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田丸雅智

芸能人ショートショート・コレクション

これはフィクション!? ノンフィクション!?
ショートショート作家・田丸雅智が出会った芸能人の摩訶不思議な物語!

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『スポットライトに魅せられて――綾部祐二』
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 お笑い芸人・ピースの綾部祐二さんのことは相方の又吉さんとお会いすると時おり話題に上るので、テレビでお見掛けすると勝手にうれしくなったりしていた。
 ましてやご本人にお会いできる日が来ようなどとは――。
 テレビ的な印象だけを切り取ると、綾部さんは調子に乗って天狗になっているとイジられる「天狗キャラ」や、熟女が好きな無類の「女好きキャラ」というようなイメージが浸透していると言えるだろう。けれど、この企画の取材のためにテレビ局の楽屋でお会いした綾部さんは、又吉さんから聞いていた通り、エネルギッシュなオーラをビシビシ放っている素敵な雰囲気の人だった。
 先に到着していたぼくは、楽屋に入って来た綾部さんに挨拶をした。
「おはようございます! 又吉さんには、いつもお世話になっていて……」
 という文言が適切なのかは分からなかったが、綾部さんは「こちらこそ相方が」とご丁寧に何度も頭を下げてくださった。そしてリュックを降ろすと早々に座ってくれて、対面する形となった。
「……えっと、今日は田丸さんとお話しさせていただくってことで大丈夫でしたっけ?」
「はい!」
 時間も限られていることなので、ぼくはすぐに切りだした。
「さっそくなんですが、この企画はですね……」
 ぼくはこの「芸能人ショートショート」の趣旨をかいつまんで説明する。すでに又吉さんをモチーフにした作品は雑誌で発表済みだったので、サンプルとして見開き一ページのそれを手渡した。
 と、綾部さんは表情を変えた。
「すみません、じつはぼく、小さいころからぜんぜん活字を読まなくて……」
 綾部さんは申し訳なさそうに口にする。
「雑誌でも、読むのにめちゃくちゃ時間がかかってしまうんです」
「綾部さん、大丈夫です!」
 ぼくは、ここぞとばかりに胸を張る。
「ショートショートなら五分もかからず、すぐ読めますので! この作品も、見開きで完結してるんです」
「えっ? これで?」
 綾部さんは目を丸くして誌面を眺める。
「せっかくなので、ぜひいま読んでみてください。そのほうが趣旨も伝わるかと思いますので」
「はあ……」
綾部さんは言われるままに誌面を覗き、そのまま指で文をすいすいなぞりはじめた。「ふんふん」「なるほど」などと呟きながら、どんどん読み進めていく。
三分も経たないうちに、綾部さんは顔を上げた。
「へぇぇ……そうか、そういうことなんですねぇ……おもしろい」
 そのお言葉に、ぼくは胸を撫で下ろす。
「よかったです。楽しんでいただけたなら、うれしいです」
「……ということは、こんな感じでぼくが登場人物の作品を書いてくださるわけですか?」
「です!」
「ははあ……」
 それで今日は取材させていただきたいのだと説明した。
「ただ、取材といっても大げさなものではなくて。本当にざっくばらんに雑談させていただければありがたいです」
なるほど、よく分かりました。そう言って、綾部さんとの会話がはじまった。
 綾部さんは、ぼくの尋ねるまま気さくにいろいろなことを話してくれた。又吉さんのことや、日常のこと。お笑いのことや、テレビ番組などのこと。
 そして話題は、自ずと「例の件」へと及んでいった。
「あの……この話は嫌というほど人から聞かれていると思いますけど……」
 前置きしつつ、ぼくは尋ねる。
「改めて、ニューヨーク行きのお話を伺いたくて」
 綾部さんといえば、この話題を避けて通ることはできないだろう。
――レッドカーペットを歩きたい。
綾部さんはそれを理由に、日本での活動をいったん休んでニューヨークに行くのだと大々的に宣言していたのだった。
 その発表がなされたとき、メディアはかなり賑わった。英語もできない、何の後ろ盾もない、ほぼ無計画。そんな中で、唐突に「レッドカーペットを歩きたいからニューヨークに行く」などと宣言したのだ。あからさまに失笑する声や、嘲る声、心配する声。その一方で、行動力を称賛する声や応援の声も多く上がった。メディアは連日賑わって、ちょっとしたお祭り騒ぎのようになった。
