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特集: 梶よう子 の世界

安次郎が帰ってきた!
『ゆえ』は、浮世絵の世界でとして生きる男を主人公とした物語の第二弾。待望の続編刊行である。
著者の梶よう子は、本シリーズで市井に生きる人々の姿を優しい目線で描くとともに浮世絵の新たな魅力も提示したが、この物語が端緒となり、以後浮世絵を題材とした作品を次々と手掛けるようになっている。浮世絵に抱く思いや
創作のエピソードなどを伺ったインタビューと文芸評論家・菊池仁による解説から、作品の魅力に迫る!

梶よう子インタビュー

『父子ゆえ 摺師安次郎人情暦』はシリーズ待望の第二弾。前作『いろあわせ』の登場が二〇一〇年ですから、本当に心待ちにしていました。

梶よう子(以下、梶)> 「ランティエ」で不定期に連載していたものをやっとまとめることができました。とはいえ、少し時間が掛かってしまいましたね。

その間には直木賞候補になった『ヨイ豊』や『北斎まんだら』など、安次郎と同じく浮世絵の世界で生きる人々の作品も書かれています。浮世絵は梶さんにとって大事な題材となっているように感じますが、興味を持たれたのはいつ頃からでしょうか。

梶> 最初の出会いは永谷園(笑)。お茶づけに歌川広重の東海道五拾三次のカードがおまけで付いていて、子ども心にもなぜだか集めたくなって。家にはさまざまな画集などがあってそこに収められていた浮世絵も見ていたし、身近なものではありましたね。ただ、きちんと見るようになったのは学生時代で、美大に通っていた当時、図書館にあった浮世絵の雑誌を手に取ってからです。

子どもの頃に見た浮世絵とは違うものとして映ったのでしょうか。

梶> 違いましたね。学生時代に見たのは豊国や国貞などで美人画が多かったですから、浮世絵といっても風景画だけでなく、いろいろあるんだなぁと。私、西洋画が好きだったんですよ、たぶん。西洋の絵画は光と影を使い分けて陰影を生み出していますが、日本のそれにはない。だから、西洋のほうが上なんじゃないかと思っていたところがあったんです。でも浮世絵を知って変わりました。浮世絵は陰影をつけなくても線だけですべてを表している。その技術の高さ、本当にいなと実感しました。

近年は浮世絵が西洋絵画に与えた影響が再認識されていますね。

梶> ジャポニスムブームは嬉しいですよね、私が描いたわけじゃないんだけど。

わかります。同じ日本人として誇らしく感じます。

梶> その誇らしいという部分を、私たちはもっと持っていいと思うんです。サロン文化だった西洋絵画に対して、浮世絵は大衆文化。誰もが手にでき、若い女性も大好きな役者の絵が出ればこぞって買ったり。絵というものに対する美意識を、日本では一般人が持っていたんですよね。

残念なことに明治時代になり浮世絵はれてしまいますが、北斎や広重などのビッグネームは今日でも皆が知るものです。

梶> 絵師の名前は残ったけれど、摺師が脚光を浴びることはほとんどありませんでした。浮世絵を作る際にはまず版元が決まり、次いで絵師、そのあと彫師という順番もあって仕方なかったんですけど。そんななかで、たまたま「おまんまの安」という通り名を持つ摺師がいたことを知り、生まれたのが安次郎であり、この物語でした。

摺師という視点がとても面白く、浮世絵の見方も変わるほど新鮮でした。

梶> 私、絵師を書く自信はなかったんです。でも摺師には興味があったので勉強を始めて、実際にを握って摺りの体験もして、浮世絵がどう出来上がっていくのかを知ることができました。摺りという最後の工程から作品を見ていたわけですが、そのうちに、では最初に絵を描く絵師は、何を思い考えて描いていたんだろうという視点も徐々に持てるようになってきて。それが『ヨイ豊』などの作品に?がっていったと思いますが、すべては安次郎がきっかけですね。

現在へと続く創作の重要な起点ともなった安次郎ですが、今作『父子ゆえ』では随分と変わったように感じます。何事も静観するタイプだと思っていたら、持ちかけられたべに乗るなど意外な行動をして。

梶> 前作『いろあわせ』は、摺師という職人を前面に押し出した一種の職業小説だったと思いますが、今回は、摺師という職業を持つ男の話、いわば“人間・安次郎”を描きたかったんですね。前作から一年ほどったあたりの設定で書いていますが、その一年で安さんも変わりました(笑)。

物語も大きく動き、中でも大きな変化は、亡くなった妻・お初の実家に預けていた一人息子のを引き取ることです。

梶> 安次郎は子どもの頃に火事で家族を失っています。お初ちゃんと結婚してやっと自分の家族が持てたのに、それもなくなってしまって。家族というものと縁の薄い人間なんです。それが安次郎自身の中でも、何か足りないものとしてあったのではないかと思います。摺りでいえば、何か摺り忘れてしまったような。それを埋めてくれるのが信太という色ではないか。そう思い始めて、自分は父親なんだと自覚する流れにしています。

