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ショートショート作家・田丸雅智が出会った芸能人の摩訶不思議な物語!

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『怒りに油を――尾崎世界観』
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 バンド・クリープハイプの尾崎世界観さんは、たとえるなら「血みどろのナイフ」だと思っている。
 向きあうと否が応でもウソのない濃厚な本物感と対峙させられ、独特の緊張感が走るのだ。反射的に目をそらしたくなるにもかかわらず、強引に直視させられる。有無を言わさぬ魅力的な力によって。
 人はそれを、カリスマと呼ぶのだ。
 尾崎さんの生みだす楽曲は、多くの者を魅了する。憎悪や怒り、嫉妬心の垣間見える、アダルトで赤裸々な歌詞。そう、尾崎さんの楽曲は、いわば独特の――。
「世界観」
 自らの芸名をそう名乗っているのには、ちゃんとした理由がある。昔、尾崎さんの楽曲を聴いた人々から、こんなことを言われたのがきっかけらしい。
「独特の世界観がありますね」
 あまりに繰り返し言われるものだから、尾崎さんは違和感を抱いた。
「世界観って何なんだよ」
その反発心から、本名の「尾崎祐介」から「尾崎世界観」へと名前を変えたのだという。このエピソードひとつ取ってみても、いかに尾崎さんが尖っているのかが分かる。ぼくの「血みどろのナイフ」という表現も、一理あると感じていただけるのではないかと思う。
けれど、プライベートの尾崎さんはナイフをやみくもに振りかざしたりは決してしない。きちんと鞘に収められているというか、むしろ終始、穏やかな表情を崩さないのだ。特異なオーラは放ちつつ、会話の端々にもナイフの片鱗は見え隠れしているのだけれど、本質までは簡単に覗かせてくれやしない。口調や仕草の癖なども、なかなか掴ませてくれないのである。
 そのことを素直にご本人にお伝えすると、
「うれしいなぁ」
と、意味ありげに笑うばかりなのだ。
そんな尾崎さんから曲づくりの秘密を教えてもらったのは、何度かお会いした後の飲みの席でのことだった。話題はお互いの興味対象の話になって、そこでぼくは尋ねてみた。
「やっぱり尾崎さんは普段から楽曲に書かれているような、ある種の深い闇を持った人に興味があるんですか?」
 尾崎さんは、そうですね、と頷いた。
「ぼく、振り切れてる人に興味があるんです。自分が振り切れてない人間なだけに」
「えっ、尾崎さんが?」
 ぼくは、どちらかというと尾崎さんは振り切れている側の人なのだろうと思っていたので意外に感じた。
「結構コンプレックスなんですよ」
 尾崎さんは言う。
「ギリギリの最後のラインを、ぼくは絶対に越えないんです。というか、越えられないんですよ。たとえば激怒して手が出たりすることも、借金地獄に陥ることも絶対なくて。ちょっとでも振り切れそうな予感が湧き起こった瞬間に、いろいろ考えてしまうんです。あー、いま振り切れると後々面倒なことになるなーって。だから結局、ギリギリのところで留まってしまうんです」
 それはある意味セルフコントロールの極地ではないかと思いつつ、ぼくは尋ねる。
「……でも、実際に振り切れてしまってる人には興味がある、と」
「そうですねぇ」
 尾崎さんはつづけた。
「オカルトには全然興味はないんですけど、自分にとって振り切れてる人は宇宙人みたいなものなんです」
「宇宙人?」
「どんなものか気になって仕方ないんですよ。たとえば、パチンコをしてる間に車の中に放置した子供を死なせてしまった人とか、借金で首が回らなくなってるのにギャンブルをやめられない人とか。もう、理解不能じゃないですか。だからこそ、彼らがどんな人で、どんなことを考えてるのか、すごく気になるんです」
「人間の『業』みたいなものに惹かれるんですかね?」
「かもしれませんねぇ」
 尾崎さんは微笑みながらワイングラスに口をつけた。
「……ご自身の怒りの沸点は、どうですか?」
 ぼくは聞く。
「正直なところ、尾崎さんの場合はあまり高くはない、というイメージですけど……」
「それはあると思います。日常的にチッと舌打ちしたくなることもよくありますしね。ただ、それほどみんなと違うってこともないんじゃないかと思いますよ。満員電車で無理やり後ろから押されたときとか」
