋を取りだした。
「昆虫、お好きなんですよね?」
 突然、なんだろうと思いながら、ぼくは答えた。
「ええ、はあ、まあ……バッタは苦手ですが甲虫類なら……ですが、どうしてご存知なんですか?」
「エッセイで拝読したんです」
「ええ! 本当ですか!?」
 作品だけでなく、まさかエッセイまで読んでくださっていたなんて……。
 ぼくは緊張に加えて嬉しいやら恥ずかしいやらで、自分の感情がよく分からなくなってきていた。
 谷原さんは、紙袋をこちらへやりながら言った。
「それで、もしよければと思いまして。かえってご迷惑になるかなとも思ったんですが」
「なんでしょう……?」
 紙袋を覗きこみ、ぼくは、あっと声を上げた。
「クワガタじゃないですか!」
 中に入っていたのは、虫籠だった。そしてそこには、黒光りする立派なクワガタが入れられていたのだった。
「うわぁ……ぼく、クワガタ好きなんですよ。でも、いただいてしまっていいんですか?」
「もちろんです。つまらないものですが」
 谷原さんは素敵な笑顔で頷いた。
思いがけないプレゼントに高揚しながら、ぼくはそれを足元にしまった。
そして谷原さんへと向き直り、改めて自己紹介をした。谷原さんもご丁寧に応じてくださって、それがきっかけになり、話は徐々に膨らんでいった。
 仕事の話、趣味の話、本の話。
俳優さんから直接お仕事のことを聞くのは刺激的だったし、谷原さんもぼくの話に興味深く耳を傾けてくださった。古着、バイク、サーフィンなど、多趣味な谷原さんは、落ち着いた声で、でもとても楽しそうに、それらの魅力を語ってくれた。
本についての話も、おもしろかった。谷原さんは時代小説からSFまで、じつに幅広いジャンルの本を膨大に読まれていて驚いた。お忙しいのに、いったい、いつ読んでいるのだろう。尋ねると、撮影の隙間時間で読んでいるのだという。自分なら、本と演技の内容がこんがらがってしまいそうなのにと、ぼくはすっかり感服した。
 谷原さんの気さくなお人柄のおかげで、初対面にもかかわらず話はとても盛り上がった。
お酒も進み、時間が経つにつれて場はいっそう温まっていった。
 やがて話題は、あるテレビ番組のことに及んだ。
それは、ぼくを特集してくださった番組で、ぼくは即興で谷原さんをテーマにした物語を披露したのだ。谷原さんとお会いできることになったのも、その番組がきっかけだった。
「いやあ、あのときは本当に冷や汗をかきました。じつは、台本にもなかったことだったんです」
 当時のことを振り返りながら、ぼくは言った。
「まさか、あんな展開になるなんて……。なんとかまとまって、よかったです。でも、失礼な内容じゃなかったでしょうか……」
「いえいえ、とんでもない。本当にありがたいことですよ」
 谷原さんは穏やかに微笑んだ。
 その番組では、即興創作に当たり、レポーターの方に谷原さんの特徴をあげてもらったのだった。
「そうですねぇ……優しい、背が高い、子煩悩、家族思い……あとは、大黒柱」
 その最後の言葉で、ぼくは閃いた。
 大黒柱!
