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特集 群ようこの世界

『雑草と恋愛 れんげ荘物語』刊行記念
特別対談

群ようこ×原田ひ香

「月十万円でのんびり暮らそう」と決め、古いアパートで心穏やかな日々を過ごす主人公が大きな共感を呼ぶ群ようこさんの人気シリーズ「れんげ荘物語」。最新刊のタイトルは『雑草と恋愛』だ。会社員時代から群さんの作品を楽しんでいたという原田ひ香さん。初対談となった今回、独自の視点で同シリーズの魅力を語るとともに長年抱いてきた作家・群ようこ≠ヨの思いも明かしてくれた。

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――お二人は対談は初めてだと伺いましたが、互いに書評を書かれるなどご縁があるようですね。

群ようこ(以下、群)> そうなんですよ。原田さんの『財布は踊る』について書かせていただいたことがあります。お金に無頓着な私でも楽しく読むことができ、お金の知識も増えて得した気分になりました。

原田ひ香(以下、原田)> ありがとうございます。私は『こんな感じで書いてます』の書評を書かせていただきました。そこでも触れましたが、群さんは二十代の頃からずーっと読んできた作家さんなんです。働く女性のことを書かれたものでは、そうそうと頷いて。まさにドンピシャの世代でした。

群> それはありがとうございます。

原田> エッセイもたくさん読ませていただいてますが、『こんな感じで書いてます』は特別な一冊になりました。流れるままに身を任せ、気が付けばエッセイストになり、小説家になっていたとこれまでに何度か書かれていますが、謙遜されているのだと思っていたんです。でも、自分で小説を書くようになって読んだこの本で、私にも流れみたいなものがあって、それに乗らなかったらプロにはなれなかったと思い至りました。群さんは本当のことを書かれていたと悟ったときは、例えるならヘレン・ケラーが水に触れて「ウォーター」と叫んだときのような衝撃で。いえ、大袈裟じゃなく。勝手な思い込みを反省しています。

群> いえいえ(笑)。同じように思われる方もいるようですが、リアルな感情なんですよ。

――では、「れんげ荘物語」シリーズについて伺います。原田さんはどう読まれていますか。

原田> 経済にまつわる話も書いているのでその観点から言うと、キョウコさんの生き方は今よく言われている「FIRE」ですよね。FIREは経済的自立と早期退職を意味していて、より自由な生活を得るのが目的ですが、アメリカでその概念が提唱され出したのは二〇一〇年頃です。「れんげ荘」の第一巻は二〇〇九年。先駆けですよね。アメリカよりも前に、日本で書いている人がいたんだよって、まず言いたいです。FIREを実践している人は投資で資産運用しながらという部分もあるので、貯金を取り崩して生活しているキョウコさんとは異なりますが、節約して月十万円ぐらいで暮らすという考え方は同じです。どんなことから考えつかれたのでしょうか。

群> あの頃は世の中の景気もそんなに悪くなかったんですよね。みんな好きなものが買えて、好きなところに旅行もしてという時代で。でも、そうじゃない人もいるだろうと。もっと地道なというか、流行に全然乗らない感じで、でも、ちゃんと生きてる人がいるというのを書きたかったんです。

原田> 時代と合わせるおつもりはなかったんですね。

群> むしろ、世の中の動きと合致させたくないと思っていました。ところが、世の中が変わってしまったでしょう。今のような状況になるなんて、まったく予期せぬことでした。

原田> 意図せずして時代を捉えてしまうというのは、小説の面白さですよね。

群> 私としては、その頃の売れ筋ではないものを書いたので、受け入れられるのかしらと。そうしたら、こういうことがしたかったんですという読者の方がすごく多かったんですね。ある方は、友達には貧乏くさいと否定されてしまった考えを、小説の主人公とはいえ行う人がいた。そのことがとても嬉しかったと伝えてくれました。

