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特集:上田秀人の世界

大人気時代小説作家・上田秀人。
「この文庫書き下ろし時代小説がすごい!」堂々の第一位に輝いた「奥右筆秘帳」の奥右筆をはじめ、御広敷用人、留守居役、表御番医師、内与力、禁裏付など、主人公の役職を生かし、組織と個人との相克を描くシリーズを中心に、読む者を夢中にさせる作品を、次々と世に送り出している。
今年3月には著作が100冊を突破。さらなる高みを目指す著者が初めて、その日暮らしの浪人を主人公とした新シリーズ「日雇い浪人生活録」が、いよいよスタートした。
テーマは江戸の「金」。
著者特別寄稿のエッセイと、文芸評論家・細谷正充氏による解説で、新シリーズの魅力をご紹介する。

著者エッセイ

上田秀人

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新しい物語を始めた。今度の主人公は浪人である。浪人とは主君のいない武士のことを指す。もっとも正確には牢人と書かねばならない。これが主君を求めて全国を放浪する者という意味を持ち、浪人と呼ばれるようになったらしい。

浪人は町奉行の管轄を受ける庶民になるが、両刀を許され、武士としての扱いを受けられた。じつに不思議なことである。

昨今、色々な研究の結果、江戸時代の身分制度とされている士農工商はなかったと言われつつある。もっとも士がすべての上に立ち、農工商の間の順位がなくなったとのことらしいが、このなかに浪人という身分はない。士ではないが、農工商でもない。ここにも矛盾がある。浪人は士に準ずる。とはいえ、武士と違い籍はどこにもない。そう、浪人には誰でもなれたのだ。その証拠が新撰組である。近藤勇はまだ養父が道場主であったので許せるが、他の土方歳三、山崎烝などは商家の出である。その庶民が、両刀を差すだけで浪人になった。

武士と庶民という身分差を崩す存在が浪人であった。仕官の夢などとうに消えた浪人たちが、日雇い仕事に明け暮れながらもあり続けられた矛盾が、維新の原動力になった。

しかし、これも武士がいた江戸時代までで、明治になると浪人という身分はなくなった。

明治新政府は浪人の恐ろしさを知っていたからだ。明日の保障がない、将来に夢を持てない。浪人は不満を持つ者である。境遇への怒りは、施政者に向かう。自分への不満を利用した明治新政府はすべての民を平等とすることで、浪人をなくした。

江戸とともに消え去るはずだった浪人という言葉は、なぜか今も生き続けている。いつから大学受験に失敗し、次に臨む者を浪人と呼ぶようになったかは浅学にして知らないが、当たり前のように使っている。昨今は、就職浪人などとも言うようになった。他にも保育園浪人、介護施設浪人というのも出現してきている。現代の浪人は、江戸時代の浪人とはかなり違ってはいるが、根本にあるものは不満である。今までこれらの不満が政権を揺るがすことはなかった。しかし、いつまでも浪人が、おとなしいとはかぎらない。

政に携わるお方たち、油断禁物である。

解説

細谷正充

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年の四月二十二日、目白の椿山荘で、上田秀人の著作一〇〇冊突破記念パーティーが開かれた。幸運なことに私も参加して、みんなと一緒に作者の偉業を祝うことができた。そのパーティーの席で、何人かの人が挨拶をしたが、特に印象に残ったのが、角川春樹事務所の代表取締役・角川春樹氏の言葉だった。記憶頼りなので大意になるが、「初めての作家に仕事を依頼するときは、その前に著作を全部読み、まだ書かれていないものは何かと考える」といっていたのだ。それを聞いて、本書『日雇い浪人生活録一 金の価値』の主人公の設定が腑に落ちた。作者は、この新シリーズ第一弾で、初めて生粋の浪人を主役としたのである。まさにまだ書かれていないもの≠ナあったのだ。

