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田丸雅智

芸能人ショートショート・コレクション

これはフィクション!? ノンフィクション!?
ショートショート作家・田丸雅智が出会った芸能人の摩訶不思議な物語!

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『ヘッド・リバー――橘ケンチ』
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 EXILEの橘ケンチさんと初めてお会いしたのは、都内の居酒屋でのことだった。
 そもそもの出会いのきっかけは、ぼくのラジオ番組に劇団EXILEの秋山真太郎さんが来てくださったことにまで遡る。その日、秋山さんは番組の中で、ぼくの作品を朗読してくださることになっていたのだ。
 朗読に立ち会ったあと、ぼくは少しだけ秋山さんと話す機会をいただいた。これは後で分かったことなのだが、そのとき秋山さんとぼくは、互いに並々ならぬシンパシーを感じていたらしい。ゆえに自ずと話題はまた会いたいですね、となっていき、飲み会はすぐに実現した。以来、ぼくは秋山さんと親しくさせてもらっているというわけだ。
 その秋山さんから、ある日とつぜん連絡をいただいた。EXILEのメンバーに本好きの方がいらっしゃって、偶然にもぼくのことを知ってくれているのだという。その方は、これまた偶然にも秋山さんとぼくの関係を知るに及んで、ぜひ会いたいと言ってくださっているとのことだった。
 その人物こそが、ケンチさんだ。そして秋山さんがセッティングしてくださって、ケンチさんとの初会食が実現した。
実際にお会いしたケンチさんは、秋山さんと同じく思慮深くて情熱的な人だった。話の熱も高まって、いちいち深く共感させられ、ぼくはなんだかケンチさんと旧知の間柄であるかのように錯覚した。
 そんなだから、今回の対談企画が盛り上がらないはずがない。実際に会うのは二回目なのにもかかわらず、ぼくは強い親近感の中、居心地のいい素敵な時間を過ごさせてもらった。
 そのケンチさんの驚くべき秘密を知ったのは、対談後の控室でのことだ。
「田丸さん、これを……」
 そう言ってケンチさんが差しだしたのは、三枚のCDだった。
ジャケットを見ると、それぞれに「YEAH!! YEAH!! YEAH!!」、「Shut up!! Shut up!! Shut up!!」、「WILD WILD WILD」と記されている。
「ぼくがやってる、EXILE THE SECONDのシングル三部作で」
「へぇぇ……」
 かっこいいジャケットに見惚れていると、ケンチさんは言葉を継いだ。
「もしよかったら、どうぞ」
「えっ?」
「ぜひ聴いてください」
「いただいちゃっていいんですか……?」
「もちろんです」
 ケンチさんは頷いて、ぼくは恐縮しつつ、お言葉に甘えてありがたくCDを頂戴した。
 と、ここまでは取り立てて風変りな話ではない。驚くべき事態は、そのあとに待ち受けていた。
「ちなみに田丸さん……」
 CDを眺めているぼくに向かって、ケンチさんが口を開いた。
「アユって、お好きですか?」
「はい?」
 唐突な言葉に、ぼくは素っ頓狂な声をあげた。
「なんですって?」
 しかし、ケンチさんは平然とした顔で同じことを繰り返した。
「アユです。川魚の」
「アユ……はあ、まあ、それなりには好きですが……」
 ぼくがなんとか応じると、ケンチさんは微笑んだ。
「それじゃあ、もしよかったら」
 そう言うと、ケンチさんはおもむろに右手を頭のほうにもっていった。
 次の瞬間だ。ぼくが目を疑ったのは。
 ケンチさんは、あろうことか青いメッシュにウェーブのかかった髪の中に自分の手を入れたのだった。単に頭を掻いたわけではない。その右手は髪の中に吸いこまれていき、瞬く間に手首まですっぽり埋もれてしまったのだ。
