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今月の特集

宇佐美まことの世界

二〇一七年、『愚者の毒』で、日本推理作家協会賞を受賞した宇佐美まこと。二〇〇六年に作家デビューするも、仕事をしながらの執筆で寡作だった著者が、この一冊を機に、次々と意欲作を発表し続けている。そして、『愚者の毒』のメインテーマである「人間の業」を追究する作品『いきぢごく』が刊行された。

宇佐美まことインタビュー

ホラーでもミステリーでも、人間への興味が私に作品を書かせるんです

人間の業をこれでもかと描き切った『愚者の毒』を継承する、女の情念と怨念のサスペンスフルな物語、『いきぢごく』の魅力に迫る。

これまで、日常を超えた怪異を題材にしたホラー作品を得意としてきた宇佐美さんですが、日本推理作家協会賞を受賞した『愚者の毒』以来、不思議な出来事の起こらない、リアルな世界を舞台にした作品を描かれています。何か心境の変化があったのでしょうか?

宇佐美まこと(以下、宇佐美)> 実は、私のなかではそれほどの変化はないんです。

そもそもなぜ私が怪異を描いてきたかというと、恐怖を感じたときの人間のありように興味があったから。日常では起こるはずのない怪異を前にしたとき、人は百人百様の反応を示します。ある人は自分が怖がっているのを認めたくなくて虚勢を張ってみたり、そうかと思えば恐怖から逃げようとして取り乱してみたり……。そこには隠しようのない人間の姿がありますよね。私はそんな人間の姿に興味を感じて、作品を書いてきました。

怪異の出てこない作品でも、その姿勢は同じ。ミステリーの場合は犯罪がその題材となりますが、犯罪に至る人間のありように私は興味があるんです。

人間を描くという点で、ホラーもミステリーも変わりはないというわけですね?

宇佐美> もちろんです。そして今回の『いきぢごく』も例外ではありません。ですから、ホラー作家からミステリー作家に鞍替えしたというわけではないのでご安心ください(笑)。

『いきぢごく』は、宇佐美さんが地元の愛媛県松山を舞台にした作品です。故郷を舞台に選んだ、その思いを教えてください。

宇佐美> お遍路さんは、四国に住まう者として一度は向かい合いたいテーマでした。私の母の実家が遍路宿を営んでいたこともあって、子どものころによく訪ねていたんです。四国八十八か所の札所をまわるお遍路さんたちの姿を、体験者の目ではなく、迎える立場の目から見てきたわけです。

作中に「金亀屋」という遍路宿が出てきますが、宇佐美さんのお母さんの実家がモデルなんですか?

宇佐美> そうです、そうです。遍路道に面した廊下があって、作品の中で「雨戸を全部取っ払ったら、家が外向きに開ける感じの」と書いたままの遍路宿でした。

子どものころの宇佐美さんにとって、白装束のお遍路さんの姿はどのように見えましたか?

宇佐美> 白装束は、死者に着せる衣装ですけど、すべての札所を徒歩でまわる歩き遍路は難行で、それだけに途中で力尽きて死んでもいいという覚悟のあらわれでもあるんです。そんなお遍路さんが列をなして参道を歩いている姿を見ていると、異世界からやってきた人たちが私たちの日常を横切っていくような、不思議な感覚でした。子ども心に怖さは感じるんだけど、目が離せなかった。

作品には、そんな四国に昔から伝わる「お接待」という風習が描かれますが、どんな風習なのか、説明していただけませんか?

宇佐美> 札所や遍路道沿いに住む人たちが、お遍路さんに無償で金品や宿を提供する風習なんですけど、単なる施しではないんです。お遍路さんを接待することで、自分も四国八十八か所をまわるのと同じ功徳が得られるという、独特の考えが四国にはあるんですね。今回、執筆にあたって遍路関係の資料をいろいろと読みましたけど、ある資料にはこの風習が今も残っているのは全国でも四国だけだと書いてありました。

『いきぢごく』は、鞠子という四十二歳の都会に住む女性の目を通して描かれていますが、そのような主人公を設定した理由は何でしょう?

宇佐美> 二〇一八年に上梓した『骨を弔う』(小学館)も四十代の女性が主人公の一人でしたけど、私がこの年代の女性に関心があるのは、その年齢が人生のターニングポイントになることが多いからです。

鞠子のように未婚の女性なら、結婚するか、しないのかという決断を迫られますし、結婚している女性なら、子を産むのか、産まないのかという選択になります。いずれにせよ、それまでの人生を見つめ直して、後悔することのないような道を選ばねばなりません。その揺れる心を描くことで、興味深い物語が浮かびあがってくるのではないかと考えました。

主人公の鞠子は、友人と創業した旅行代理店を成功させ、人並み以上の収入を得ているだけでなく、若い恋人もいるキャリアウーマンですが、その心は大きく揺れている様が印象的に描かれていますね?

