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今月の特集

今村翔吾の世界

第10回角川春樹小説賞を受賞した、今村翔吾さんの『童の神』が、第160回直木賞の候補に選ばれました。
去る1月16日に選考会があり、今回は惜しくも受賞を逃しましたが、読者や書店員のみなさまはじめ、多くの方々から応援をいただきました。

野球少年が大リーグにあこがれるように、歴史小説好きの少年やった私は、その頃から直木賞にあこがれてました。
30歳で執筆生活に入るときに、自分を追い込むために、5年以内に直木賞の候補にあげていただくという目標をたてました。
何度でも挑戦します。ただ執筆するときは、作品のみに没頭します。
これからも文庫の書き下ろしシリーズと歴史小説の二刀流をやっていきたいと思てます。
今後ともどうぞよろしくお願いします。
今村翔吾談

「反逆」と「希望」の物語

― 『童の神』が描く自由の意味

文芸評論家 三田主水

この数年、歴史時代小説界では個性的で魅力的な作品とともに才能豊かな新人が数多く登場してきた。その中で一頭地を抜いた感があるのが、二〇一七年三月のデビュー以来、快進撃を続けてきた今村翔吾であることに異論はないだろう。そしてその作者にとって、この先長く代表作と呼ばれるべき作品が本作―平安時代を彩った様々な伝説や人物・事件を題材とした一大伝奇小説である。

鬼、土蜘蛛、滝夜叉―かつては平和な暮らしを送りながらも、まつろわぬ民として朝廷によって平定されたうえ、「童」と呼ばれて京人から蔑まれる先住民たち。その一つ、盗賊団・滝夜叉の頭領・皐月と出会い、密かに愛し合うようになった安倍晴明は、「童」との共存を図ろうとする源高明の蜂起の企てに加わる。しかし計画は協力者であったはずの源満仲の裏切りにより瓦解。鬼や土蜘蛛の頭領たちをはじめとして童たちは多大な犠牲を払い、散り散りとなるのだった。追及の手を逃れた晴明は、折しも発生した日食を空前絶後の凶事と断じることで、辛うじて捕らえられた者たちの恩赦を勝ち取るのだった。
その日食の最中に生を享けたのが、本作の主人公である桜暁丸だ。越後の郡司の息子として生まれた桜暁丸は、「凶事」の最中に生まれたこと、異国人の母から受け継いだ異貌によって周囲からは疎まれつつも、父と師に支えられて逞しく成長していく。しかし日食から十数年後、凶作から民を救うために力を尽くしていた父が謀反人の汚名を着せられたことにより、彼の運命は一変する。父や故郷の人々を滅ぼされた末、かつての「童」たちの蜂起に参加していた師に助けられて一人生き延びた桜暁丸。激しい復讐の念を抱いて京に出た彼は、やがて役人ばかりを狙う強盗として怖れられるようになるのだった。
そんなある晩、満仲の子・頼光に仕える渡辺綱と坂田金時と対峙し、追い詰められた彼は、人間離れした身軽さを持つ一人の男に助けられる。その男こそは庶民を救うために貴族から奪っては施しを行う義賊・袴垂―歴とした藤原氏出身の貴族ながら、「童」の一つである夜雀の体術を身につけた変わり者である。そんな袴垂と行動を共にするうちに、彼を兄とも慕い、同じ夢を追うようになっていく桜暁丸。しかし思わぬことから正体が露見し、追い詰められた二人は……。
と、ここまでの物語が全体の半分弱といえば、本作がどれだけ波瀾万丈な物語であるかが想像できるだろう。この先も桜暁丸を待つのは波瀾万丈の道のり─奇しき因縁に結ばれた童の仲間たちや愛する人との出会い、宿敵である頼光四天王との死闘、そして自由を求めて繰り広げる果てしない戦いなのである。

さて、世の権力者たちに追われた者たちが、自由の新天地を求める「反逆」の物語は、『水滸伝』をはじめ決して少なくない。例えば江戸時代の建部綾足の読本『本朝水滸伝』は、奈良時代を舞台に、中央を追われた亡命者たちが各地のまつろわぬ者たちと結んで蜂起を目指す物語であり、本作もこうした物語の系譜にあることは間違いないだろう。
しかし本作は、これらと重なるものを持ちつつも、同時により切実なものを内包している。それは桜暁丸たちの戦いの目的―彼らの求める自由の意味は、単に支配されないことではなく、自分たち「童」もまた人であると認めさせることにこそあるのである。
鬼や土蜘蛛といった魔物たちが、被征服民や異民族の喩えであるとは、しばしば語られることであり、本作の「童」たちの存在がそれを踏まえていることは間違いないだろう。しかし本作はほぼ一貫して彼ら「童」からの視点で描くことによって、彼らの置かれた状況や抱く想い、そして彼らをそのような立場に置いた者たちの傲慢と社会の無情を、これまでにないほど力強く浮き彫りにする。
そこにあるのは、人が人を差別することへの怒りであり、人が人として生きることへの切なる願いであり―その点において、本作は「反逆」を描いた物語の中でも、極めて根源的なものを描いていると言えるだろう。