 口を差し挟む暇もなく、ケンチさんは突っこんだ手をすぐ取りだした。握られていたのは、一匹の黄味がかった魚――美しいアユだった。
「ご迷惑でなければ、どうぞ」
 ケンチさんは躍るアユを片手に持って、ぼくのほうへと差しだした。不測の事態に言葉を発することができずにいると、ケンチさんはこちらの心境を読み違えたらしく、慌ててこう付け加えた。
「あっ、すみません。袋に入れないと持って帰れないですよね」
そしてスタッフさんにお願いして、アユは用意されたビニール袋に入れられた。
 さあ、どうぞ。
 そう言わんばかりの笑顔を見せるケンチさんに、ぼくはおずおず袋を受け取った。その中で、アユはピチピチ躍動している。ぼくはなんだか、子供のころにやったアユのつかみ取りのことを思いだして、少しだけ懐かしい気持ちになる――。
 しかし、だ。
「あの、ケンチさん……」
 ぼくは堪らず口を開いた。
「これって、いったい何が起こったんですか……?」
「え? なんのことですか?」
 不思議そうな顔を浮かべるケンチさんに、ぼくは自分のほうが変なことを言っているような気持ちになりながらも、聞いてみた。
「いえ、あの……どうしてアユが髪の中から出てきたのかと思いまして……」
「あっ、それですね」
 ケンチさんは、何でもないことみたいにつづけて言う。
「半年くらい前ですかね。いまのこの髪型にしてからなんですが、ぼくの髪の右半分は川になったんですよ。ほら、形も川みたいでしょう? ぼくは勝手に、ヘッド・リバーって呼んでますけど」
「ヘッド・リバー?」
 ぼくはケンチさんの髪を、いま一度見た。
ウェーブのかかったその髪の半分は、たしかに川の流れを彷彿とさせなくもない。いや、それどころかだ。眺めるうちにケンチさんの言う通り、髪はだんだん川の流れにしか見えなくなってきた。青いメッシュは水の色という具合だ。
 と、そう考えて、いやいやいやと、ぼくは慌てて首を振った。
髪が川? まさか、そんなことがあるはずがない……。
けれど、眺めていると、やっぱり川みたいに見えてきてしまうのだ。
 混乱状態のぼくに向かって、ケンチさんが言った。
「ははは、田丸さん、せっかくなんで触ってみますか?」
 ぼくは少し躊躇ったあと、怖々と手を伸ばした。
「それじゃあ、ちょっと失礼します……」
 指先がケンチさんの髪に触れた、そのときだった。ひんやりした感覚が走り抜け、ぼくは思わず手を引っこめた。見ると、指先には水滴がついている。
「どうですか? 信じてもらえましたかね?」
 ケンチさんは、ぼくの反応に楽しそうな顔をしている。
「じつは最初は、うちのメンバーもさっきの田丸さんみたいに、このヘッド・リバーのことを全然理解してくれなかったんです。でも、実際に触らせてみたら、ですよ。いまじゃ逆におもしろがって自分から川に手を浸したがるメンバーもいるくらいで、すっかり当たり前になりました。ちなみにライブとかのダンスで頭を振ると水が周りに飛び散ったりもしちゃうんですけど、それも受け入れてくれてます」
「なるほど……」
 ですが、と、ぼくは尋ねる。
「髪が川になったのは、まあ、一応分かりましたけど……アユも同じときからですか?」
「そうですね」
 ケンチさんは頷いた。
「気がついたのは、楽屋でスタイリングしてもらってたときです。鏡越しに、髪からいきなり水がバシャッと跳ねるのが目に入って。手を突っこんで探るうちに何かが触れて、咄嗟につかむと魚だったんです。スタイリストさんに聞いたら、アユじゃないかと教えてもらって。試しにスタッフみんなで焼いて口にしてみたんですけど、これがめちゃくちゃウマかったんです。で、味をしめて、その後もときどき手でつかまえては、ありがたくいただいてるんですよ」
「その……アユはどこから来るんでしょう」