 かくいうぼくも、このニュースから目を離すことはできなかった。又吉さんから伺っていた綾部さんの印象も含め、軽はずみな発言などでは絶対にないだろうとは思っていた。けれど、直接お話を伺わなければ真意のほどは定かでない。なぜニューヨーク行きを決意したのか――。
そんな中、幸運にもご本人とお会いできるチャンスがめぐってきたわけである。遠慮なく何でも聞いてほしいという綾部さんのお言葉にも甘え、ぼくは改めて尋ねてみた。
「そもそも、どうしてニューヨークに?」
 何度も聞かれて辟易しているだろうに、綾部さんは嫌な顔ひとつせず答えてくれた。
「より強いスポットライトを浴びたいんです」
 それだけです、と、綾部さんは強く言った。
「それ以上でも以下でもないんですよ」
「はあ、スポットライト……」
 正直なところ、ぼくは少し拍子抜けしてしまった。もっと、ひとことでは言い表せないような複雑で込み入った事情があるのではと、あれやこれやと邪推していたのだ。
 より強いスポットライトを浴びたい――。
 あまりにシンプルな、ともすれば軽薄な印象さえ与えかねない言葉である。
が、そこでぼくは、いや、と一瞬遅れて考え直した。綾部さんの口調は自信に満ちた確信的なものだった。シンプルな言葉の裏には、何か深いものが潜んでいるのではなかろうか。
 黙って考えこむぼくに、綾部さんは射抜くような視線を崩さない。
「ぼく、物心ついたときからスポットライトに惹かれるタチなんです」
 たとえるなら、最初は真っ暗なところに居たというイメージですかね。綾部さんはそうつづけた。
「その暗い場所に、あるとき一筋の光が差しこんできたんです。おもちゃのライトが放つようなチープで弱々しい光だったんですけど、ぼくにとっては新鮮で。引き寄せられるようにその光を目指しました。そうして光にたどりついて浴びてみると、最高に気持ちがよくて。そこからです。ぼくがもっともっと強い光――スポットライトを追い求めるようになったのは」
 芸人になったのも、そのスポットライトへの憧れが発端になったのだという。
二十歳のとき、綾部さんは友人と一緒に原宿へ出かけた。そこで偶然、ロケをしていたダウンタウンのお二人と遭遇したのだ。芸能人に出くわしたこと自体も衝撃だったが、何より衝撃的だったのは、二人を取り巻く歓声だった。
芸人になってスターになれば、こんなにも強烈なスポットライトを浴びられるのか。あの場所に、自分も立ちたい――。
そしてすぐに友人とコンビを組み、芸人を目指した。
「性格的なことも幸いしたんだと思います。ぼくはやってダメだったときの後悔よりも、やらなかった後悔のほうが耐えられないタイプなんです。あのとき芸人になっていればよかった、自分ならできていたかも、なんて、歳をとってから思うのだけは嫌だったんですよ」
 挫折もあった。紆余曲折もした。
けれどその挑戦の結果こそ、いま目の前で輝いている綾部さんというわけだ。
 説得力が違う――。
ぼくは唸った。なんてかっこいい人だろう。
「……なんだかニューヨーク行きのことも、少しだけ分かったような気がします」
 綾部さんはご自身の本質に、内なる声に、忠実に従っているだけなのだ。
 より強いスポットライトを浴びたい――。
 レッドカーペットで浴びるスポットライトは、さぞ強烈な光だろう。
「ところで」
 不意に綾部さんが口を開いた。
「全然話は変わりますけど、ぼく、スポットライト好きが高じて、数年前から研究なんかもしてまして」
「研究、ですか?」
「茨城の町工場にお願いして、共同で」
 そういえば、と、思いだす。綾部さんは若いころ、茨城の椅子工場に務めていらっしゃったことを。
「あの椅子をつくる工場のことですか?」
「いえ、そのツテをたどって照明器具をつくってる工場を探したんです。そこで一緒に研究して、スポットライトを再現できる特殊な電球をつくりました」
綾部さんは、これまで自分の浴びてきたいろんなスポットライトの光を体験できる代物をつくったのだと語った。
路上や、お客さんがほとんどいない劇場で浴びてきた弱いスポットライト。満員御礼の舞台上や、テレビの収録スタジオで浴びてきた強いスポットライト。
 それら様々な光を再現するには、単に光の強度だけをいじればいいわけではない。浴びたときに、いかに現場のリアリティーを彷彿とさせられるかが重要になる。
綾部さんらは研究の末、特殊なフィラメントを開発したのだという。そしてそれを使い、オリジナルの電球をつくりあげた。
「なのでぼくの家の照明は、全部その電球を使っていて。気分に合わせてスイッチで強度を調整して、いろんなスポットライトを楽しんでます」
 しかし、と、ぼくは尋ねずにはいられなかった。話に水を差すことにはなろうけれど――。
「あの、綾部さん……それって疲れたりしないんですか?」