原田> 人と違うことをしようとすると、自分は変なんじゃないかと思ってしまうこともあると思うんです。でも、この本がそれを取り払ってくれた。何かが外れる感じがあったんじゃないですか。無理して人に合わせなくてもいいと思えば、ちょっと気も楽になりますから。

群> そこに共感してもらえたということなんでしょうね。

原田> お風呂もない古いアパートでの暮らしぶりもリアルですよね。参考にされたアパートがあったんですか? 実は「れんげ荘」のモデルじゃないかと思うところがあるんです。以前、あるテレビ番組で築四、五十年くらいは経つアパートが紹介されていたんですね。確か家賃は二万円くらいで、間取りとか造りもよく似ていたので、もしかしたら、ここが?と。

群> それは安い。「れんげ荘」でも三万円ですからね(笑)。ただ、参考にしたところはないし、あったのは古いアパートというイメージだけなんです。「れんげ荘」と名付けたのもどうしてだったかしら。れんげが咲いているわけでもないんですよね。

原田> でも本当にありそうです、「れんげ荘」(笑)。ここに移り住んだ最初の頃、キョウコさんが時間を持て余し、何をしようかと考えるシーンがありましたよね。働きづめだった反動なのか、ちょっと退屈だみたいな感じで。この退屈というのは、書く立場としては難しい部分もあるんじゃないかと思ったんですが。

群> この本の主人公に関しては、揺れ動いている人を書きたくなかったんですね。なにかを切り捨てている人にしたかった。だから、親も捨てているし、会社も捨ててます。とはいえ人間ですからね。働かないと決めたけれど、時には迷いが生じてしまうこともある。それは必要なことなんだろうと思います。

原田> そうして迷いながらも、やっぱり私の生き方はこれと立ち戻れるキョウコさんがいいですよね。私だったら、ちょっと手伝ってくださいみたいな流れにして、少しお金を貰うとか書いてしまいそうです。

群> 読者の方も心配してくださるんですよ。随分高いマグカップを買ってますけど、経済は破綻しないんですかとか。病気になったら貯金だけで大丈夫ですかと。親身になってくださって、ありがたいですよね。

原田> でも、キョウコさんはこれから年金生活に入る可能性もありますよね。

群> そうですね。その方がちょっとリッチになるかもしれないですね。広告代理店で高給取りでしたから。

――今回の『雑草と恋愛』の感想もお聞かせください。

原田> 最初にタイトルを見て、あら、恋愛が始まるの?って。

群> 私の本にしては珍しいタイトルですよね。恋愛ものは書いたことがないんですよ。

原田> 一瞬ですが、雑草のような恋愛ってことなのかなと。昔の純文学みたいに貧しい青年が出てきて出会いがあってとか、いろいろ想像してしまいました(笑)。読めば、そういうことかと。あれだけ気持ちが離れてしまうとやっぱりね……。これ以上は控えますが、これまでのシリーズにはない展開をとても楽しませてもらいました。

群> ありがとうございます。この雑草は本当の雑草で(笑)。今住んでいるところはちっちゃなお庭があるので雑草が生えるんですね。だから抜かないと。雑草取りは初めてだったけれど面白いですよ。大変ですけどね。その体験が役立ちました。

原田> 群さんの実生活が盛り込まれているんですね。それにしても今作で「れんげ荘」シリーズも九作目。私はこれほど長く続くシリーズを書いたことがないんです。

群> いつの間にかここまで来てしまったという感じですよね。一冊書いて終わりのつもりでしたから。シリーズものは登場人物について一から考えずともその人物が動いてくれますし、性格付けも出来ていますから、その辺は良さだなと思います。その中でどう物語を動かしていくのかという難しさはありますけど。

原田> そうですよね。一巻で出来なかったこと、やっていないことを書かなくてはいけないと思っているので、シリーズものは思いのほか手間が掛かると感じています。「ランチ酒」はお店のおかげで続けられましたけど、パターンみたいなものも出来てしまうし。

群> でも、読んでいて楽しいですよ。会話でお話が進んでいくからとても読みやすいし、それが食べ物と繋がっていくのもいいですよね。

原田> ありがとうございます。ただ、読者をどこまで惹きつけられるのかと考えると、シリーズは多くても三冊ぐらいかなと思っています。

――「れんげ荘物語」はシリーズの展望など考えられているのですか?

