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田丸雅智

芸能人ショートショート・コレクション

これはフィクション!? ノンフィクション!?
ショートショート作家・田丸雅智が出会った芸能人の摩訶不思議な物語!

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『利子手帳――村上健志』
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 お笑い芸人・フルーツポンチの村上健志さんといえば、最近では運動が苦手な芸人さんとして知られている。その一方で名門大学出身の「インテリ芸人」としても有名で、趣味のひとつも短歌だという。
 お笑いネタの持ち味は、村上さん演じるどこにでもいそうな「ウザい人」だ。バイト先にいそうな人、大学や会社にいそうな人。村上さんの手に掛かると、まるで本当に身近にいる人を見ているかのように錯覚して、笑ってしまう。けれど同時に、自分もそういう「ウザい」人間になっていやしないかと疑問を投げかけられるようで、ハッとしてしまうのだ。
 そんな村上さんとのご縁ができたのは、都内某所でのイベントがきっかけだった。その共演のときに連絡先を交換し、以来、飲みに連れていっていただいたり、拙著の解説を書いていただいたり。
「村上さんが芸人を目指されたのは、どうしてなんですか?」
ぼくがこんな質問をしてみたのは、ある食事会でのことである。
出自で人を判断するのは愚かしいだろうけれど、村上さんの出身大学からすれば、周囲の多くは一般企業に就職しているはずだった。村上さんがあえてその道を選ばずに、芸人というお仕事を選んだのはどうしてなのか。ぼくは興味が湧いたのだった。
「ずっと、自分は人より劣ってるっていうコンプレックスがあったんです」
 村上さんは答えてくれた。
「昔は、高校に行ったら変われるかも、大学に行ったら変われるかもなんて漠然と思ってました。でも、実際のところは結局何も変わらなかった。だから、このまま普通に就職しても人に劣ったままで変われやしないだろうなって」
村上さんは自分の中で、なんだか何かに負けつづけることが分かってしまった。芸人になれば、その負の輪から脱けだせるんじゃないだろうか――。
それで、いまの道を選択したのだと村上さんは語ってくれた。
けれどそう簡単には前に進めず、売れない時代がつづいたという。
「……それじゃあ、長い間ご苦労されていたんですね」
 ぼくはありきたりのセリフを口にした。芸人さんの下積み時代の苦労話はよく耳にする。人によっては借金まみれの生活だったり、早朝から深夜までアルバイトに追われる日々だったり。
 村上さんにも、やはりそういった極貧時代があったのだろうかと想像した。
 ところが、村上さんから返ってきたのは意外な言葉だった。
「いえ、ぶっちゃけ、そんな苦労はしてないんです。ぼく、お金に困ったことがなくて」
 ぼくは、えっ、と反応した。お金に困ったことはない――ともすれば誤解を受けかねない表現にドキッとしたのだ。
村上さんには躊躇なくそう断言させるような、何か強力なバックがついていたのか。親御さん、親戚、知人の資産家、経営者。もしくは報酬の大きな危ない副業に手を染めていた可能性も?
 などと空想を広げるこちらに向かって、村上さんはシンプルに言った。
「ぼく、貯金が好きなんですよ」
「貯金?」
 なんだか肩透かしをくらったようで、間抜けな声をあげてしまった。
「そうなんです。バイトの稼ぎを、ずっとコツコツ貯金してて。なので、売れない時代もお金で首が回らなくなるみたいなことは全然なかったですね」
貯金のおかげで、お金に困ったことはない。なるほど、道理に適ってはいるけれど――。
「でも、バイトだけでそんなにたまるものですか……?」
「たしかに大きな額ではなかったですけど、そもそもぼく、物欲がそんなになくて」
派手に遊んだりもしないんで。村上さんは、そうつづける。
「金銭感覚も、人とは違うみたいですね。たとえば、普通の人がブランドバッグを買って贅沢する感覚が、ぼくにとってはスーパーで三千円のものを買う感覚に近いんじゃないかって思います。ときどきあえて高いものを買うことはありますけど、基本的には入ってきた額をいかに使わないか。それを徹底してました」
「……めちゃくちゃストイックですねぇ」
 ぼくは素直な感想をこぼした。
「何か、こう、その貯金には目的みたいなものがあったんですか?」
「それが、なくて。別に節約が好きなわけでもないんですよ。強いて言えば、まさに貯金すること自体が目的でした。とにかく貯金の額が増えていくことに、ぼくは喜びを感じるタイプで。それはいまでもずっと、変わってませんね」
 村上さんは、クレジットカードも一切使わないのだと口にした。何日でいくらくらい使ったか。それをきちんと把握するためには、現金に限るということらしい。
 そこまで徹底しているのか……。
ぼくは感心しつつ、呟いた。
「それじゃあ、いまは芸人のお仕事で貯金額を増やすのが、村上さんにとっての楽しみになってるわけなんですねぇ」
 そのときだった。村上さんの口調が変わったのは。
 村上さんは、なんだか秘密を打ち明けるようなそぶりを見せて、声を潜めて口にした。
「それがですね田丸さん、じつはぼく、仕事の合間に別の方法でも貯金をコツコツ増やしてまして」
「別の方法?」
 ぼくは首を傾げた。
「副業とかですか……?」
 芸能界には、飲食店などを経営している人も多いと聞く。
「副業といえばそうなんですけど、たぶん、田丸さんの想像してるものとは違うと思います」
「はあ……」
「きっと見てもらったほうが早いでしょうね」
 そう言って、村上さんは上着の懐に手を突っこんだ。丁寧に取りだされたのは、銀行の通帳に似た代物だった。