 もしも谷原さんが、本当に「大黒柱」だったなら? ぼくは、そういう空想話を思いついた。
谷原さんの、歴史を積み重ねてきたような、深みのある魅力。それは、もともと谷原さんご自身が歴史ある古民家の柱だったからなのではないだろうか。年齢は40代。だが、柱としての実年齢は200歳で、160歳くらいのときに自我が芽生えて人としての道を歩みはじめた。そしていま、古き良き日本の柱を残すため、次期大黒柱の子供たちを育てている……。
 我ながらめちゃくちゃな話だなぁと思いながら、当時のことを振り返った。しかもその即興を受け、谷原さんはこんなふうに返してくれたのだから感激した。
「いやいや、ぼくなんてシロアリに食われてるくらいものもですよ。早く次の大黒柱を見つけないと倒れてしまいますねぇ」
 鋭い切り返しに、さすがだなぁと思ったものだった。
 そして、その谷原さんが、いま目の前にいる。改めて、不思議だなぁと感慨に似た思いが沸きあがった。
 と、そのときだった。谷原さんの目が、ギラリと光ったように見えた。
「田丸さん」
 谷原さんは、おもむろに口を開いた。
「じつはですね、そのことについて大事なお話があるんです」
 神妙な面持ちに、ぼくは少し不安になった。やはり、何かテレビでマズイことを言ってしまったのだろうか。失礼があったら、すぐに謝ろう。怯えながら、ぼくは聞いた。
「なんでしょうか……」
 すると谷原さんは、少し間をあけてから妙なことを口にした。
「よくお分かりになりましたね」
 意味が分からず、ぽかんとしてしまった。
「お分かりに? 何のことでしょう……」
「いえ、自分で言うのもアレなんですが……」
 一瞬、場は静かになった。
 ぼくは息を呑んで、次の言葉を待った。
 谷原さんは、低い声で、はっきり言った。
「ぼくは本当に、大黒柱なんですよ」
 耳を疑う思いだった。でも、なるほどと、すぐにその意味を理解してフォローした。
「もう、やめてくださいよ、谷原さん。危うく真に受けるところだったじゃありませんか。真剣な顔で冗談をおっしゃるなんて、反則ですよ」
 ぼくは酒を口にしながら笑った。自分の空想に話を合わせてくれるなんて、本当に優しい方だなぁ。そう思って、ますます谷原さんを好きになった。
 が、谷原さんに笑顔はなかった。
「田丸さん、それが冗談なんかじゃないんです」
「え……?」
「ぼくは正真正銘の大黒柱なんですよ。もちろん、厳密には田丸さんがつくってくださったお話とは少し違います。ただ、大枠では事実なんです」
 その表情を見れば、冗談などでないことは明白だった。
ぼくは開いた口が塞がらなかった。
谷原さんは、まっすぐこちらを見つめながら語りはじめた。
「ぼくたち大黒柱と呼ばれるたぐいの人間は、ふつうの人と見た目に変わりはありません。ですが、中身は樹木そのものと言いますか、脳のある樹木みたいなものなんです。身体の中に流れているのは血液ではありませんし、生きるために、ふつうの人よりもたくさんの水を必要とします。火にも弱くて、特に乾燥する冬は気をつけなければなりません。
ぼくたちの身体は成長するにつれてだんだん樹木に近づいていって、成人するころには身も引き締まり、高くてどっしりとした柱の形になります。そして完全に変化し終えたそのときから、柱としての務めがはじまるんです。つまりは家屋が建つときに家の肝となる場所へとあてがわれて、大黒柱になるんですよ。
大黒柱としての役割は、家が取り壊されるその日まで、ずっとつづきます。そこに住む家族を陰で支え、ささやかながら彼らの幸福を願う。ときには背丈の高さを刻まれたりしながら。ときにはカッターやペンで落書きをされたりしながら。
そして家がなくなるときに、ぼくたちは務めを終えるんです。取り外されて倉庫で寝かされるうちに柱からまた人間の姿へと戻っていって、あとは普通の人間として余生を送るんです」
 谷原さんはつづける。
「人間の姿に戻っても、大黒柱としての力は消えずに残るものでしてね。自分で言うのは憚られるんですが……ぼくたちの存在はいろんな場を支えて、安定化させることに役立つんです。ときどき、この人がいるとなぜだか落ち着いて仕事ができる、という人がいるでしょう? そういう人は、元は柱であることが多いんですよ。