そして本作にさらなる厚みを与えるのは、決して「童」=被害者、京人=加害者という図式を固定化して描かない点である。「童」を差別してきた京人たち―その中にも、「持てる者」たちに差別される「持たざる者」たちが存在する。そして「童」の中にも、生きるために、京人に膝を屈する道を選ぶ者も存在するのだ。
そんな構造を持つ本作は、どちらが善でどちらが悪などと割り切れる物語ではない。悪を倒してめでたしめでたしという物語でもない。それゆえ、本作は多くの場面で我々読者にひどく苦い味わいをもたらす。しかしそれでもなお本作が我々の目を最後まで惹きつけ、爽やかな読後感すら与えてくれるのは、本作が描こうとするものが、一つの希望であるからにほかならない。
終盤で桜暁丸が仲間たちに語る「人を諦めない」という言葉―その根底にあるのは、京人との戦いに勝利することを望む心ではない。どれだけ追い詰められ、裏切られてもなお、人と人とが手を携えることが可能であると信じ切る想いなのである。それは現実にはあり得ない夢にすぎないのかもしれない。単なる理想論にすぎないのかもしれない。それでも―そんな希望の存在を、桜暁丸と仲間たちの姿は一瞬でも信じさせてくれる。そして今の我々は、その希望の先に存在するのだとも。

英雄豪傑たちが繰り広げる波瀾万丈の「反逆」の物語であると同時に、人が人であるために抱く「希望」を描く物語―『童の神』は、これからも多くの人々を惹きつけ、その心を熱くしてくれることだろう。

小特集: 山口恵以子『真夏の焼きそば 食堂のおばちゃん5』刊行記念

真夏の焼きそば

山口恵以子

早いものでこの「食堂のおばちゃん」シリーズも五作目となった。角川春樹社長の「食堂小説を書きませんか?」というお誘いで生まれた作品が、今や私を代表する「食堂小説」群に成長した。

昨年「王様のブランチ」でも紹介された『婚活食堂』(PHP研究所)に至っては、執筆依頼の際に編集者が「正直、『食堂のおばちゃん』の、柳の下の二匹目のドジョウを狙ってます!」と仰ったくらい、もう「山口恵以子と言えば食堂小説」と、広く世間に浸透したらしい。

そして私自身がすっかり「食堂のおばちゃん」の世界に馴染んでしまった。登場人物は親戚以上の近しさだ。

だからフーテンの寅さんの「男はつらいよ」シリーズが「マドンナに恋してフラれる」というそれだけの筋立てで四十八作も続いたように、こちらも「はじめ食堂に指名手配犯らしき人物が現れたら?」「外国人がお客で来たら?」「子供が一人で来たら?」と、一つの石を放り込んでやると、きれいに波紋が拡がって物語を紡いでくれる。

私が書くのではない。二三や一子や万里が勝手に芝居をして、ドラマを生んでくれる。だからまるで想定していなかった桃田はなのような少女が、不意に登場したりする。

そう、はなちゃんは「忘れ物を届けてくれた人」を描写するうちに、勝手に手が動いて「ピンク色の髪のパンク少女」になってしまった。そして書きながら「あ、この子、新しいレギュラーにしよう!」と思い付いた。威勢が良くて気の強いはなと、優柔不断で人の好い万里がどう成長して行くか、これからが楽しみだ。

実は『真夏の焼きそば』を連載していた五ヶ月間、我家には激震が走っていた。冬の体調不良からやっと回復した母が、捻挫してベッド生活になり、九月には直腸潰瘍からの大出血で救急搬送され、当初は一週間で退院できる見込みだったのが急転直下、「回復の見込みはありません」と宣告されてしまったのだ。おまけに兄が三度目の脳梗塞を発症し、入院することに……。

山中鹿之助じゃあるまいし、 次々艱難辛苦に襲われて、私、参りましたよ。この間の事情は『おばちゃん介護道』(大和出版)を読んで下さい。もっとも、それは序章に過ぎなかったのですが。

