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田丸雅智

芸能人ショートショート・コレクション

これはフィクション!? ノンフィクション!?
ショートショート作家・田丸雅智が出会った芸能人の摩訶不思議な物語!

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『フリル菌――秦佐和子』
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「体調管理とか、大変ですよね」
 秦佐和子さんとのイベント直前、楽屋で雑談をしていたときのことだった。元SKE48の秦さんは、いまではアイドルを卒業し、声優として活躍している。
声が資本のお仕事ゆえに、話の流れで口をついて出た言葉だった。
「湿度とか、生活環境にも気を配らないといけないでしょうし」
作家であるぼくも、たしかに同じく身体が資本の仕事ではある。けれど、作家というのはある程度、融通の利きやすい仕事なのには違いない。
 その点、声優さんは声をやられたら話にならない仕事である。自分ひとりだけで済む仕事でもないだろうから、気軽に休むことも難しいはずだ。それを思うと、尊敬の念がこみあげる。
 そんなぼくの質問に、秦さんは静かに微笑みを返してくれた。
「いえいえ、体調管理は大切ですけど、慣れるとそんなに大変でもありませんよ」
「でも、食事面でも作家以上に気を遣いそうですね」
 ぼくは大学時代の自炊生活で、食事のありがたさを身に染みて学んだクチだ。食事ひとつで体調は大きく左右されるものだから、秦さんも苦労されていることだろうと思ったのだ。
「田丸さんは、ご自分でお料理とかされるんですか?」
 秦さんに聞かれ、ぼくは答える。
「素人料理ですが、一応……まあ、最近はどうしても外食が多くなってしまってますけど、それでも野菜だけはきちんと摂るようにしてますね。秦さんは、お料理は?」
「ときどきですけど」
 か細い声で、秦さんは言う。
「得意料理とか、あったりするんですか?」
「そうですね、炊き込みご飯とか――」
 と、不意に楽屋のドアがノックされ、スタッフさんが入ってきた。
そろそろ出番ですので。
それで会話は中断される形となり、ぼくたちは腰を上げてイベント会場へと足を運ぶこととなった。
 イベントは、ぼくが不定期で開催している即興ライブというものだ。ゲストを迎えてトークをしながら、メソッドに沿ってアイデアを出すのだ。そして会場のお客さんも巻きこみながらアイデアを膨らませていって、それらをパソコンでぼくが打ちこみ最終的にその場で作品を完成させる。即興で創作を行う、まさに「即興ライブ」というわけだ。
 その今回のゲストが、秦さんだった。
 イベントがはじまると、ぼくは秦さんの豹変ぶりに驚くことになる。
 正直なところを言うと、楽屋での秦さんは、まるでガラスのお人形さんのように静かに微笑んでいるという印象だった。けれど、イベント開始と同時に何かのスイッチが入ったようで、秦さんは観衆を巧みに盛り上げトークを繰り広げる、快活な女性へと様変わりしたのだ。
 あまりの変貌ぶりに呆気にとられ、ぼくは思わずもらしてしまった。
「あの秦さん……失礼ですけど、なんだか楽屋とは雰囲気が全然違わなくないですか……?」
「えっ!?」
「いえ、てっきり、ガラスのようにすごく繊細な方なのかと……こんなに大胆で活発な方だとは思いませんでした」
「なっ! わたし、ガラスですよ、ガラス!」
 会場から、どっと笑い声があがる。
「……なるほど、防弾ガラスというわけですね?」
「ちょっと!」
 再び大きな笑いが起きる。
 もちろんぼくは、そんな踏みこんだことをいつも言うわけでは決してない。瞬時に秦さんのお人柄を察したゆえのことだった。
そのときのぼくは、たしかに秦さんの知らない一面に驚いていた。が、同時にそんな秦さんも素敵だなと思い……いや、オブラートに包まず言うと、これはいじり甲斐があるなと本能で理解したのである。
その直観はどうやら当たっていたらしく、当意即妙な切り返しが戻ってきて、こちらがまたそれを打ち返す。そんな気持ちの良い流れができあがっていった。
「秦さん、なんだか宣材写真とも雰囲気が違ってませんか?」
「あの、それ、どういう意味ですか?」
 くすくすという笑いがもれる。
「いえ、最近のデジタル技術は……」
「ちょっと! やめてくださいっ!」
 天性のものなのか、アイドル経験ゆえなのか、いずれにしても、ぼくは秦さんの力量に舌を巻いていた。堂々とした立ち回り、反応のよさ、言葉のチョイス。秦さん、すごいな……そう思わずにはいられなかった。
 メインの即興創作を行うパートに入ってからも、秦さんの勢いは増すばかりだった。
 即興ライブでは用意した方法にしたがって、最初に「不思議な言葉」というのをつくる。