宇佐美> そうですね。鞠子は結婚して妻になることも、子を産んで母になることも選ばず、一人の女であり続けるという選択をしたわけですが、四十二歳になって若いとき以上にそのことを強く意識するわけです。

物語は、そんな鞠子のエピソードに加え、昭和十五年にたった一人で四国を巡礼したリヨという女性のエピソードが交互に語られていきます。巧みな構成ですね。

宇佐美> リヨの手記を読み進めていく鞠子は、やがて彼女が恐ろしい犯罪に手を染めた後に巡礼の旅に出たということを知ることになります。そのとき、鞠子がリヨのことを愚かしいと思うのではなく、次第に共感していくところがこの物語の重要なポイントです。

今と昔の時空を超えて、逃げ場のない女同士の心がつながるのです。それは、女の弱さであると同時に強さでもあると鞠子は気づくのですね。

女性の読者の多くも、そんな鞠子の心情に共感するのではないでしょうか。でも、男性読者の中には、ホラー小説を読むときのような恐怖を感じる人がいるかもしれません。

宇佐美> (笑)。そんな風にこの物語を読むのも、またおもしろいと思いますよ。

もうひとつ、私がこの作品で描きたかったのは、四国という土地とお遍路という文化の奥深さです。札所から札所に至る道は一本の線に過ぎませんが、四国は島ですから、巡礼の道は最後に出発した場所に戻ってくるんです。つまり、終わりのない道をいつまでも歩くことができるわけです。まるで人生そのもののように。

そもそも巡礼は擬死再生といって、険しい自然をまわることによっていったん死んで、生まれ変わる再生のための儀礼でもあります。私はこの物語を描くことによって、四国がそのような場所として昔から多くの人を救ってきた歴史を改めて知ることができました。

『いきぢごく』もお遍路のように、何回も読み直すことで新しい発見がある作品なのかもしれませんね。

宇佐美> そうだとうれしいですね。物語の最後には、登場人物たちの再生が描かれていますが、彼女たちがその後、どうなったんだろうと、あれこれ想像してみるのもおもしろいと思いますよ。

構成=内藤孝宏

遍路修行という巨大回路の形を借りて、人間の心の深部を描く情念の小説

書評家 杉江松恋

日本という国の中で唯一四国のみが巨大な回路を有している。

八十八の霊場を巡るお遍路である。千二百キロにも達するという行程を、弘法大師と同行二人で結願を目指す。志を持ってそこに足を踏み入れた者は、四国の地全体を舞台にした宗教儀式の一部になるのである。

この回路の存在理由は仏教者が修行を完成させることにある。だが、一切の煩悩から解放され、解脱の境地に至りたいというのはいかなる心の在り様なのだろうか。そうまでして捨てたい我が身、我が心とはいったい何なのだろうか。

さらに言うならば、我が身、我が心がそんなにも憎いのか。怖いのか。

宇佐美まこと『いきぢごく』は、遍路修行という巨大回路の形を借りて、人間の心の深部を描く情念の小説だ。聖なるものから照射される光が、邪なもの、理性では御することのできない妄念の所在を浮かび上がらせるのである。全体が四章に分かたれているのは、遍路の道場としては異なる意味を持つ四つの国、阿波、土佐、伊予、讃岐にそれぞれが重ねられているからだろう。たとえば阿波は発心、始まりの地であり、続く土佐は厳しい自然を前提とした修練の場である、というように。

主人公の竹内鞠子は、四十代に足を踏み入れた女性だ。友人の白川真澄と共に起業した旅行代理店は、既存の他社が思いつかないような企画を次々に打ち出すことで好評を博してきた。すでに一族と言える者は彼女と姉の亜弥だけになっているが、竹内の本家はかつて四国の松山で遍路宿を営んでいた。五十二番札所太山寺の門前で金亀屋という看板を出していたのである。今は誰も住む者がなく、鞠子たち姉妹も地元の人に管理を任せきりにしている。その古民家が、物語の後半では重要な舞台となってくるのである。

