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特集:今野敏の世界

特別対談: 今野敏×橘沙羅

警察小説ブームを牽引する今野敏が、日露戦争中の明治の日本を舞台に、連続殺人事件を解決するために尽力する警察官を描いた、異色の警察小説『サーベル警視庁』を上梓した。
本作の発売を記念して、同じく明治時代の横浜を描いて、第八回角川春樹小説賞を受賞し、話題を呼んだ橘沙羅との対談が実現した。

今野氏からの熱烈なラブコールで実現した「明治」対談その理由とは?

今野敏(以下、今野)> 角川春樹小説賞受賞作の中でも橘さんの『横濱つんてんらいら』は非常に印象に残りました。今回は誰か巻き込んで、明治時代をアピールして営業と社長にプレッシャーかけてやろう! と、邪な思いで指名しました(笑)。名付けて「チーム明治」です。

橘沙羅(以下、橘)> 褒められて緊張してきました。ご指名いただいたからには微力ながら頑張ります。

今野> この作品はキャラクターがはっきりしているし、メインの人物が誰一人死なない。

橘> タイトルが「春が来た」という意味なので、景気がいい話にしたくて、主人公の周辺はすべて「めでたしめでたし」がいいなと。

今野> 最近、こういうラストを書くのを予定調和すぎると恐れる人が多いんです。でもエンタテインメントはそれを恐れちゃいけないと思う。読者は予想通りの結末に行き着きたいんだから、上手くそこへ連れて行ってあげることが大切なんですよ。これは上手い。

橘> 獅子文六の「故郷横浜」というエッセイに着想を得たんです。

今野> 俺も、実は谷口ジローさんと関川夏央さんの「『坊っちゃん』の時代」という漫画を読んで「面白いな!」と思ったのがきっかけです。だから夏目漱石も出てきます。

橘> 黒猫先生ですね。

今野> 実在の人物名がさりげなく出てくると「あの人だ!」ってのめり込めるから読者には快感なんですよ。意図的スケベ根性で出しました(笑)。

橘> 今、次回作の構想を始めていて、実在の人物を出そうかと考えていました。実在の人物をフィクションに混ぜる時の良い方法はありますか?

今野> それはねぇ、美味しいよ(笑)。本作の夏目漱石は、話題は出ますが、人物自体は登場しません。「存在を伝聞で語らせる」手法です。その話題も頻繁には出さない。本人には喋らせないっていうのも一つの手です。斎藤一も出てきますが、初めから主要登場人物の一人に加えようと思っていたので、キャラを自分で作り上げました。実在の斎藤一とは全然違うかもしれないけれど、「俺の斎藤一」です。だから「橘さんの誰々」を作ればいいと思います。

明治時代を選ぶことになったきっかけとは

今野> サーベルを書くなら明治だ! と単純に選んだんです。明治時代は琉球を以前書いたので、実は慣れているんですよ。

橘> 私は、江戸時代生まれの人たちが、今までとは全く違う文化をどうやって受容したのかが気になったので、明治前半の時期を選びました。

今野> 俺の場合は明治も後期、三八年なので日露戦争の頃。もう明治維新を知っている人も少ないし、「会社員」という新たな層ができて急速に経済発展していきます。「国家観」がようやく生まれ、その概念が肥大して第二次大戦に結びつく軍国主義化の萌芽がここにあります。舞台は明治時代だけど、現代人が読んで面白くなきゃ意味がないので今我々が暮らす社会ってどうなの? という話でないと、と思ったんです。

橘> 今の不穏な情勢と似たものを感じました。

今野> でもそれを強調しすぎるとつまらなくなる。読者にお説教してもしょうがないからね。楽しく最後まで読んでもらわなきゃならないんです。

橘> 警視庁でも全員が薩摩・長州出身じゃないというのもすごく印象的でした。

今野> 私の生まれは北海道ですが、今野家は東北の宮城県出身なので薩長は大嫌い。だから警察官の中にわざと東北出身者も入れたんですよ。戊辰戦争以後、東北人は薩長に本当にひどい目に遭わされます。日本という国家の成り立ちと近代化、それが成功だったのか失敗だったのか、という思いをね……て、関川夏央さんが書いてたんだけど(笑)。

橘> やっぱり、体制側の人間だけじゃないからこそ違和感を肌で感じられるんですね。

今野> 三八年には電車、自動車、電話があって、建物の明かりは電気です。でも俺が子供の頃も似たような壁掛け電話が残ってたんですよ。戦後まもなくくらいのものかな。

橘> 「となりのトトロ」のサツキちゃんがかけるようなボックス式の?