秦さんが生みだしたのは「富国強兵もやし」という奇妙奇天烈な言葉だった。そしてそこから一緒に想像を広げていく……のがいつものやり方なのだけれど、秦さんは火がついてしまったようで、ひとりでアイデアがどんどん溢れて止まらなくなった。
曰く、「もやしを育てるバーチャルリアリティーのゲームがあるのだ」「主人公がレベルアップすると、育てているもやしが金色になる」「金色のもやしは現実世界に出現して、それを売るとお小遣いになる」などなど、秦さんワールド全開だった。
 その後、膨らみまくった発想をまとめるのにはちょっと苦労したけれど、なんとか無事に「富国強兵もやし」なる作品は完成した。そしてそれを、秦さんが素敵な声で朗読してくれる。お客さんは奇妙な物語に笑いながらも、真剣に耳を傾ける。
最後は会場から温かい拍手をいただいて、即興ライブは終わりを迎えたのだった。
 楽屋に戻ってからも、高揚感はつづいていた。
「いやあ、秦さん、最高の時間でしたっ!」
 ぼく自身もとても楽しく、充実した時間だった。
「こちらこそ、すごくおもしろかったです……」
 か細い声で答える秦さんは、完全にガラスモードに戻っている。が、ぼくはイベントを通して秦さんのことが少し分かったような気がした。きっと、どちらの秦さんも?偽りのない本当の姿で、場面によって出てくる側面が異なっているだけなのだろう、と。
「ところで」
 と、ぼくは話を変えた。
「その衣装、素敵ですね」
 それはいじりではなく、本音による発言だった。イベント後のサイン会でもファンの方々が同じことを言っていたので、ぼくも口にしてみたのだ。
「それに、かわいらしいフリルもついてますし」
言葉の通り、その衣装には襟元や裾のところにフリルがたくさんついていた。
 秦さんは面映ゆそうに目を伏せた。
「ありがとうございます……」
 そして、つづけた。
「衣装って悩ましいんです。なるべく年相応な雰囲気になるように心がけてはいるんですけど……フリルだけは特別で。マネージャーから若作りだっていじられたりもするんですけど、なんだか惹かれるものがあって……」
「大丈夫ですよ、フリルもお似合いだと思います」
「そう言っていただけると……こだわりのフリルなのでうれしいです」
 そのとき、ぼくは少しだけ違和感を覚えた。
 こだわりの衣装と言うならば、すっと頭に入ってくる。けれど秦さんは「こだわりのフリル」と口にした。フリルだけ別でつけているわけでもあるまいし、どういう意味だろうと思ったのだ。
 いやいや、考え過ぎかな。
そう思った矢先のことだ。秦さんが予期せぬことを言いはじめた。
「このフリル、じつは自分で育てたものなんです」
 一瞬おいて、ぼくは答えた。
「……はい?」
 秦さんは静かな笑みを崩さない。
「わたしが家で育てて服に生やしたものなんですよ」
 ぼくは耳を疑った。
けれど、なるほど、とすぐに悟った。
「なんだ、そういうことですか」
 ぼくは笑う。
「何をおっしゃるのかと思いましたよ。育てるって、さっきのもやしの話と掛けられてたんですね。真顔なんで本気かと思っちゃったじゃないですか」
 まだライブの余韻に浸っているんだな、ありがたいな……。
 そんなことを思っていると、秦さんは首を振った。
「違うんです、田丸さん。わたし、ほんとに育ててるんです」
「はい?」
 ぼくは再び変な声をあげてしまう。
「何をですか?」
「フリルをです」
 秦さんは同じトーンで繰り返す。
「フリル……えっ、どういうことですか? フリルを育てる? えっ?」
 狼狽するぼくに向かって、秦さんは言った。
「フリルって、じつは自分でも育てることができるんですよ。わたし、フリル好きが高じてフリルの研究をしてるうちに、フリル菌を見つけたんです」
「フリル菌……?」
「キノコの菌の一種みたいです」
 ぼくは秦さんワールドに翻弄され、音を上げそうになっていた。
これは何かの冗談だろうか。
が、秦さんの目は真剣そのものだ。それに、楽屋でぼくをからかったところで、得るものは何もない。つまりは事実を言っているということになってしまうが、それにしても――。
「えっと、じゃあ、秦さんのその衣装のフリルも、キノコ……なんですか?」
 尋ねると、秦さんはやっと通じたかといった様子で笑顔を咲かせて頷いた。
「ですです」
 声の感じも、いつしかイベントのときの快活なものへと変わっている。
「わたし、フリルが似合いそうな服を見つけてきて、フリル菌を付着させて家のクローゼットで育てるのが趣味なんです」
 秦さんは言った。自分は家のクローゼットを改造して、フリルが育つにふさわしい特殊な環境をつくってフリル栽培をしているのだと。
効率よく光が当たるよう、試行錯誤してたどりついた特注の照明をつけていたり。温度管理ができるのはもちろんのこと、湿度もコントロールできるようにしていたり。
その特別なクローゼットに、菌を付けた服をハンガーで吊るしておくのだという。
「ものにもよりますけど、二か月くらいで菌は立派なフリルに育ちます」