「あー」
 ぼくは頷く。
「瞬間的にイラッとしてしまいますねぇ……」
「ですよね。そういうイラッとしたことをちゃんと大事に覚えておいて、それを曲にしてるわけです」
「ははあ……」
 嫌な記憶や思い出を作品に昇華することは、作家でも時おりあることだ。けれど、それに重きを置いたことは少なくともぼくの場合はあまりなく、尾崎さんの考え方はとても新鮮なものだった。
「やっぱり怒りは、曲づくりの鍵ですか?」
「ですね。人間って、一番早く反応する感情が怒りじゃないですか」
 喜びでも感動でも幸福感でもなく、怒り。そう尾崎さんは語る。
「何かきっかけがあったときに、怒りだけは圧倒的に立ちあがりが早いと思うんです。逆に言うと、人間はそれだけ怒りに敏感な生き物だってことだと考えていて。そこをいかに拾えるかが、ぼくにとっての勝負ですね」
「それで普段から内に芽生える怒りを大事にされてる、ということですか……ちなみに、自分で怒りを取りにいくことはないんですか? 待ってるだけではなくって」
 怒りが楽曲づくりの貴重な資源になっているならば、何があっても枯渇は避けたいところである。そして枯渇しないための最良の手段のひとつは、ぼく自身もアイデアづくりで心がけていることだけれど、内なるものに依存せず、自ら新しく資源をつくりに行くことだ。
「ありますよ」
 尾崎さんは笑みを浮かべた。
「ぼく、自分で『言葉の当たり屋』だって表現してるんですけど、自分からふっかけていってて」
「ふっかける!?」
 鋭い言葉に、声をあげた。
「ちょっとちょっと、怖いですって……」
 せめてぼくに向けてはやめてくださいね、と、半ばジョークで、半ば本気で懇願する。
「はは」
どうとでも取れるような曖昧な笑みが返ってきて、ひやりとする。
 まあ、と、尾崎さんは口を開いた。
「火に油を注ぐっていいますけど、それでいうと、ぼくの場合は人の怒りにあえて油を注いで大きくしてるっていう感じですかね」
 でも、と、尾崎さんは急に声を潜めた。
「昔は手を変え品を変えで、いろんなやり方で人の怒りに油を注いでみてたんですけど、あるものを手に入れてから、その作業はだいぶラクになりました」
「あるもの?」
「癇癪油というもので」
「カンシャクアブラ……」
「癇癪持ちの癇癪に、油と書いて、癇癪油。これがそうなんですが」
 そう言って、尾崎さんはバッグの中から何かを取りだした。透明な褐色の液体が入った小瓶だった。
 それを照明にかざしながら、尾崎さんはつづける。
「これ、すごく変わった油で。人に掛けると、怒りを炎上させることができるものなんですよ。無意識下で燻ってる怒りなんかにも作用して」
 涼しげな顔の尾崎さんに、ぼくの背筋はすぅっと冷える。
 言葉の当たり屋――その表現が頭の中でこだまする。
「待ってるだけじゃ、大きな怒りはやってきませんからねぇ。自分で仕掛けていかないと」
 癇癪油はロシア産なのだと、尾崎さんは言った。
ロシアは喧嘩っ早い国だと言われている。ちょっとした諍いで暴力沙汰になることも多いのだとか。そんなロシア人の体質を分析する中で生まれたのが、この油らしい。
「何なら田丸さん、いまつけてみます?」
 無邪気そうに提案する尾崎さんに、ぼくは慌てて首を振った。
お店の人か、お客さんか、自分自身か、はたまた目の前の尾崎さんへか――誰に向かってかは分からないが、尾崎さんの話が本当なら、ぼくは何らかの火種を煽られて怒り狂うことになるのだろう。
 しかし、である。もし尾崎さんが油を注いで怒りを大きくさせているのだというのなら、尾崎さんは本来存在しえなかったはずの怒りを不必要に生じさせていることにならないか? それは倫理的に大丈夫なのだろうか……?
 と、そこまで考え、いやいや、とぼくは思い直す。
尾崎さんは「言葉の当たり屋」の行為を通して、世の中の怒りを成仏させているのではないだろうかと、そんなことを考えたのだ。
 つまりはだ。
たとえ無意識下のものであっても、自分の内に怒りの感情が潜んでいると日常に少なからず影響が出るに違いない。そのイラつきが態度に出たりしてしまえば、周囲の人たちにも怒りが伝播する可能性さえあるといえる。
怒りの感情は立ちあがるのが早いのだと、尾崎さんは分析していた。
いつ炎上するか分からない火種なら、下手に抱えているよりも、さっさと燃やし尽くしてしまったほうが結果的には良いのかもしれない。もっと言うと、尾崎さんの生みだす楽曲には負の感情が色濃く漂っているけれど、人がそれに強く惹きつけられるのは、自分の内なる感情を燃えあがらせて無に帰してくれるからではないか――。