今野> そうそう。圧倒的に日本が変わったのは所得倍増とか列島改造とか言い始めた昭和三〇?四〇年代です。北海道は洋風のレンガの建物も多くて、それを思い出せばいいんだと思ったら描写がすごく楽になりました。横浜の明治前期は大変だったでしょ?

橘> 一年単位で建物が変わってしまうんです。横浜らしい物をポイントとして出そうにも、一五年当時の関帝廟は何代目なのかまでいちいち当たらなければならず苦労しました。今の山下公園のあたりもありませんし。

今野> それは大変だ!

橘> 明治時代は、現代より捜査の方法が限られると思うんですが難しさはありましたか?

今野> 簡単でした。要するに捕り物帳の延長なら、指紋鑑定もDNA鑑定もできないから推理と蓋然性と自白だけで犯人を決めるしかない。科学的に証明しなくていいからミステリーとしては簡単。探偵がそれらしいことを言えば納得してくれます。

橘> 今回の探偵は捜査に参加はしても警察組織とは離れたところにいますよね。

今野> 警察は上の組織―当時は内務省に縛られていて勝手には動けない。だから権力を持っていて自由に動ける奴が必要でした。身分が生きているのが明治の便利さですよね(笑)。いろいろ利用させてもらいました。現代の警察小説では書かないと捜査にならないと思う箇所も、書かなくて済んだし。いい意味での簡略化ですね(笑)。

橘> 明治が便利っていうのは衝撃的です(笑)。

キャラクター作りとセリフの力

橘> 斎藤一に関して印象に残ったものがたくさんありました。最後の方の「過去の亡霊か」も、とても好きです。

今野> 僕も、『つんてんらいら』にはものすごく感動したセリフがあった。「二人がともに『憎悪』と名付けたものの正体は、実のところ何だったのか」。これは、たまらんのですよ。これは、どんな経験を経たらこの一言を書けるのかと思った。

橘> 悪役で陰の主人公の心情だったので「好きです」なんてストレートな物言いは絶対にやめようと思って、すごく悩みました。

今野> 憎悪ではなく、本当は愛なんだよね。本当にこの一言にはやられました。

橘> ありがとうございます。まず単語を思いついて、文にして、助詞まで悩むので、一言にすごく時間がかかってしまうんです。今野先生はいかがですか?

今野> 勢いで書く方なのでやらない(笑)。でも、書いた後の推敲時には「てにをは」まで一番効果的なものを選ぶようにしますね。

橘> 子爵令嬢の喜子さんの「また何か、大事件が起きたら、いっしょに捜査のお手伝いをしましょうね」っていうセリフも可愛いなと思いました。

今野> いつも女性が少なくて色気がないって言われるんです。意図的ではないのに。

次回作と「チーム明治」の今後

今野> 『横濱つんてんらいら』はシリーズにしないの?

橘> はい、次回作を明治時代にするかどうかもまだ決めてないんです。

今野> じゃあ明治時代で俺と交代で書かない? 次、橘さんが『サーベル警視庁』を書いて、俺が横浜の夏を書くから(笑)。

橘> とんでもない!(笑) この作品もシリーズではないんですか?

今野> 他社も含めてシリーズ作品はすべて単発作品として書いたんですが、いつも勝手にシリーズにされちゃうんです。『サーベル警視庁』も要望があればすぐ書きますよ。

橘> 対談にあたって明治三八年を調べたら、この二ヶ月後、九月に「日比谷焼打ち事件」を見つけて、これは続編だな! と勝手に思っちゃいました(笑)。

今野> 大暴動が起きて大変なことになるんですよ、この後。そこまで書こうかと思ったんですけど、纏まりがつかなくなるので書きませんでした。続編を読みたいと思わせる作品のパワーってすごいよね。俺、また劉に会いたい(笑)。

橘> 私も喜子さんに会いたいです!

今野 敏(こんの・びん)
1955年北海道生まれ。上智大学在学中の78年に『怪物が街にやってくる』で問題小説新人賞を受賞。卒業後、レコード会社勤務を経て執筆に専念。2006年『隠蔽捜査』で吉川英治文学新人賞を、08年『果断 隠蔽捜査2』で山本周五郎賞、日本推理作家協会賞を受賞。著書に「ST」「東京湾臨海署安積班」シリーズなど。
橘 沙羅(たちばな・さら)
1982年神奈川県生まれ。大学卒業後、アルバイトをしながら執筆。2006年ハーレクイン社ショート・ラブストーリーコンテスト大賞受賞。09年『駒、玉のちりとなり』、10年『天駆ける皇子』(ともに藤ノ木陵名義、講談社)刊行。16年『横濱つんてんらいら』で第八回角川春樹小説賞を受賞。
解説=若林踏

変化を迎えた時代の歪みを活写する著者初の時代警察小説!