小説の本文は、鞠子ではない人物がしたためた手記から始められている。後にリヨという名であることが判明するその女性は、我が身の罪を背負いながら遍路の一番札所である霊山寺にやって来たのだという。リヨの語りと鞠子の日常とが並行する形で小説の叙述はしばらく進行していく。やがて手記の存在に気づいた鞠子はその文章に深く引き込まれる。記された日付からすると昭和十五年の出来事である。自分とは縁もゆかりもない他人の行為になぜそこまで惹きつけられるのかわからないと自嘲はするものの、鞠子は本当は理由に気づいている。狂おしいほどに捨身への願望を抱いているリヨに、心を射抜かれてしまったのである。なぜならば、鞠子も我が身、我が心に恐れを抱いているからだ。

理性ではなく情念が支配する領域のことを書いた小説である。鞠子は、姉の縁故で旅行代理店に雇い入れた青年、一回り近くも歳下の南雲絋太と関係を持ち続けている。絋太は二人の間柄を不変のものとしようとして結婚指輪を渡そうとするが、鞠子はそれを断る。?ぎとめられるつもりはないのだ。白川真澄は共同経営者と部下との情事に気づいており、鞠子のそうした放恣な姿勢に嫌悪感を抱いている。しかし、有能な彼女を指弾することまではしないのである。この小説の登場人物たちはみな、真澄のように物分かりがよく見える。合理的に行動し、互いの立場を慮って距離を取る。だが、彼らは気づいていないのである。そうした理性の光では見通すことのできない深淵、情念のみの澱む場所から湧き上がってくるものがあるということを。鞠子がめくり続ける手記の書き手だけがそのことに自覚的であり、心の奥底が永遠に昏いままであることをひたすら訴えかけてくる。構成の妙と言うべきだろう。

読み手の官能を強く刺激する作品であるということも書いておいたほうがいいだろう。作者に感心したのは、鞠子が歳下の絋太に惹かれた理由を、元ピアニストの美しい指を持っているからとしたことだ。その指に触れられる悦びが肉感的に描かれる。実はその愉悦は、鞠子にとって過去の封印された想い出に?がるものでもあるのだ。禁忌の記憶が、彼女を巻きこむ悲劇への導線になる。単に理詰めで筋を追わせるのではなく、五感の表現を駆使して作中へと読者を惹きこもうとする作者の語りには抵抗しがたい魅力がある。情念を描いた小説の叙述としてもふさわしいものだ。

ミステリー的な展開があり、最後で理に落ちる部分があるのだが、蛇足と感じる読者もいるのではないだろうか。鞠子が絡めとられる世界は背徳の魅惑に満ちており、そこに自分も身を委ねて内なる声をいつまでも聴いていたいという気持ちにさせられる。恐ろし、と目を背けていた本当の我が姿が、物語の向こうに見えるような気さえするのである。

●新刊紹介

『いきぢごく』
友人と旅行代理店を経営している四十二歳の鞠子は、十一歳も年下の男と付き合っているが結婚する気はない。そんな鞠子が、亡くなった父から相続することになった元遍路宿の古民家を訪れ、その家で古い遍路日記を見つける。四国遍路で果てる覚悟の女遍路が戦前に書いたと思われる旅の記録。彼女はなぜ絶望し、自分を痛めつけるような遍路旅を続けたのか。女の生と性に揺れる鞠子はこの遍路日記にのめり込んでいく─。
本体1600円+税
宇佐美まこと(うさみ・まこと)
1957年愛媛県生まれ。2006年、「るんびにの子供」で第1回『幽』怪談文学賞短篇部門大賞受賞、同作品を含む短編集『るんびにの子供』で作家デビュー。2017年、『愚者の毒』で、第70回日本推理作家協会賞〈長編及び連作短編集部門〉受賞。他の作品に『虹色の童話』『入らずの森』『角の生えた帽子』『死はすぐそこの影の中』『熟れた月』『骨を弔う』『少女たちは夜歩く』『聖者が街にやって来た』がある。

岡本さとるの世界

岡本さとる×並木和也(直心影流 空雲会 師範)

剣術シーンは時代小説の醍醐味だ。それが剣豪小説ならば、言わずもがなである。「新・剣客太平記」シリーズは人間ドラマの奥深さを味わわせてくれたが、その根幹となって作品を支えたのは、やはり剣豪小説としての面白さだ。主人公・峡竜蔵が使うのは直心影流。江戸の剣術界において名門と謳われるこの流派の中で切磋琢磨することで、竜蔵という男の人間味も際立った。自らも剣士である作者・岡本さとるは、なぜ直心影流に着目したのだろうか。今日にその技を伝える直心影流空雲会の師範・並木和也氏と直心影流の魅力、剣に生きるとはどういうことかについて語り合った。

直心影流の使い手が主人公に描かれるのは珍しい!?