 村上さんは機先を制するように言った。
「これは普通の通帳じゃないですよ。銀行が特別に発行してる利子手帳っていうもので」
「リシテチョウ?」
「見てください」
 村上さんは、それを開いて差しだした。そこには日付と共に、こんな文字が記されていた。
 受取利子――535円
  受取利子――743円
受取利子――891円
「あの、これ、なんですか……?」
「ぼくのメイン口座から、利子だけを抜いてきて管理してる手帳です」
「リシって、その『利子』のことですか……」
 ぼくはようやく考えが至った。
村上さんは、利子で貯金を増やしているということか――。
でも、とすぐに首を振る。
普通、利子の率は一%にも遠く及ばないものである。いくら高額のお金を銀行に預けようが、正直言って、利子の額は知れている。
村上さんは、その微々たる利子を積み立てることに楽しみを見出しているのか――。
考えているうちに、訳が分からなくなってきた。
追い打ちをかけるように、さらなる言葉がぼくを襲った。
「田丸さん、ぼくはですね、自分の貯金に利子を産ませて、その利子たちをこの手帳の中で育ててるんです」
「は……?」
「利子という字は利益の子供と書きますけど、まさしく利子はお金の子供で。大切に育ててやると、どんどん大きくなりうるんですよ。あっ、ほら!」
 村上さんは声をあげ、利子手帳なるものを指差した。ぼくは慌てて視線を向ける。村上さんの指の先には、ある金額が記されていた。
「いまちょうど、この利子の額が百円増えました!」
 村上さんは興奮気味に小さく叫ぶ。
「あっ! こっちも!」
 今度はぼくも、その瞬間を目撃した。印字された利子の額が、まるでデジタル時計の表示のように一瞬にして変わったのだ。
 どういう仕組みだろうと思う間もなく、村上さんは口を開く。
「そもそも利子は年に二回ほどしか生まれないものなんですけど、ブリーダーの資格をもっていれば銀行からの許可が出て、力量次第でたくさんの利子を産ませることができるんです」
「ブリーダー? 資格?」
「民間の資格試験があって。ほら、ぼくそういうの苦手じゃないんで勉強して」
 頭の中に、インテリ芸人という言葉がよぎる。
「なのでぼくは、いま仕事の空き時間で利子ブリーダーもやってるってわけなんです。自分の貯金に利子を産ませて大事に育てて。大きくなった利子を貯金に加えて、またそこから利子を産ませて。その繰り返しですね」
 平然と言う村上さんに、ぼくは唖然とするばかりだった。
 あと最近は、と、村上さんはつづける。
「利子の取引もやってます」
 ぼくはもはや、耳を傾けるのみである。
 村上さんの話によると、同じ利子でも筋の良いものと悪いものがあるらしかった。良い利子は育てやすく、より大きな額に成長する可能性を秘めている。一方、悪い利子だと思うように育たずに、小さい額のまま変動しない。あるいは最悪、利子は衰弱して次第に額が減っていって、やがてゼロになる……どころか、マイナスになることさえあるという。
 そんな中、村上さんが産ませる利子たちは質の高さで評判を呼んでいるとのことだった。噂を聞きつけた人からの問い合わせも多いそうで、大きく化けることを期待して、利子は現状の額面以上の金額で取引されているのだとか。契約が成立すれば、相手の口座に移す形でそれを譲る。
「質の高い利子を産ませるためには、口座の環境がキモなんです」
 村上さんは言う。
「出費の激しい落ち着きのない口座だと、良い利子は産まれづらくて。そういう理由もあるんですよ。ぼくがお金を派手に使わないように心がけているのには」
「なるほどですねぇ……」
 出費を抑えれば抑えるほど、口座の環境は良くなっていく。するといっそう優れた利子が生まれてきて、貯金はまた増えていく――。
「ちなみに田丸さん、知らない間に通帳に利子が書きこまれてることって経験ありませんか?」
「……どうでしょう、あるような、ないような」
「あれはですね、捨てられたり野生で生まれたりした野良利子が勝手に通帳に棲みついてるんです。ほかの利子を威嚇して追い払ったりすることもあるんで、気をつけてくださいね」
「はあ……」
ならば、捨てられた利子の里親募集なんかもあったりするのかなぁ。そんなことを考える。
 妙な心境になり黙っていると、村上さんがぽつりと呟いた。
「でも、こうやって芸人として食っていけるようになって、利子ブリーダーにもなれて、やっとぼくは昔からのコンプレックスをちょっとだけ乗り越えられたような気がしてます」
 村上さんは利子手帳を手に取った。そして懐にしまいこむ。
「田丸さんも利子を育ててみたくなったら、いつでも言ってくださいね。安く譲らせてもらいますし、うちの利子なら自信を持ってオススメできます」
 なんてったって、と村上さんは胸のあたりをぽんと叩く。
「うちの利子には、銀行発行の血統書だってちゃんと付いていますから」

(了)
				

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田丸雅智

ショートショート作家 田丸雅智(たまる・まさとも)

1987年、愛媛県生まれ。東京大学工学部、同大学院工学系研究科卒。2011年、『物語のルミナリエ』(光文社文庫)に「桜」が掲載され作家デビュー。12年、樹立社ショートショートコンテストで「海酒」が最優秀賞受賞。「海酒」は、ピース・又吉直樹氏主演により短編映画化され、カンヌ国際映画祭などで上映された。15年からは自らが発起人となり立ちあがった「ショートショート大賞」において審査員長を務め、また、全国各地でショートショートの書き方講座を開催するなど、新世代ショートショートの旗手として幅広く活動している。著書に代表作『海色の壜』、『E高生の奇妙な日常』など多数。
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