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特集:群ようこの世界

『ネコと昼寝れんげ荘物語』刊行記念

著者エッセイ&既刊紹介

『ネコと昼寝』刊行に寄せて 群ようこ

れんげ荘シリーズ」はたくさんの方に読んでいただき、とてもうれしく、ありがたく思っている。

二〇一六年、激務が原因で自ら命を絶ってしまった、若い女性に関してのニュースが流れていた。それらを見聞きしているうちに、同じような激務の広告代理店に勤めていた主人公、キョウコのことを改めて考えた。女性の会社での仕事の内容や人間関係まではよくわからないが、キョウコは自分の意に染まない仕事をさせられ、セクハラ、パワハラが横行し、そのうえ同性同士のやっかみもあった。それに耐えられなくなったキョウコは、退職だけを目標に我慢して資金を貯め、えいっと会社をやめてしまう。

それによって母との関係は最悪になるものの、これで働かなくてもいい、楽になれると考えていたが、現実はそうでもなかった。亡くなられた女性に対しては、最後の最後まで耐えずにえいっとやめてしまうか、そこまでではないにしても、休職するという選択肢はなかったのかと胸が痛むけれど、キョウコは働いている人であれば必ずといっていいほど考える、

「こんな会社、やめてやる」

を実現したのだ。

しかしそうしてもまた別の悩みが出てくる。自己証明をするのに、無職の中年女は不信感を持たれ、勤務し嫌悪していた大企業の名前を相手に告げると、納得してもらえる。目の前の人物の人間性よりも、世の中にどれだけ名前が通ったところに所属しているか、あるいは所属していたかで、他人様の不信感は薄らいでいくのだ。

一〇〇パーセント楽しく過ごせる場所なんて世の中にはない。たとえば会社に勤めているのが、二〇パーセントの喜びなら、時間が自由になる仕事だと、喜びが五〇パーセントくらいといった具合に、喜びの度合いが増えるだけで、完全に毎日楽しく暮らせる場所などないのだ。

キョウコは最初は、古アパートの環境に驚きつつ、嫌だった会社勤めから解放されて、気分を新たにした。しかしその気分が新たになったことが、延々と続く日常になると、新たではなくなり怠惰な日々になる。それよりも会社に勤めていたときが、あまりに気分的にひどいものだったので、勤め人に戻りたいとは一切、思っていないのだが、余りに余っている時間をどうするかが、キョウコのこれからの問題である。そして時が経つと彼女を取り巻く人々の状況も変化してきて、彼ら、彼女たちにもさまざまな出来事が起こる。

いくつになっても、安息の日々はおとずれないなあとため息も出てくるのだけれど、そのなかで自分の好きなこと、楽しいこと、幸せなことをみつけていくのが、人としての生き方なのだ。それなりにどんな場所でも大変なのだったら、いちばん嫌で辛いところからは逃げればいい。しかし生きることから逃げてはいけないのである。

一〇〇パーセント楽しい場所はないけれど、今がとても辛い人は、そこよりもよりよい場所は必ずどこかにある。迷ったり考え込んだり、落ち込んだりすることもあるかもしれないが、日々、何があっても、その人が少しでも明るく楽しく生きていけるように、私もキョウコのこれからの人生に寄り添って行きたいと思っている。

群ようこ(むれ・ようこ)
1954年東京都生まれ。本の雑誌社入社後、エッセイを書きはじめ、1984年『午前零時の玄米パン』でデビュー。著書に『無印良女』『パンとスープとネコ日和』『ミサコ、三十八歳』『びんぼう草』など多数。
群ようこの本

月10万円で楽しく暮らす<Vリーズ待望の第3弾

新刊 『ネコと昼寝れんげ荘物語』 単行本 本体1400円+税

姪のレイナが高校生ということは、キョウコの貯金生活者としての暮らしも5年が経っているのだろう。すべてを擲って家賃3万円のアパート「れんげ荘」に移り住んだのは45歳のとき。庭付き一戸建ての実家を出て、高給が保証されていた広告代理店も辞めて無職となり、月々10万円を貯えから切り崩していく生活を始めたのだ。

『ネコと昼寝 れんげ荘物語』は、そんなキョウコの日常を綴ったシリーズの第3弾。クマガイさんをはじめとする「れんげ荘」の住人たちと時々遊びにやってくるネコのぶちお(ぶっちゃん)ことアンディを交えたその日々は、いたって平穏に過ぎていた。……とは言い切れないけど、思いたい。だって、それが心惹かれる暮らしぶりだから。

キョウコの生活費は家賃を差し引けば7万円だけ。食費は切り詰めなければならないし、服に穴が開いても簡単に買い替えることもできない。アパートにはすきま風だって吹き込んでくる。それでもやっぱり、豊かな時間を過ごしているように思えてしまうのだ。なぜなのだろうかと考えると、一つの答えに辿り着く。たぶん、心のありようなのだ。キョウコの考え方はシンプルだ。自分に必要なものは何か、何を欲しているのかを知っている。それは生きる上での核となり、幸せの入口にもなることを教えてくれているようだ。

キョウコ45歳 大いなる決断のワケとそれから

『れんげ荘』 ハルキ文庫 本体533円+税

『働かないのれんげ荘物語』 ハルキ文庫 本体500円+税

45歳にして新たな生き方を選ぶことにしたキョウコ。『れんげ荘』にはそこへと至る思いが、そして2作目の『働かないの れんげ荘物語』では、48歳になったキョウコの日々が綴られている。ささやかな幸せを紡ぐ日常と個性豊かな隣人たちの姿は温もりがあり、読んでいると幸せのお裾分けをしてもらっている気分になってしまう。