岡本さとる(以下、岡本)> 並木さんには『剣客太平記』が漫画化される際に剣術監修でご協力をいただいたこともあり、一度お目に掛かりたいと思っていました。

並木和也(以下、並木)> こちらこそ、お会いできて光栄です。

岡本> 直心影流の型をご指導いただく好機も得て、大変勉強になりました。先ほどの“八相剣”、なかなか難しいですね。僕は大学時代に剣道をやっていて、八相の構えも覚えたつもりでしたが、それとは少し違うんですね。

並木> 流派によって八相の構えは異なります。直心影流の八相剣はまず初めに取り組む動きなんです。奥義とも言われますが、なぜかといえば、シンプルだけど最も難しいから。ゆえに、繰り返し練習して、気が付いたら身に付いていたと。そうなるのが理想ですね。

岡本> 型は基本でもありますからね。一理あるなと思いながら教えていただきましたが、非常に新鮮でした。ところで、普段は時代小説を読まないそうですね。その理由というのが、登場する直心影流の使い手が悪役ばかりだからとか(笑)。

並木> 多くないですか、悪役。歴史的に旗本が修めていたこともあって仕方がないのでしょうけど。

岡本> そうかもしれないですね。僕が初めて直心影流に触れたのは、中里介山の『大菩薩峠』でした。島田虎之助が新徴組をバッタバッタと斬り倒すところの描き方がなんとも見事で、今でも心に残っています。

並木> しかしこの小説では、なんといっても主人公ですから。縁あって読み始めたところ、実に爽やかな峡竜蔵という人物にすっかりハマッてしまいました。泰平の世にあって“剣侠の人”としての生き方を選ぶ姿にも魅力を感じます。

岡本> ありがとうございます。剣客ものを書くに当たり、どんな流派の使い手にしようか悩んだのですが、北辰一刀流とか千葉道場は、既に先人が何度も描かれていますので、いろいろ調べてみたら直心影流が面白そうだなと。それで直心影流の剣士にしたわけなんです。まぁ、いい加減なことばかり書いていると思うので、そこはご容赦いただければ。

並木> いや、歴史通りにとか、堅苦しく考える必要はないでしょう。小説の舞台は江戸で剣術が盛んになり、流派もたくさん生まれた頃だと思います。書かれているように、道場によって考え方は違いますから、どれが正しいというのもあまりないんじゃないかと思いますよ。

岡本> そう言っていただけると心強い。竜蔵が自らの道場を持って峡派を作っていくという話もうまくごまかせているでしょうか(笑)。直心影流の面白さというのは、こうしたところにあるのではないかと思うんです。竜蔵は団野源之進と新たな継承者を決めるべく大仕合を行いましたが、本来、直心影流は弟子の中の最も強い者を指名して道統を譲る形をとっていますよね。これが素晴らしいなぁと思うんです。他の流派だと子どもとか、家が受け継いでいくことが多いですよね。

並木> そのほうが残しやすいですからね。親の教えは絶対で応用は認められないものです。しかし直心影流はシステムがしっかりしていたので、道場が変わっても、派が分かれていっても共通の認識の下で続けられたのだと思います。

岡本> システムですか。

並木> 原則と言ったほうがいいかもしれませんね。型を通して身に付くものを大事にしていましたから、多少の振れ幅があっても別モノにはならないのです。男谷精一郎が、最初の構えを上段から正眼にしたときにちょっと揉めたということもあったようですが、それも原則から外れるものではありませんでした。

剣術稽古の心構えと師の想い

岡本> もう一つ伺ってもいいですか。直心影流は防具と竹刀を使った打ち込み稽古を、いち早く取り入れたと言われていますね。防具をつけての打ち合いというのは技を試すという意味ではいいけれど、実際にはどうだったのかなと。当時は日本刀ですからね。僕の剣道の先生は地稽古の時でも“斬る”ということを念頭に置けと言った。つまり真剣を振る気持ちでやれということなのですが。

並木> その意識は必要だったと聞いています。とはいえ、江戸時代末期の剣術界はすでにスポーツ化が始まっていたようで、『剣術修行の旅日記』(朝日新聞出版)という幕末の佐賀藩士の武者修行の様子をまとめた本の中で、真剣を使うことを前提としない、竹刀の軽い打ち合いを非難する内容が書かれているんです。大切なのは、何のために稽古をするのか、そのためにどのような前提で稽古をしているのかをしっかりと認識することだと思います。