 ぼくは自分なりの憶測を尾崎さんにぶつけてみた。
「どうですかね」
尾崎さんは否定も肯定もしなかった。簡単に尻尾を掴ませてくれやしないのだ。
「まあ、癇癪油をひとつあげますんで、ぜひその検証も兼ねて試してみてくださいよ」
 尾崎さんは笑いながら、小瓶をこちらに差しだした。
 爆弾を渡されるような気持ちで、ぼくはそれを受け取った。
 数日の間、ぼくは尾崎さんにもらった小瓶を持て余していた。
 いったいどう使ったものか……。
 道行く人に掛けてしまうのは簡単だ。けれど、そんなことをしてしまってよいものか。そもそも怒りの扱いに長けた尾崎さんだからこそできることで、自分がやっても失敗しそうだ。いや、成功したところで、自分はそこから何を得れば良いのだろう……。
 それに、すべては尾崎さんの冗談である可能性も残っていた。尾崎さんの楽曲の効果は本物でも、油はただの油かもしれず、自分は掌の上で躍らされているだけかもしれないぞ……。
 過剰なほどに頭を悩ませる日々がつづいた。
そしてその日も、ぼくは結論が出せずに小瓶を手で弄んでいた。
 もやもやと考えながら、何となく小瓶の栓を開けて嗅いでみる。鼻を突く匂いがして、どうにも落ち着かないような、むしゃくしゃした気分になってくる。やっぱり油の効力は本物なのか――。
 そのときだった。ぼくは「あっ」と叫んでいた。
手元が狂い、机の上に小瓶を落としてしまったのだ。
 そして最悪の事態が待ち受けていた。小瓶の油が、そばにあった携帯電話に降りかかったのである。
 やってしまった、携帯が――。
 頭の中が真っ白になり硬直した。
と、次の瞬間だった。携帯が突然、次々と着信音を鳴らしはじめた。
 不審に思って画面を覗くと、メールやメッセージが続々と届いているのが目に入った。それを読もうと、携帯を手に取る。油は中まで浸透していったのか、不思議とベトついてはいない。
 怒涛のように届くメッセージを開いていって、ぼくは呆気にとられてしまった。そこに書かれてあったのは罵詈雑言の嵐だったのだ。
 ――信じられない。
――バカじゃないの?
――ありえない。
 そんな言葉が連なっていたのである。メールやメッセージだけではなかった。SNSのタイムラインも同様で、自分に向けられた発言から他者へ向けた発言まで、怒りに満ちた言葉のオンパレードだった。
 ぼくは慌てて、そのひとつひとつに弁明を書いて返信した。けれどそのうちついに音をあげて、鳴りっぱなしの携帯の電源を切った。
 人の怒りに油を注ぐ――よりにもよって、油の効力をこんな形で知ることになるだなんて……。
 疲れ果て、ぼくはベッドに突っ伏した。
 しかし翌日、事態は一変することになる。恐る恐る電源を入れてみると、携帯は?のように静かになっていたのである。
昨日のアレは何だったのか……履歴がなければ夢かと疑うほどだった。
 が、ぼくはすぐに合点した。
 携帯に潜んでいた怒りの素は、癇癪油で煽られて余すことなく炎上した。そして一晩かけて、すべてが燃え尽きてしまったということだろう――。
 ぼくは思う。尾崎さんは、やはり怒りの伝道師などではなく、怒りの浄化師であったのだと。
手元の携帯の画面には、憑き物が落ちたように穏やかで牧歌的な言葉が並んでいる。

(了)
				

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田丸雅智

ショートショート作家 田丸雅智(たまる・まさとも)

1987年、愛媛県生まれ。東京大学工学部、同大学院工学系研究科卒。2011年、『物語のルミナリエ』(光文社文庫)に「桜」が掲載され作家デビュー。12年、樹立社ショートショートコンテストで「海酒」が最優秀賞受賞。「海酒」は、ピース・又吉直樹氏主演により短編映画化され、カンヌ国際映画祭などで上映された。15年からは自らが発起人となり立ちあがった「ショートショート大賞」において審査員長を務め、また、全国各地でショートショートの書き方講座を開催するなど、新世代ショートショートの旗手として幅広く活動している。著書に代表作『海色の壜』、『E高生の奇妙な日常』など多数。
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