 ぼくは自分が同じ状況になった場面を想像してみた。家ではリラックスして、くつろぎたい。が、家に帰ってもスポットライトが待ち受けているのだ。休まる暇がないじゃないか……。
「はは、疲れませんよ」
 綾部さんは笑いながらも断言する。
「というか、これがぼくなりのリラックス方法なんですよ。ぼく、ゆっくりするっていう感覚が人とは違ってまして」
 たとえば、と、綾部さん。
「温泉に浸かったりするよりも、遊園地でワーッと騒いだりしてるほうが、よっぽどゆっくりしてる感じというか、ストレス発散になるんですよ。だから、家でもずっとスポットライトを浴びつづけていられるなんて、そんなにうれしい話はないんです」
「……そういうものなんですねぇ」
 もはや想像の範疇を超えていたが、エネルギッシュな綾部さんならばそう感じるのかもしれないな、と思わされた。
 綾部さんは、さらに言う。
「電球のことで付け加えると、ちょうどいま量産化を目指してもいるんですよ」
「量産化……?」
「まあ、ただのお節介かもしれませんけど……一般家庭にもぼくの電球が普及して、みんながいつでもスポットライトを浴びられるようになったらいいなと。きっと、生活にも張りが出てくるんじゃないかと思うんです」
 ぼくはスケールの大きさに再び唸った。
 見ている景色が違いすぎる――。
「でも、悔しいんです」
 綾部さんは顔をしかめる。
「いまのところ再現できるスポットライトは、あくまでぼくが体験してきた範囲のものだけです。逆に言えば、体験してない光は再現しようがないんですよ。ニューヨークには、絶対にもっと強い光が待ってるはずですから。早くそのスポットライトを浴びて、自分の日常の中に取りこんでやりたいですね」
あくまで姿勢は一貫していた。
綾部さんはぼくにとって、まるで光源のように眩しく、そしてどこまでもかっこよかった。
 お会いしてからしばらく経ってからのことである。
ふとつけたテレビ番組に綾部さんが出ていて「おっ」と思った。そしていつもと違ってその場に釘づけになったのは、こんなテロップが目に入ってきたからだった。
【新商品】綾部祐二プロデュース スポットライトを浴びられる電球!?
 ぼくの頭に、綾部さんの言葉がよみがえる。
 ――電球の量産化を目指してるんです。
 あのときのあの構想が早くも実現したわけか。本当にすごい人だ……。
 さっそくWEBで調べてみると、すでに注文が殺到しているようで、納品までに時間が掛かると書かれてあった。ぼくは迷わず注文し、電球の到着を楽しみに待ち望んだ。
 しかし、数週間後に物が届き、リビングに設置してみて戸惑った。照明をオンにした瞬間から、何だか急に居心地が悪くなったのだ。
 その原因は、間もなく分かった。
 たしかに電球による特殊な光を浴びていると、満席の舞台にでも立ったかのような気分になる。が、それを素直に喜べないのだ。のしかかってくる重圧が尋常ではないのである。
 観衆の熱い眼差し――それは気持ちを鼓舞してくれる一方で、一瞬にして冷ややかなものへと転落しうる危険性も孕んでいる。
 下手なことなどできやしないが、早く何かをしなければ。緊張感で身体は固まり、立っているだけで動悸がする――。
 ぼくはスイッチに駆け寄り電気を落とした。
そこはもう、いつもの家のリビングだった。
 どっと疲労感に襲われて、ソファーに腰掛け天を仰ぐ。
 綾部さんは、いつもこんなスポットライトの下でお仕事をされているのか……。
しかも、だ。綾部さんは、これ以上の光を求めてニューヨーク行きを決めたのだ。
畏怖に包まれ、もはや言葉は出なかった。
 ちなみにこの電球は、ほどなくして販売中止が発表された。
生半可に手を出した者が多かったのだろう。スポットライトのプレッシャーに耐え切れず、心が折れる者が続出してしまったということだ。

(了)
				

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田丸雅智

ショートショート作家 田丸雅智(たまる・まさとも)

1987年、愛媛県生まれ。東京大学工学部、同大学院工学系研究科卒。2011年、『物語のルミナリエ』(光文社文庫)に「桜」が掲載され作家デビュー。12年、樹立社ショートショートコンテストで「海酒」が最優秀賞受賞。「海酒」は、ピース・又吉直樹氏主演により短編映画化され、カンヌ国際映画祭などで上映された。15年からは自らが発起人となり立ちあがった「ショートショート大賞」において審査員長を務め、また、全国各地でショートショートの書き方講座を開催するなど、新世代ショートショートの旗手として幅広く活動している。著書に代表作『海色の壜』、『E高生の奇妙な日常』など多数。
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