「詳しいことは分からないんですけど、川を上ってここまでやってきてるみたいですね」
 ぼくは、おぼろげな知識を思い起こした。
 アユはたしか産まれてすぐの冬の間は海のほうへと下っていって、そこで子供時代を過ごすのだと聞いたことがある。やがて春が訪れると、流れに逆らい一斉に川を上りはじめる。
春先のアユは、ときどき水面から飛びだしつつ、猛烈に逆流を進んでいく。そうして遡上したアユは川の上流で旬を迎え、秋になるとまた下流に戻って産卵する――。
 ぼくはケンチさんからもらった手元のアユに目をやった。いまは冬で、本当ならばアユの旬は過ぎているはずなのだ。が、目の前のそれは痩せ細ってなどまったくおらず、いかにも食べごろの逸品のように思われた。
「……ヘッド・リバーのアユには、季節なんて関係ないんですねぇ」
 呟くと、ケンチさんが応じてくれる。
「みたいですね。オールシーズン、旬ですよ」
 ぼくは少し迷ったあと、思い切ってこう願い出た。
「あの、ケンチさん……ぼくもアユ取りをやってみたいんですが……」
 話を聞くうちに童心をくすぐられ、心は躍りだしていた。ケンチさんなら、快諾してくれるんじゃないか。そんな思いもあって尋ねていた。
「もちろんです!」
 ケンチさんは屈託のない笑みを咲かせた。こういう気さくなところが、ケンチさんの魅力のひとつだ。
「それじゃあ、お言葉に甘えて……」
「ちょっとしたコツはいりますけど、どうぞご遠慮なく」
 ぼくは近づき、髪のほうへと手を伸ばす。少し屈んでくれたケンチさんのヘッド・リバーに、今度は躊躇なく手を突っこんだ。
 水の中を手探りして、アユらしきものが手に触れた――そう思った瞬間のことだった。
「痛っ!」
 ぼくは反射的に手を引いて、指先に目を走らせた。なぜだか、人差し指からぷっくり血がにじんでいた。
「うわっ! 大丈夫ですか!?」
 慌ててスタッフさんを呼ぼうとするケンチさんを、ぼくは咄嗟に引き留める。
「大丈夫です! ぜんぜん大したことありませんので!」
 ただ、そうは言いつつ、ぼくは何が起こったのかまったくわけが分からなかった。まさかアユが噛みついたということはないだろう。それじゃあ、どうして傷口が……。
 困惑の渦に巻かれていると、ケンチさんが切りだした。
「大丈夫ならよかったですけど……じつは最近、これに困らされてるんですよ。ぼくも何度か被害にあってて」
「どういうことですか……?」
顔を曇らせ、ケンチさんは口を開く。
「良いアユがいるからでしょうね。近ごろぼくの髪の周りに、釣り人がやってくるようになったんです」
「釣り人……?」
 ケンチさんは浮かない表情のままこぼす。
「そうなんです。どこから聞きつけたんだか、ですよ。いま田丸さんの手に刺さったのは、その釣り人によるもので。アユ釣りに使われる針なんです」

(了)
				

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田丸雅智

ショートショート作家 田丸雅智(たまる・まさとも)

1987年、愛媛県生まれ。東京大学工学部、同大学院工学系研究科卒。2011年、『物語のルミナリエ』(光文社文庫)に「桜」が掲載され作家デビュー。12年、樹立社ショートショートコンテストで「海酒」が最優秀賞受賞。「海酒」は、ピース・又吉直樹氏主演により短編映画化され、カンヌ国際映画祭などで上映された。15年からは自らが発起人となり立ちあがった「ショートショート大賞」において審査員長を務め、また、全国各地でショートショートの書き方講座を開催するなど、新世代ショートショートの旗手として幅広く活動している。著書に代表作『海色の壜』、『E高生の奇妙な日常』など多数。
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