群> いいえ。今回はちょっと含みを持たせてしまったので次に続く感じがありますけど、いつもは読み切りのつもりで書いていて、その都度、どうしようかと悩んでます。

原田> このシリーズの帯に「どの巻からでもお楽しみいただけます」とありますよね。本当にそうだなと思います。今回の九巻から読んでも十分に楽しめる。出来たら一巻は読んでほしいなとは思いますが、どの巻からでも行けるのがこのシリーズの良さでもあると思っています。

群> 何も起こりませんからね。遡って確認するとかしなくてもいいんですよ。

原田> そのほうが書くのは難しいと思います。私だったら事件を起こしちゃいます、きっと。それもあって、ちょっと期待していることがあるんです。前作でキョウコさんが猫さんはもう飼わないと決めたように思うのですが、何かのきっかけで変わることもあるんじゃないかと。

群> 考えてないこともないですよ。今回もアンディちゃんに会えなくてもやもやしていますけど、キョウコさんとアンディちゃんの仲をもうちょっとなんとかしてあげたいなと。ただ、飼い猫ですから難しいなぁと思ったり。

原田> 今の飼い主さんはご年配の方みたいですから、飼いませんかと声が掛かるとか……。

群> 飼うとしたらそれだなとは思うんですが、やたらと猫の出番が多くなりそうでどうしたものかと。 出しどころは考えないといけないですね。

原田> 猫さんが出てきたら、また楽しくなると思います。

群> 押し付けられたらキョウコさんも断れませんからね(笑)。

●新刊紹介

『雑草と恋愛 れんげ荘物語』 群ようこ
有名広告代理店を早期退職し、月十万円ずつ蓄えを取り崩しながら穏やかな暮らしを送るキョウコ。おかめの手ぬぐいで?被りしてアパートの庭の雑草抜きに勤しんだり、隣人のチユキさんの恋愛の悩みを聞いてあげたり、友だちのマユちゃんが遊びにきたり……と、楽しく自由な日々。小さな幸せを大切にするロングセラー「れんげ荘物語」シリーズ、みなさんに愛されて待望の第9弾。
定価:1650円(税込)
群 ようこ(むれ・ようこ)
本の雑誌社入社後、エッセイを書きはじめ、1984年『午前零時の玄米パン』でデビュー。その後作家として独立。著書に「れんげ荘物語」「パンとスープとネコ日和」シリーズ、『無印良女』『かもめ食堂』『ミサコ、三十八歳』『びんぼう草』『またたび回覧板』『たかが猫、されどネコ』『街角小走り日記』『雀の猫まくら』『いかがなものか』『きものが着たい』『それなりに生きている』『たべる生活』『これで暮らす』『小福ときどき災難』『子のない夫婦とネコ』『音の細道』『今日は、これをしました』『パンチパーマの猫』など多数。
聞き手:原田ひ香(はらだ・ひか)
2005年「リトルプリンセス2号」で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞、07年「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞受賞。著書に「ランチ酒」「三人屋」シリーズ、『古本食堂』『古本食堂 新装開店』『東京ロンダリング』『母親ウエスタン』『口福のレシピ』『DRY』『母親からの小包はなぜこんなにダサいのか』『財布は踊る』『まずはこれ食べて』『図書館のお夜食』『喫茶おじさん』『定食屋「雑」』など多数。『三千円の使いかた』『一橋桐子(76)の犯罪日記』はドラマ化もされ、大ベストセラーとなっている。
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