一方で、気になるのはキョウコの母親だ。彼女が家を出た理由の一つは、自分の価値観を押し付けるような母親の存在も関係しており、正直、こんな母親は勘弁だと思う。けれども、そんなふたりの関係の転機となりそうなエピソードが第3弾には登場する。母娘の物語として読むこともできる。

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「れんげ荘」の住人たち

主な登場人物
キョウコ
「精神的デトックス」とばかりに様々なしがらみを捨て、「れんげ荘」二号室での生活をスタートさせる。母親からは勘当されたも同然の状態だが、兄一家はキョウコに理解を示し甥や姪とも仲良し。普段は散歩に読書、時々刺繍をしながら過ごす。遊びにやってくるネコをぶっちゃんと呼び、可愛がっている。
クマガイさん
キョウコの隣人で「れんげ荘」に30年以上住んでいる女性。見事な白髪でオシャレな着こなしの推定60代。達観した雰囲気を持ち、キョウコのおしゃべり相手としてアパート暮らしのコツをアドバイスしてくれたり、ブランドの服なども分けてくれる。キョウコと同年代の息子がいる。
コナツ
「れんげ荘」の家賃8千円の物置部屋に暮らす女性。職業を旅人と称し、自由気ままに世界中を渡り歩いているため、アパートにはほとんどいなかった。キョウコたちとの交流もなかったが、この頃は腰を落ち着けて雑貨店でアルバイトをするなど、その人柄が徐々にわかってきた。
チユキ
タワーマンションの一室を持っているがそこに馴染めず、一号室に越してきた。身長180センチでスーパーモデルのような体形の持ち主で絵のモデルをすることも。家賃収入があるが、時々温泉旅館で仲居のアルバイトをし、そのお土産をキョウコたちに欠かさず渡してくれる明るい女性。

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これが私の生きる道! 7人の女性が主人公の小説集

『びんぼう草』 ハルキ文庫 本体500円+税

満員電車に乗るのがイヤで会社を辞めた元OL(「満員電車に乗る日」)、早く結婚しろと言われながら一人暮らしをするその部屋で大量のシジミと同居するひい子(「シジミの寝床」)、ぶさいくな猫を拾って飼い始めた私(「ぶー」)など、7人の女性が登場する小説集『びんぼう草』。社会的に見れば、ちょっとダメな部類に入ってしまいそうな人たち。けれどもそこに悲壮感はなく、自分の生き方をしっかりと持った強さや潔さは、共感や憧れにも変わりそう。くすっと笑えながらも示唆に富み、すべての女性に向けた応援歌ともいえる一冊。

スープとサンドイッチのお店は今日も元気に営業中

『パンとスープとネコ日和』 ハルキ文庫 本体514円+税
愛猫たろちゃんとの泣いたり笑ったりの日々を描くシリーズ第1弾。

『福も来た パンとスープとネコ日和』 ハルキ文庫 本体500円+税
丁寧に日々を送るアキコと周りの人々の優しさに満ちた第2弾。

『優しい言葉 パンとスープとネコ日和』 単行本 本体1400円+税
しまちゃんの彼シオちゃんも加わった、心温まるシリーズ最新作。

ベーグルのたまごサンドに野菜スープ、そしてにんじんとレーズンのサラダとカットしたグレープフルーツ―。

サンドイッチとスープの店「a」で食べられるのはオーソドックスなメニューばかり。しかし、手間を惜しまず、丁寧に作られたそれらを口にすると、笑顔とともに「おいしかった」「ごちそうさま」の言葉が溢れ出す。

群ようこのもうひとつの人気シリーズが、ドラマ化もされたこの「パンとスープとネコ日和」だ。「a」を営むのはアキコ。唯一の身内である母を亡くした後、長年勤めた出版社を辞め、母親が残してくれた食堂を改装した。50歳を過ぎて始めた店だが歯を食いしばっての転職でもないので、どちらかといえば経営はのんき。その、無駄に力んでいないのがいい。休みの日には窓を開け日差しや風を感じたり、ふらりとやって来たネコのたろちゃんを思いっきり甘やかしてみたり。ゆるゆるとした日々からは確かな人の営みが感じられる。誰かと何かを比べない、そんな当たり前のことが、どれほど大切なことかをアキコは気づかせてくれるのだ。

だからだろうか、周囲にも人間味に溢れた人ばかりが集う。例えば相棒のしまちゃんは、体育会系で気持ちの優しさはピカイチだし、近所の喫茶店のママも言葉とは裏腹に、見守る眼差しが温かい。そんな人々とともに生きるアキコには悲しいことも辛いこともあるけれど、それでも元気においしいスープとパンの店を営業中。

こんな店でランチを食べることができたら、その日一日いい気分で過ごせるんだろうな。

アラフォーシングル 働く女の真実に共感!

【新装版】『ミサコ、三十八歳』 ハルキ文庫 本体476円+税

小説誌の副編集長として働くミサコは38歳。シングルながらマンションも買った。だけど、仕事中心に生きてきたそれまでを後悔する気持ちもチラリ。この頃は心身ともにお疲れモードなのである。会社に行けば、作家からのゴリ押しに四苦八苦し、使えないバイトにも怒り心頭。かと思えば、実家の父親や16歳も年下でグラビアアイドルをしている妹にも問題が……。思わずため息が出てしまうミサコだが、そんな毎日を茶トラネコのあーちゃんが癒してくれる。ドラマのようなラブロマンスはないけれど、ここには働く女性の真実があると実感せずにはいられない。

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