それでも何とか乗り越えられたのは、この作品のお陰だと思う。書き始めれば「はじめ食堂」に集う人たちが、私を慰め、力づけてくれた。書くことで私自身も救われたのだ。

皆さん、『真夏の焼きそば』を楽しんで下さい。

●新刊紹介

『真夏の焼きそば 食堂のおばちゃん5』
姑の一子と嫁の二三に、今や大きな戦力となった万里の三人で営む「はじめ食堂」は、今日も常連客の笑顔でいっぱい。そんなある日、二三の娘・要が、最近毎日のようにランチに現れる男性を見て「四和ビル爆破事件の逃亡犯に、そっくり」だと言い出して……。心も身体も幸せになる、続々重版の大人気人情食堂シリーズ。
本体600円+税
山口恵以子 (やまぐち・えいこ)
1958年東京都生まれ。早稲田大学文学部卒。会社勤めをしながら松竹シナリオ研究所でドラマ脚本のプロット作成を手掛ける。2007年『邪剣始末』でデビュー。13年、丸の内新聞事業協同組合の社員食堂に勤務するかたわら執筆した『月下上海』で第20回松本清張賞を受賞。著書に「食堂のおばちゃん」シリーズ、『熱血人情高利貸 イングリ』『食堂メッシタ』『婚活食堂』『おばちゃん介護道』などがある。

小特集: 柊サナカ『機械式時計王子の休日 千駄木お忍びライフ』刊行記念

機械式時計王子の休日 千駄木お忍びライフ』ができるまで

柊サナカ

作中、「時間って、何ですか」と、職場訪問の小学生にまっすぐに問われて、(え。……時間は時間でしょうに……)と主人公がうろたえる場面があります。でも本当に、時間って、何。世界中どこでも、南極でも足立区でも、今、同じ一秒を使っているわけですが、そもそも目に見えないものを、誰がどうやって決めたのか。

おぎゃあと生まれてからいつだってそばにあったのに、まったく意識していなかった、「時」というもの。その「時」を意識するところから、このお話が生まれました。

最初は地面に棒を立てただけの日時計だったり、水時計、砂時計だったりするわけですが、振り子の法則が発見され、ゼンマイも歯車も脱進機も生まれ、さまざまな時計師による、人類の時をめぐる闘いが始まったのです。

目に見えない時というものを計るために。もっと正確に。もっと美しく―

主人公は、時計にまったく興味もないのに、トトキ時計店で店番をすることになってしまった女の子なのですが、そこのトトキビルヂングに、スイスからとんでもない兄弟が引っ越してくることから物語が始まります。主人公は、数々の時計の名作に触れる度に、その仕組みや機構に新鮮な感動を覚え、素晴らしさを目の当たりにすることになります。

ちなみに著者愛用の時計は、毛糸編みパンダちゃんデジタル時計(上野動物園モデル)なのですが、『機械式時計王子の休日』で、時計大嫌いの主人公が次第に時計の世界にはまっていく過程は、著者自身のリアルな感情です。「腕時計? スマホあるし、いらないいらない」と思う方にこそ読んでいただきたいですね。書いた私と同じように、(機械式時計買ってみようかな……)と思ってくだされば、これ以上の喜びはありません。

ちなみに、砂時計からトゥールビヨン、ミニットリピーターに永久カレンダー、独立時計師の作品まで時計いろいろを取り揃えた、時計尽くしの七章となりました。作中の時計だけで三億円を超え、ゴージャスかつ下町感あふれる一冊となりましたが、『機械式時計王子の休日』は、お値段税込み六百九十一円で好評発売中です!

●新刊紹介

『機械式時計王子の休日 千駄木お忍びライフ』
千駄木すずらん通りの一番端にある、四代続くトトキ時計店。十刻藤子は、妹・桜子の三つ子の出産で手が離せなくなった母親に代わり店番をすることに――。時計に全く無関心で知識もない藤子の前に、スイスから来たという不思議な兄弟が現れた。町のシンボルであった時計塔を二十年ぶりに動かすというが……(「塔の上の大時計」より)。日常のさまざまな謎を、ラグジュアリーな時計とともに解決していく、書き下ろし下町ミステリー。
本体640円+税
柊サナカ (ひいらぎ・さなか)
1974年、香川県生まれ、兵庫県育ち、東京都在住。日本語教師として7年間の海外勤務を経て、第11回『このミステリーがすごい!』大賞隠し玉として、2013年『婚活島戦記』でデビュー。他に『レディ・ガーディアン 予告誘拐の罠』『谷中レトロカメラ店の謎日和』『谷中レトロカメラ店の謎日和 フィルム、時を止める魔法』(すべて宝島社文庫)がある。
株式会社 角川春樹事務所
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