岡本> おっしゃるとおりですね。そこに道場主でありながらも、己の剣を極めようとする竜蔵の葛藤も重なっていくように感じます。

並木> ええ。私も道場を経営する立場ですので、「新・剣客太平記」シリーズに入ってからは心当たりのある話が多いなぁと思いながら読んでいました。

岡本> 稽古場を持つ身にはありそうなエピソードも盛り込んでますからね。唄や踊りなどもそうですが、名を馳せるようなことがあれば、どこかから睨まれたり。

並木> だから、本当にリアルで(笑)。物心ついた頃から当たり前に稽古してきたため、いざ自分で人に教えるようになって非常に苦労しました。ですので、小説の“年寄りを労るつもりの稽古”(『師弟 新・剣客太平記〈二〉』より)や“人を見て法を説く”(『不惑 新・剣客太平記〈五〉』より)などの言葉にも本当に共感します。

岡本> 細かなところまで読んでくださっているんですね。有難いです。並木さんは師として目指す理想の姿などおありですか。

並木> 藤川弥司郎右衛門を非常に尊敬しています。剣術には向いていないから他の道を進むようにと三度も言われながら努力を重ね、苦労したがゆえに弟子たちのわからないところを理解し、弟子に合わせた指導をしたという逸話が残っていて、そうありたいものだと。

岡本> その藤川の孫を後見したのが赤石郡司兵衛ですよね。愛弟子の団野源之進以外にも多くの有名な剣士を育てていて、その流れから島田虎之助も出てくるわけで。凄い人だったんだろうなと。直心影流は本当に高名な人物を輩出していますね。そうした中に峡竜蔵という男を加えさせてもらうという、なんとも勝手なことで(笑)。

並木> 実は、峡竜蔵は私の師匠に少し似ているような気がするんです。

岡本> 豪放磊落で、自分の道を行くという方だったんですか。

並木> 師匠の遺言は「俺を目指すな。俺の目指したところを目指せ」というものでした。

岡本> いい遺言ですね。まさに竜蔵を彷彿とさせます。

並木> ですので、教えているというより、私自身が教えを守っていこうと必死で。

岡本> 目指す剣の高みは、まだまだ先にあると。教えていくことと自分が伸びていくことと、その間におられるんですね。けれどもそこに、日本人の精神的なものも凝縮されているように思います。武芸の素晴らしさでもありますね。

並木> はい。先人たちが文字通り命がけで編み出し、時代時代の変化に合わせて培われた武道、武術と呼ばれるものには、今の時代にも稽古し、習得するだけの知恵と価値が詰まっていると思います。

岡本> 武芸は“芸”というだけあって、突き詰められない魅力があります。どこまでいっても完璧なものができない、一〇〇点満点が取れないという面白さですよね。峡竜蔵という男の生き方を通して、その魅力が伝えられていればいいなと思っています。

(『伝説 新・剣客太平記〈十〉』所収)

●新刊紹介

『伝説 新・剣客太平記〈十〉』
公儀武芸修練所の師範を請われるまでになった竜蔵。引き受けるか悩みながら過ごしていたある日、揉めごとに遭遇し渦中の人が昔馴染みだと気づいて声を掛ける。正義漢の血が騒いだ竜蔵は居ても立ってもいられず……。亡き父の放浪癖と暴れ者気質を持ち合わせた竜蔵が、真の剣客として求める生きざまとは―。
本体600円+税
岡本さとる(おかもと・さとる)
1961年生まれ。立命館大学卒業後、松竹入社。その後フリーとなり、『水戸黄門』『必殺仕事人』などのテレビ時代劇の脚本を手掛け、現在も数多くの舞台作品にて脚本家・演出家として活躍する。2010年小説家デビュー。主な作品に、「取次屋栄三」「居酒屋お夏」「若鷹武芸帖」「恋道行」の各シリーズ、『戦国絵巻純情派 花のこみち』『戦国、夢のかなた』がある。
並木和也(なみき・かずや)
1968年生まれ。幼少の頃から父、並木靖より直心影流剣術と日置流雪荷派弓術の指導を受ける。84年、親子の情が修行の妨げになると並木靖の弟子、川島規義を師とする。99年、川島規義の遺言により直心影流空雲会を主宰する。

直心影流 空雲会
■稽古情報
場所は主に品川区総合体育館にて、日曜午後。
■見学は随時、稽古予定日をお問い合わせください。
株式会社 角川春樹事務所
〒102-0074 東京都千代田区九段南2-1-30 イタリア文化会館ビル5階
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