『サーベル警視庁』は明治時代の警視庁警察官たちを主人公にした時代警察小説である。ジャンルを横断し、数多くの著作を持つ著者のなかでも、時代ものと警察ものを合わせた小説は初だろう。

明治を舞台にしたミステリ、と聞いて山田風太郎の名を思い浮かべた読者は多いはずだ。山田風太郎は『警視庁草紙』『明治断頭台』といった“明治もの”と呼ばれる作品群において、価値観が大きく変わる世の中での歪みを、ミステリとしての大胆な仕掛けを施しながら小説として表現した。

『サーベル警視庁』が描くのは明治三十八年、明治維新も人々の間では遠い記憶になりつつある時代である。しかしそんな世でも、パラダイムシフトを迎えた国の歪みが思わぬ形で姿を現すことに主人公たちは気付くのだ。

物語は上野不忍池で男の死体が発見されることから始まる。男は帝大文科大学(のちの東京大学文学部)でドイツ文学の講師をつとめる高島という人物で、高島は鋭利な刃物で一突きにされて殺されていた。警視庁第一部第一課の巡査である岡崎は、同僚の荒木巡査から第一発見者である薬売りの男が怪しい、という意見を聞く。荒木の意見に岡崎は釈然としないが、薬売りの男は事件後すぐに放免となっていた。

本書は著者にとっては珍しい時代ミステリだが、中身はこれまで今野が幾度となく描いてきた、正統的な警察捜査小説のツボを余すところなく押さえている。

第一に、それぞれ個性の異なる複数の警官を配した群像劇であること。岡崎巡査を中心に、飄々とした性格で第一部を束ねる鳥居部長、実直な葦名警部に、その配下につく武術に長けた巡査たちと、様々な性格のキャラクターを巧みに書き分けながら明治時代の警察チームを描いている。特に読者の人気を集めそうなのは、警視庁第一部のリーダーである鳥居部長だろう。江戸時代に“妖怪”と呼ばれた旗本、鳥居耀蔵の縁者とも噂され、六方詞を使いながら部下をエネルギッシュに率いていく。規律と調和を重んずる組織で重要なポストに就きながら、組織の抱える矛盾には遠慮なく異を唱える。軽妙でとらえどころがないようでいて、実は強い芯を持った、頼れる上司なのだ。〈安積班〉シリーズをはじめ、魅力的な中間管理職を書かせたら右に出るものはいない著者だが、小説の舞台を明治に移してもその手腕は遺憾なく発揮されている。

第二に捜査小説としての強固なプロットが存在すること。不忍池の死体に始まる岡崎たちの捜査は、証言の検討と尋問の地道な積み重ねによって進んでいく。捜査が進むにつれ登場人物が増え、事件は当初のものとは全く異なる姿を見せるようになるのだ。こうした薄皮を一枚ずつ?がして真実に到達していく感覚は、警察捜査小説を読む醍醐味といってよいだろう。また、捜査の過程で挿入される明治後期の風景も読みどころの一つだ。作中の明治三十八年は日露戦争の最中であり、国民が欧米列強との関係に関心を寄せるようになった時代でもある。そうした国家意識の芽生えや西洋化への希求といった時代の空気が、岡崎たちの目を通して語られていくのだ。

しかし、そうした警察捜査小説のツボ以上に大事な要素が、実はこの小説にある。それはある歴史上の実在人物の登場だ。誰が、どのような形で物語に登場してくるのかは、ここでは明かさないでおく。その人物が岡崎たちの捜査に絡むことによって、物語は活劇の色合いを強めるばかりか、先ほども触れた「変化を迎えた時代の歪み」がはっきりとした輪郭で照らし出されることにもなる。この人物の存在によって、本書はより娯楽性を増し、かつ時代小説としての厚みも増したのだ。

この他にも『サーベル警視庁』には注目すべきキャラクターが登場する。例えば自称・私立探偵の西小路。貴族の身分に属する彼は、岡崎たちの捜査に口を挟み、幅広い知識と人脈を披露するという、古典探偵小説に登場するディレッタントを彷彿とさせる人物で、地に足のついた登場人物が多い本書の中で異彩を放っている。こうした一作だけで終わらせるには勿体ないキャラクターが多く出てくるので、ぜひとも著者の新たなシリーズとして『サーベル警視庁』の続編を希望する次第だ。

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