そんな具合で、田丸さんのご指摘なさった年齢の話も、間違いではないんです。ぼくたち大黒柱は、人間としての年齢と実年齢がちがいますからね。正直、田丸さんに当てられたときは、どきっとしましたよ。ぼくの本当の年齢は、まさしく200歳なんですから」
 どきっとしたのは、こちらだった。
 谷原さんは200歳……。
言いだしたのは自分のほうだったにもかかわらず、いざ面と向かい合って事実として突きつけられると、正気を保つのでやっとだった。
「……でも、あれですね」
 何か言わねばと、ぼくはなんとか口を開いた。
「大黒柱というものは、都会ではマンションばかりでなかなかお目にかかれませんよね……」
 都会と言わず、日本全国、大黒柱はどんどん減っているのではないだろうかと、ぼくは思った。自分の愛媛の実家にしても、そうだ。祖父母の家にも、あったかどうか定かでない。
「そうなんです」
 谷原さんは悲しげな目をした。
「いまでは日本家屋は廃れてしまって、ぼくたち大黒柱の需要もすっかり減ってしまいました」
ですが、と、谷原さんは言った。
「最近になってようやく、伝統的な家屋が見直されるようになってきましてね。またいつか必ず、大黒柱が求められる日がやってくる。そう信じて、ぼくは日々、後継者の育成に精をだしているというわけです。もちろん、自分が先にシロアリにやられてしまわないよう、身体の健康には十分気をつけながら、ですけどね」
 谷原さんは再び明るい表情になり、にやりとした。ぼくは改めて、この人が好きだなぁと思った。
「その後継者とは、お子さんのことですよね?」
 ぼくは言った。
「たしか3男3女の6人ですよねぇ。そんなにたくさんの後継者を一度に育てるだなんて、大変じゃありませんか?」
 陳腐なぼくの質問に、谷原さんは笑顔で答えてくれた。
「ははは、それはもう、大変ですよ。ただ同時に、楽しく、生きがいでもありますね。子供たちには、その場にいるだけで誰かを安心させられるような、そんな素敵な柱に育ってほしいものですよ」
 大丈夫です。きっと、そうなります。谷原さんのお子さんなら。
 ぼくは心の中で呟いた。
「そうだ、長話ついでに、もうひとつ」
 谷原さんは、思いついたように口を開いた。
「さっき田丸さんにプレゼントさせていただいた、アレですが」
「アレと言いますと……クワガタのことですか?」
 ぼくは足元に置いた紙袋を見やった。
「ええ、じつはあのクワガタも、いまの話と深く関わっているんです」
 ぼくは首を傾げながら、どういうことかと尋ねてみた。
「あれは、うちの子供が捕まえてきたものなんですよ」
「お子さんが……?」
「もっと言うと、捕まえてきたというよりは、寄ってきたといいますか」
「はあ……」
 ぼくは、考えを巡らせた。
谷原さんのお子さんは、いまは柱になる前の樹木の段階なのだろう。ということは、虫がお子さんのことを樹木と勘違いして寄ってきた。そういうことだろうか……。
 しかし、谷原さんは首を振った。
「そうではないんです。いま、うちの子供たちはやんちゃ盛りで。外で元気に遊び回るのはいいんですが、よく転んではケガをするんです」
 谷原さんはつづけて言った。
「ぼくたち大黒柱の場合、傷口から流れでるのは血液ではなく樹液でしてねぇ。転んだ子供の膝を舐めにきたのが、そのクワガタなんですよ」

(了)
				

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田丸雅智

ショートショート作家 田丸雅智(たまる・まさとも)

1987年、愛媛県生まれ。東京大学工学部、同大学院工学系研究科卒。2011年、『物語のルミナリエ』(光文社文庫)に「桜」が掲載され作家デビュー。12年、樹立社ショートショートコンテストで「海酒」が最優秀賞受賞。「海酒」は、ピース・又吉直樹氏主演により短編映画化され、カンヌ国際映画祭などで上映された。15年からは自らが発起人となり立ちあがった「ショートショート大賞」において審査員長を務め、また、全国各地でショートショートの書き方講座を開催するなど、新世代ショートショートの旗手として幅広く活動している。著書に代表作『海色の壜』、『E高生の奇妙な日常』など多数。
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