九代将軍徳川家重の治世。親の代からの浪人者の諫山左馬介は、顔馴染みの棟梁の紹介で、割のいい仕事にありついた。雇い主は、浅草にある両替屋の主人・分銅屋仁左衛門。彼の依頼は、買い取った隣家の片付けであった。その隣家は駿河屋といい、旗本相手の貸し方をしていたが、商売がうまくいかず、一家揃って夜逃げしたそうだ。日雇いの肉体労働に比べれば楽な内容に、ホクホクとしながらも、真面目に片付け仕事をする左馬介。ちょっと不審な帳面を見つけるが、迷うことなく仁左衛門に差しだした。そんな左馬介の仕事ぶりに対する、仁左衛門の評価は高い。

しかし帰宅時に、何者かにつけられるなど、この仕事を始めてから、左馬介の周囲は騒がしくなる。原因は、左馬介が見つけた帳面らしい。どこか底の知れない仁左衛門に見込まれ、金のために片付けを続ける左馬介だが、駿河屋に火を付けられたあげく、命まで狙われた。いったい帳面には、いかなる秘密が隠されているのだろうか。

一方、命旦夕に迫る大御所の徳川吉宗は、己の治世の拙速を嘆いていた。財政再建を焦って実行した政策により、幕府に金の無いことが天下に明らかになってしまったのだ。九代将軍である嫡男の家重のことを心配する吉宗は、側用人の大岡出雲守忠光を通じて、小姓番頭の田沼主殿頭意次に、幕府財政の再建を命じる。そのため意次は、お側御用取次に引き立てられた。吉宗の考える再建方法は、経済の中心を米から金にすることらしい。だが、意次には、その方法が分からない。お庭番を配下に得た意次は、ささいな繋がりから知った仁左衛門を訪ね、協力を求める。これにより仁左衛門に雇われている左馬介も浪人の身でありながら、巨大な政争と権謀の渦に巻き込まれていくのだった。

上田作品の特色は、権力に翻弄されながらも己の道を切り開くヒーローの活躍を、波乱に富んだストーリーを通じて表現するところにある。そのため、幕府の役人を主役にしたシリーズが多かった。また、役人でなくても、きちんと仕事を持っている人物が、常に主役に据えられている。ところが本書の諫山左馬介は浪人だ。武士として扱われるが、実際は庶民同様の扱い。寺子屋の師匠や道場の師範代など、決まった職があるのは恵まれた方。多くの浪人は、日雇い労働などで糊口を凌ぎ、その日暮らしをしていたのだ。本書の「あとがき」で作者が、

「普段の私の作品とはできるだけ雰囲気を変えたつもりです。主人公は情けないその日暮らしの浪人です。一日働けば、翌日生きていける。必死でなければやっていけない庶民の代表です」

と記すように、江戸のフリーターだったのである。作者は、そんな浪人のひとりである左馬介の日常と心情に分け入り、浪人生活の実態を浮き彫りにしていく。給金や物の値段など、具体的な数字を随所に出すことで伝わってくる、左馬介の描き方が優れていた。

こうした浪人を通じての庶民的な金の話がある一方、スケールの大きな経済政策も取り上げられている。徳川幕府と嫡男の家重のために、経済基盤を米から貨幣へと代えようとしながら、田沼意次に託さざるを得なかった大御所の吉宗。その命を受けながらも、無理解な武家社会の中で有為の策を見つけられず、ようやく分銅屋仁左衛門という協力者を発見した意次。という一連の流れから、享保の改革から田沼時代の改革に至る、国家の経済政策を書き尽そうとしているのだ。左馬介がミクロなら、こちらはマクロ。両極端な金の話を混ぜ合わせることにより、人間の生活の基盤をなす金の価値とは何かを、俯瞰的に捉えているのだ。

しかも、混ぜ合わせるためのストーリーが、面白すぎる。ささいな仕事から、政争に巻き込まれていく左馬介。どこか得体の知れない仁左衛門。蠢動する敵対勢力。まだ物語がどこに向かうのか、分からない部分も多いが、それだけに読み出したら、ページを繰る手が止まらない。抜群のリーダビリティに満足し、シリーズの今後を期待することになるのである。