しかし、信太にとっては試練というか、父親と暮らせるようになるきっかけが利き腕の右手に大きなけがをするという展開で……。

梶> 信太には大変申し訳なかったのですが、安さんのためでした。たぶん、彼は何かがないと気付かなかったかもしれないんです。実は私もそうなんですよ、アクシデントがないと肝心なことには気付けないという(笑)。信太がけがをしたことは、この親子にとって乗り越えなければならないものとして作っているつもりですが、どんな人にも何かは必ず起こります。その大きさに差はあっても、クリアして、折り合いをつけながらみんな生きている。けっして非日常ではないんです。私は日々大変だけど頑張っている、そんな人間の姿を小説を通して書きたいと思っています。

読んで共感できるのは、そうした人々の姿があるから。それにしても、安次郎に梶さんが投影されていたとは驚きです。

梶> うーん、安次郎の天然ぶりと私の場合はちょっと違うような気もしてきた(笑)。私は能天気な、おボケですしね。安次郎は苦労人で寡黙で断然カッコいいですから。

安次郎にはまだ見ぬ一面があるようですが、今作は目の離せない魅力的なキャラクターも増えましたね。渡りの新吉とか。

梶> 新吉は使い勝手が良かったですねぇ。書いているうちにどんどん図々しくなっちゃって、前からいたように振る舞って、“よっ”と出てきちゃう(のれんをくぐる真似をしながら)。こんなに出る予定はなかったんですよ。

今風に言えばチャラい感じで(笑)。

梶> そうそう、そういう感じ。現代人っぽいですよね。でも、摺師としての腕は確かですからね。あとね、女によって態度を変えるんですよ、新吉は。年上の女、例えばお利久さんには少し甘えるような感じで接するのに、若い女の子には、“俺ってさぁ?”とちょっと上から行く。まぁ、想像ですけど。

直助(安次郎の兄弟弟子)が普通にいい人に見えてきました。

梶> 前作では彼がいい味出してたのにね。直助、ピンチ! おちかちゃん(片思いの相手)となんとかしてあげたくなってきた。

ちなみに、梶さんが好きなキャラクターは?

梶> 私がれるのは彫師の伊之助。カッコいいんです。彼は、彫師から見た摺師、あるいは絵師というものも一緒に伝えられたらなという思いも込めて書いたつもりです。

プロフェッショナルな彼らが手掛けた浮世絵をぜひとも見てみたいです。

梶> はい、私も。

さて、このシリーズが始まった頃はデビュー三作目という時期でしたが、今では作家生活も十年が経とうとしています。振り返っていかがでしょうか。

梶> 一言で言ってしまえば、あっという間でした。とにかく書きたいという思いがあって、夢中で書きたいものを書かせていただくことができました。でも、考え込んでしまう時期もありましたね。小説を読んでもらうということは読者の方の時間をいただくわけですから、その間は物語の楽しさを感じてほしい。そのためにはどう書けばいいのか、何が完成なのか。書いても書いても納得できなくて。苦しく感じながらも、それでも書くことが好きだから、やっぱり書くんですけど(笑)。本を読んでいる時間っておしいじゃないですか。書き手となっても、その思いは変わらずに届けていきたいと思っています。それと、個人的なことで恐縮ですが、葉室麟先生に帯ネームをいただけたのが、すごく嬉しかったですね。けれど、昨年末に急逝され、そのお礼がいえないままになってしまったのが、とても心残りです。同じ時代物の書き手として、創作に臨む姿勢も尊敬していましたし、松本清張賞受賞者の先輩でしたので本当に寂しく、悔しくてたまりません。安次郎の第二弾を上梓できた喜びはありますが、葉室先生から頂戴した言葉も宝物です。そうした意味でも私の大切な一冊になりました。

解説

成熟度を増したシリーズ第二弾!
父子の絆が繋ぐ、技≠フ伝承を見逃すな。

文芸評論家 菊池 仁

待ちに待った「安次郎人情暦」の第二弾『ゆえ』が刊行された。二〇一〇年に『いろあわせ』(単行本)が刊行された時、度肝を抜かれた。松本清張賞を受賞した『一朝の夢』(二〇 〇八年)も『みちのく忠臣蔵』(二〇〇九年)も着眼の鋭さ、面白さ、人物造形の確かさ、起伏に富んだストーリーのうまさ等、とても新人とは思えない力量は感じられた。

しかし、三作目にあたる『いろあわせ』には、それを超える新鮮さがあった。その理由は技≠ノこだわった職人ものだったからである。

時代小説に最適な題材であり、効果的な舞台となるのは職業≠ナある。なかでも時代小説ならではの味わい深さを持っているのは職人もの≠ナあるのは間違いない。ただし、職人もの≠読む価値があり、かつ面白い読物とするためには二つの要件を満たしていなければならない。第一は、現代人の生活感覚では理解できない珍らしい職種であったり、現在まで連綿と続く職人の技”の源流をすことができること。要するに職人芸≠ヘ時代を映す鏡であり、そのユニークさをフィルターとすることで、独特な小説空間の創出が可能になるわけで、これがきちんと表現できていること。