 戸惑いつつも、ぼくは言った。
「……ということは、けっこう前から服を用意しておかないといけないんですね」
「そうですね」
 でも、と秦さんは言う。
「服って、だいたいシーズンの二、三か月前にお店に並ぶのが普通ですから、何の問題もありません。夏服は春の終わりくらいには出てますし、夏になると秋冬のものが出るものです。服を買うと、すぐに菌をつけてあげます。そうするとその服を着たい季節には、ちょうどフリルが育ってるって感じです」
「なるほど……」
 理にかなっているなと、ぼくは思う。
「ただ」
 秦さんはつづける。
「フリル付きの勝負服をつくるときは、もっと前から準備しなくちゃいけませんけど」
「勝負服?」
「フリルも、人工栽培で育ったものと自然栽培で育ったものとでは全然違うんです。天然もののフリルは別格ですよ」
 フリルの自然栽培には、一年ほどかかるのだと秦さんは語った。
 秦さんは、山奥の森の中に栽培用の土地を借りているらしい。そこで、パーティーなどのフォーマルな場に着ていく服へのフリル付けを行っているのだという。
自然の中ならどんな場所でもフリルが育つのかというと、そういうものではないらしい。直射日光が当たらない風通しのいい場所である必要があり、雨水もたっぷり浴びられなければならないのだ。
 けれど、そうして手間暇をかけてつくられたフリルは、クローゼットでの人工栽培によるものよりも一味も二味も違ってくる。見る者に控えめながらたしかな気品を感じさせ、単にかわいいだけではない高貴な印象を与えてくれる。独特の香りは、清楚で健康的な雰囲気を演出する。
「すごく興味深いものなので、田丸さんにも、ぜひ体験してみてほしいです!」
 前のめりな秦さんに、ぼくは言う。
「いや……それはちょっとやめておきます……」
 フリル付きのシャツやカーディガンを着ている自分を想像して、苦笑する。
 ところで、と、ぼくは尋ねた。
「育てたフリルは、ずっとそのままなんですか?」
「いえ、残念ですけど、しばらくたつと古くなって枯れちゃいます。なので、そうなる前にフリルをもいで、またクローゼットで新しい菌をつけてフリルを育て直すんです」
 フリルをもぐ……妙な言い回しがあったものだと思わず笑う。
「そのもいだフリルは捨てちゃうんですか?」
「まさか、もったいないので使いますよ!」
「えっ?」
 いったい何に……。
「キノコみたいに食べられるんです。あ、これ、お渡しするのを忘れてました」
 そう言って、秦さんはバックの中から何かを取りだした。その透明な袋の中には、いろいろな色の干からびたものが入っていた。
「もいだフリルを干した、干しフリルです。せっかくなので、もしよろしければ」
 渡されるままに、ぼくは受け取る。
「田丸さん、お料理されるんですよね? それなら水で戻して、ぜひ使ってみてください。バター焼きとか煮物とか、キノコと同じように使えますので。あ、安心してください! ちゃんときれいに洗って乾燥させてますから、衛生面は大丈夫です! ちなみに、そのままでもいけますよ。わたしもSKE時代に小腹が空いたとき、干しフリルをつまんだりしてました。ライブ中に、生のフリルをこっそりもいで食べたこともありますけど」
「はあ……ありがとうございます……」
 まさかフリルで料理をする日が来ようとは思わなかった。
「……ということは、秦さんもフリルを使ってお料理を?」
 ぼくは聞かずにはいられない。
 秦さんは、はい、と微笑む。
「ときどきつくるお料理に使ってます。そうだ、さっき出ていた得意料理の話にもつながりますね」
「得意料理……」
 ぼくはイベント前の秦さんとの会話を思いだす。
「たしか、炊き込みご飯がお得意だとか……あっ!」
 声をあげると、秦さんはつづきを引き取るように言う。
「そうなんです。わたしの得意な料理というのは――」
 ただの炊き込みご飯ではなく。
「フリルの炊き込みご飯なんです」

(了)
				

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田丸雅智

ショートショート作家 田丸雅智(たまる・まさとも)

1987年、愛媛県生まれ。東京大学工学部、同大学院工学系研究科卒。2011年、『物語のルミナリエ』(光文社文庫)に「桜」が掲載され作家デビュー。12年、樹立社ショートショートコンテストで「海酒」が最優秀賞受賞。「海酒」は、ピース・又吉直樹氏主演により短編映画化され、カンヌ国際映画祭などで上映された。15年からは自らが発起人となり立ちあがった「ショートショート大賞」において審査員長を務め、また、全国各地でショートショートの書き方講座を開催するなど、新世代ショートショートの旗手として幅広く活動している。著書に代表作『海色の壜』、『E高生の奇妙な日常』など多数。
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