さらに上田作品ならではの、工夫を凝らしたチャンバラ・シーンも見逃せない。剣の腕は人並みだという左馬介。だが彼は、甲州流軍扇術と呼ばれる鉄扇術≠フ使い手であった。ちなみに鉄扇とは、扇の形をした打撃武器のこと。テレビ時代劇『素浪人花山大吉』で、主役の花山大吉を演じた近衛十四郎がよく使っていたといえば、思い出す人もいることだろう。また現在では、ネットで検索すれば鉄扇や鉄扇術を簡単に見ることができる。そうした映像を確認すれば、左馬介の鉄扇チャンバラが、荒唐無稽でないことが分かるはずだ。主人公の設定やストーリーだけではなく、チャンバラひとつ取っても、新しいことにチャレンジせずにはいられない。その姿勢を保っているから、作者は熱狂的なファンを獲得し、膨大な作品群が愛され続けるのである。

ところで本書は、上田秀人の一〇四冊目の著作となる。一〇〇冊を目標としてきた作者だが、それが達成されるや、次の二〇〇冊に向かって、赫々たる意欲を燃やしているのだ。その過程において、初めて浪人を主人公にした本シリーズが、重要な位置を占めることは間違いない。だから断言しよう。金を出して買う価値のある作品が、ここにあるのだ。

上田秀人(うえだ・ひでと)
1959年、大阪府生まれ。大阪歯科大学卒業、歯科医師。97年に「身代わり吉右衛門」で桃園書房主催第20回小説クラブ新人賞佳作、2010年に単行本『孤闘 立花宗茂』(中央公論新社)で第16回中山義秀文学賞を受賞。主なシリーズに、「奥右筆秘帳」「百万石の留守居役」(講談社文庫)、「勘定吟味役異聞」「御広敷用人 大奥記録」(光文社文庫)、「お髷番承り候」「禁裏付雅帳」(徳間文庫)、「闕所物奉行 裏帳合」(中公文庫)、「妾屋昼兵衛女帳面」「町奉行内与力奮闘記」(幻冬舎時代小説文庫)、「表御番医師診療禄」(角川文庫)など多数。単行本の近著に、著作100冊目に当たる『傀儡に非ず』(徳間書店)などがある。

特集:風野真知雄の世界

「大名やくざ」「耳袋秘帖」などの人気シリーズを抱え、多くの読者を魅了している風野真知雄。
待望の新シリーズが始まった。『閻魔裁き(一) 寺社奉行 脇坂閻魔見参!』だ。
時代小説ではあまり取り上げられることのなかった「寺社奉行」にスポットを当て、若くしてその任に就いた主人公・脇坂安董が海千山千の坊主や神職相手に奮闘する痛快シリーズ。
チャレンジ精神に溢れた作品の舞台裏を知るべくインタビューを行った。

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『閻魔裁き(一)寺社奉行脇坂閻魔見参!』はタイトルにあるように寺社奉行を主人公としています。時代小説で寺社奉行をメインに据えるのは非常に珍しいのではないですか。

風野真知雄(以下、風野)> 今は書き下ろしの時代小説がたくさんありますよね。僕もいろいろ書かせてもらっていますから、常々題材は探しています。そんななかで、寺社方を主役にした作品はほとんどないなと思っていました。今回新しくシリーズを手掛けるにあたり、どうせ始めるなら新しい題材で行きたい、他の作家の方がやっていないことをやりたいと。それで寺社奉行でいこうと決めたところからスタートしたのが今回の作品です。

冒頭には寺社奉行の仕事や権限などがわかりやすく書かれていて、この先立ち向かうことになる事件への興味に加え、どんな裁きをしていくのかと期待感も募ります。新しい題材だけに下調べなどは入念にされたのですか。