第二は、主人公の職人の人物造形に生きる知恵と哲学が刻まれており、それと技”が融合することで、濃密な人間ドラマが織り込まれていること。

『いろあわせ』はこの二つの要件を充分に満たした数少ない作品であった。現在の職人もの≠ノインパクトを与えるものとして期待していたわけである。

第二弾『父子ゆえ』を読んで、作者の着眼の鋭さと、筆の冴えにを挙げたくなった。シリーズものの命運を握っているのは巻数を追うごとに成熟度を増しているかどうかである。本書は間違いなく格段に成熟した内容となっている。

主人公・安次郎は、女房のお初に先立たれて五年、子の信太をお初の実家に預け、一流の職人として様々な浮世絵を摺ってきた。その仕事の秀逸さと正確さから、喰いっぱぐれの心配がないほどの腕を持っているというので、ついたはおまんまの安=B寡黙ながら、実直で練達というのが人物造形の特徴。従来、出番の少なかった摺師に着眼し、その技≠細密画を見るような筆致で再現していること。さらにその技≠登場人物が内奥にかかえこんでいる喜怒哀楽とクロスさせて、濃密な人間ドラマを仕立てたところが、本シリーズのコアとなっている。

これはすでに前作『いろあわせ』で実証されているわけだが、本書では、第一話「あとずり」、第二話「色落ち」、第三話「見当ちがい」の三話でこの手法を踏襲。第四話「回し」、第五話「腕競べ」では、題名が摺りに関係する語でなくなったことが示すとおり、安次郎と信太父子の心の交流に重点を移している。例えば、第二話「色落ち」に絶品ともいえる場面が出てくる。

《足りないものを数えてもなにも変わらない。/お初もふた親も兄妹も、ちゃんとおれの彩りの中にいる。たぶん、叔父もだ。/なぜ、そんな簡単なことを忘れていたのだろう。/一番明るく温かい色をしているのが信太であれば、それで十分だ。》

この場面の直前に「色落ち」を暗示するエピソードがあり、その受けとなっている。つまり、安次郎が「色落ち」の技法から、家族や信太の存在に新たな思いを抱く様子を色≠媒介として描いたのである。摺りの技法がそのまま人生の機微にみ込んでいく場面で、親としての覚悟と、摺師としてのが融合した見事な場面である。

前作では底流となっていたテーマを浮上させ、摺師という職業の持つ精神の連続性をテコとして描いていこうという意図を窺うことができる。さらに、ここには父子家庭のありようと、技”の伝承という今日的なテーマが内在していることを忘れてはならない。

特筆すべき出来映えとなっているのが、第三話「見当ちがい」である。『迷子石』に出てくる富山藩のおまけ絵≠ノついての記述や、『ヨイ豊』、『北斎まんだら』等の作品で、作者の江戸絵画についての造詣の深さと、それを独自の手法で作品化していく力量は証明済みだが、それにしてもこれはうまい。「見当ちがい」という特殊な技≠モチーフに、一流のプロのぶつかり合いをディテールに富んだ筆致で描き、沸騰点へもっていく展開はいの一言につきる。

もう一点ある。広重、国貞など実在の人物を登場させることで、彼らの個性と、虚構の人物のもつ個性が同じ時間と空間を共有し、興趣を盛り上げる手法をとっていることだ。つまり、実在と虚構の境目が見えにくくなり、迫真のドラマとなっている。

これが本来の職人もの≠フ持つ面白さなのである。もう、第三弾が待ち遠しい。

梶よう子(かじ・ようこ)
東京都生まれ。2005年「い草の花」で九州さが大衆文学賞を受賞。08年「一朝の夢」で松本清張賞を受賞。16年『ヨイ豊』で直木賞候補、歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞。他の著書に、『商い同心 千客万来事件帖』『花しぐれ 御薬園同心 水上草介』『葵の月』『五弁の秋花 みとや・お瑛仕入帖』『北斎まんだら』『墨の香』などがある。

●新刊紹介

『父子ゆえ 摺師安次郎人情暦』
神田明神下の長屋にひとり暮らす安次郎は、女房のお初に先立たれて5年。子の信太をお初の実家に預け、一流の職人として様々な浮世絵を摺ってきた。寡黙ながら、実直で練達な彼のもとには、摺りの依頼が次々と届く。ある日、義兄が安次郎の住む長屋に駆け込んできて、信太に一大事というが……。
12歳で親兄妹を火事で失い女房にも先立たれ、心に傷を負って生きてきた安次郎が、たったひとりの家族である信太から幸せと愛を教えられ、共に新しい人生の一歩を歩み始める。人の心の機微と粋な人情が織りなす連作時代小説。
本体1300円+税
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