風野> 困ったことに資料がぜんぜんないんです。国会図書館に行ったり、いろいろ調べてはみたのですが、参考になりそうなものがあまりなくて。これまで書かれてこなかったのも、このあたりが理由かもしれないですね。ただ主人公の脇坂安董に関しては、大奥を震撼させた谷中・延命院事件を裁いたという有名な史実がありますから、作品はそれを縦糸にしていこうと考えています。あとは創作ですかね、各話のエピソードになるようなネタならたくさんあるんですよ。だって寺社なんてお化けの話の宝庫だし(笑)。『耳袋秘帖』シリーズでは使えない怪談話もたくさんありますから、それは取り込んでいきたいですね。また寺社奉行は将棋も碁も山伏も見ていたうえ、管轄は全国に及んでいる。話は広げられるなと思っています。

脇坂安董は実在の人物です。二十四歳の若さで外様大名ながら奉行トップの寺社奉行になり、最後は老中にまで上り詰めるという異例の出世も果たしています。

風野> 今で言えば、大学を卒業してすぐ官僚になったようなもの。あの松平定信が選んだくらいですから、相当なキレ者だったはずです。でも、それをそのまま作品に投影しても面白くないでしょう? これ言っていいのかな、僕ね、脇坂には角川春樹さんの若い頃のイメージを重ねているんです。ちょっとヤンチャで突飛なことをやったでしょ、春樹さんは。思い切ったことをやりながら、でも一人になったときは不安に思うこともあったのかなぁとかね、いろいろ妄想してますよ(笑)。

「神も仏もおれが裁く!」と啖呵を切るシーンは痛快で、脇坂が大鉈を振るう姿は見せ所になりますね。そんな脇坂が妻・ゑい姫といるときは、まったく別の顔を見せます。ユニークな夫婦像に感じました。

風野> この二人はね、ヤンキーのカップルがイメージですね(笑)。脇坂が数えで二十四歳、ゑい姫は十七歳と非常に若いわけで。まぁ、かわいいカップルにしていけたらなと思っています。僕の作品は現代ものに近づけすぎるとよく言われるんだけど、読む人は現代の人だし、ホントに時代に則って進めたら枷だらけで何もできなくなってしまう。とはいえ、匙加減が難しいところではありますけどね。

いずれも魅力的で、生き生きとした表情まで伝わってくるようです。キャラクター造形でのこだわりなどあるのでしょうか。

風野> 自分の中に棲んでいないキャラクターは書けないと思っています。だから、作品の登場人物にはどこかしら知り合いをだぶらせていますね。メインとなる人物は特にそうで、史実を使っていても半分くらいは自分の中にあるものです。実際に出会った人、生きている人じゃないと肉付けもうまくいかない。

脇坂安董以外にも有馬虎之助(『大名やくざ』)や根岸肥前守(『耳袋秘帖』)など、それまであまり注目されることのなかった実在の人物を取り上げ作品にされています。風野さんに書きたいと思わせるのはどんな人物なんでしょう?

風野> 今回でいえば、脇坂が実際はどうだったというより、面白い人間になるかどうか。それを大事にしています。自分の中で人物像のイメージをしっかり作り上げて、むしろ、そこに本物をねじ込んでいく感じ。実在の人物にこだわっているわけではないですね。

型破りな脇坂を助けるのが、「寺社方の風神雷神」こと鶴田風二郎と亀山雷蔵の二人。イケメンとベテランのコンビですが、ネーミングからもその活躍が目に浮かんできそうです。

風野> 斬新なものをやるときはパターンも必要なのかなと思うんです。おそらく突飛過ぎてもだめなんでしょう。ですから鶴田と亀山は、水戸黄門の助さん格さんみたいな役回りで考えていて、脇坂の手足となって現場で動いていくことになると思います。

シリーズ一作目ということで今後につながる仕掛けもたくさん見受けられました。次巻が待ち遠しくなっているのですが、これからの展開など教えていただけるでしょうか。

風野> 自分でもどうなるのかわからないんですよね。でも、脇坂って女でしくじるみたいなんです、興味ありますねぇ(笑)。それまでは比較的順風満帆だし、定信が失脚した後も寺社奉行をやっていますから、口も達者で計らい事もそれなりにできる人物だったんでしょうね。でもそれは脇坂自身が成長していったからだと思う。だから作品の中でもしっかり成長させていきたいですね。そして僕も一緒に成長できれば……、なーんてね(笑)。

今回寺社奉行を取り上げたように、作品を発表するたびに新鮮な驚きを与えてくれる風野さんですが、発想の源はどこにあり、またアイデアなどはどうやって見つけているのでしょう?

風野> 歩きながらだったり、ふらっと立ち寄った本屋だったり。そこで突然浮かぶんですよ。どんどん浮かんで、もう無限増殖! 書きたいことが山ほどあって、ネタを売りたいくらいです(笑)。ほかの作品からアイデアをいただくということもあるんでしょうけど、それ時間の無駄でしょうと。みんな勉強しすぎなんですよ。自分で書いたほうが面白いんです、好きなように書けるんですから!

では、時代小説などはあまり読まない?

風野> 時代物は読まないですね。刺激になるのは海外の先端もの。僕は筋トレをしているんですけど、筋肉をつけたければ負荷を加えて無理やりやらないとだめなんです。文章とか発想に筋肉をつけようと思えば、日本の作品ではなく、海外の先端ものを読まないとだめだなと思っています。

ちなみに、最近刺激を受けたのは?

風野> 宇宙物理学の量子力学に関する本を立て続けに読んだんですね。すごく難しくて、理解したと思ってもすぐわからなくなるし、だからきっと、ちゃんとは理解できていないでしょう。でも衝撃ですよ、あの世界を知ってしまうともう元には戻れない。世界観が変わってしまう。それを小説にいかすなら? そうですね、視点が変わってくるでしょうね。三人称で書くなら、もっと遠ざかるだろうし……。でもそれを時代物でやったらものすごくへんなことになっちゃうね、きっと(笑)。

複数の作品を抱え、その忙しさは容易に想像できますが、執筆のスケジュールや体調管理などはどうされているのですか。

風野> 朝起きてから眠くなるまで書き続ける毎日ですね。六時頃に起きて、まず走る。距離は三・五キロくらい。それから体操して筋トレして。で、そこまででだいたい一時間。それから執筆なんですが、飯を食いながらです。三食ほとんどそうですね。でも野菜はちゃんと摂ろうとか考えてますよ。フリーのライターを長いことやってましたから、健康本も山ほど書いていて知識はたくさんあるんです。酒も飲まないしたばこも吸わない。けっこう健康的だと思いますよ(笑)。

作家風野真知雄として、今後の抱負などをお聞かせください。

風野> 原型の面白いものを書きたいですね。ドラマになったり、映画になったり、翻訳されたりと、どういう形になっても面白いという、その最初の形を作りたい。僕は完全主義者ではないんです。不完全主義者。七割ぐらいのところで固めて、あとは読者に委ねます。だってそうでしょ、捉え方は人それぞれなんだから。このシリーズも読んでくれた一人ひとりが思いを膨らませながら楽しんでくれたら嬉しいですね。

風野真知雄(かぜの・まちお)
1951年福島県生まれ。立教大学法学部卒。93年『黒牛と妖怪』で第17回歴史文学賞を受賞しデビュー。2015年「耳袋秘帖」シリーズで第4回歴史時代作家クラブ賞シリーズ賞、『沙羅沙羅越え』で第21回中山義秀文学賞を受賞。著書に「妻は、くノ一」「大名やくざ」「わるじい秘剣帖」「隠密 味見方同心」などの人気シリーズや、『歌川国芳猫づくし』『卜伝飄々』など多数。
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