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特集: 今野敏 の世界

ついに明かされる安積班前史

29年という長期間にわたって書き続けられ、作者自身が「ライフワーク」と断言している「安積班シリーズ」の最新作が刊行される。『道標 東京湾臨海署安積班』である。シリーズの魅力を探るとともに、最新作の見どころを追ってみよう。

SF、バイオレンス、アクション、伝奇、オカルトなど、縦横無尽にジャンルを駆使して数多くのシリーズ作を手掛けている今野敏だが、『隠蔽捜査』シリーズで吉川英治文学新人賞、山本周五郎賞、日本推理作家協会賞を受賞したことでもわかる通り、警察小説の旗手として多くのファンを持っていることは言うまでもない。

警察小説としては、他にも「ST」シリーズや「樋口警部補」シリーズも人気だが、その中でも「東京湾臨海署安積班」シリーズは、今野自身が「ライフワーク」と位置づけ、デビュー10年目の1988年から書き続けており、来年で30周年をむかえる。ドラマ好きの人の中には、佐々木蔵之介主演のドラマ『ハンチョウ』シリーズ(TB系。2009年から4年にわたって全6シーズンが放送された)でこの作品を知り、読者になったという人も多いだろう。

今回、刊行された『道標 東京湾臨海署安積班』は、その最新シリーズの短編集である。

「安積班」シリーズの何よりの魅力は、頭脳明晰な名探偵が事件を解決する推理小説と違い、安積剛志率いる東京湾臨海署の強行犯第一係の個性豊かなメンバーがそれぞれの持ち味を生かしながら事件の真相に迫っていくという人間ドラマにある。もちろん、今回の最新作にもその持ち味は充分に発揮されているのだが、これまでにない新たな趣向も盛り込まれている。それは、安積が警部補になる以前の前史が描かれているということ。

これまで、同シリーズは30年近くの長きに渡って書き継がれてきたにもかかわらず、登場人物の年齢設定はずっと変わってこなかった。安積はどの作品でも45歳のままだし、最年少の桜井はいつまでも26歳の「永遠の若手」だったのだ。シリーズのファンなら、「若いころの安積は、どんな人物だったのだろう?」と一度は想像したこともあったろうが、その解答が本作で読めるわけだ。

各短編について、見ていこう。

第一編「初任教養」の安積は、なんと中野にある警視庁警察学校の訓練生として物語に登場する。血気盛んでなりふり構わず猛突進する若者として描かれているが、同期のライバルの速水直樹(そう、シリーズを通して安積をサポートする後の交通機動隊小隊長である)の信頼を勝ちとる感動的な場面がある。

第二編「捕り物」、および第三編「熾火」も、安積の修業時代の話。前者では交番に勤務する安積が実績を積んで署長推薦をもらおうと焦る姿が描かれ、後者では念願を果たして刑事になった安積がベテラン上司の三国(『最前線』所収の「夕映え」に登場)に腕試しをされる。

だが、責任感が強く、被害者だけでなく、加害者の心理も知ろうとする安積の熱血漢ぶりは、すでにこのときから発揮されていた。その心意気に打たれ、「おまえは、出世できないだろうな。だが、間違いなくいい刑事になる」という三国のセリフを読んで、思わず目頭を熱くする読者は多いのではないか。

続く第四編「最優先」、および第五編「視野」で、時代設定はようやく創設されたばかりの東京湾臨海署にたどりつく(ただし安積は新任の強行犯係長で、45歳より少し若いようだ)。この二編は、ともに臨海署管内で起きた強盗事件を描いたもので、前者を新任の鑑識係の係長の石倉進、後者を安積の部下になったばかりの大橋武夫の視点から描くという珍しい趣向だ。

鑑識の石倉係長といえば、シリーズのほぼ全作を通じて安積を支援する、職人気質の心強いキャラクターだが、「最優先」では安積のことを鼻っ柱の強い、頑固で鼻持ちならない人物と感じている様子が描かれるのがおもしろい。そんな彼が「安積からの仕事の依頼は、いつでも最優先だ」と心に決めるラストシーンに至る、石倉の心の変化が読ませどころの好編で、続く「視野」でも、大橋という新米刑事の目を通じて安積がリーダーとして成長している様子が感動的に描かれている。

第六編「消失」と第七編の「みぎわ」以降、物語の時代設定はこれまでのシリーズにぐっと近づき、安積の右腕となって部下を厳しく指導する村雨秋彦、太り気味で刑事らしくない風貌ながら鋭い洞察力を見せる須田三郎らの小気味よいチームワークが発揮される。

そして第八編「不屈」からは、ドラマから生まれた安積班の紅一点、水野真帆が活躍して「いつもの安積班」らしさがいよいよ発揮され、読者をニヤリとさせる。とにかく、本作に収録された10編の短編は、どれも読み応え充分で、文句なしにおもしろいことを保証する。

ちなみに、「安積班」シリーズの最新長編『潮流 東京湾臨海署安積班』は、TBS系ドラマ『―警視庁東京湾臨海署―安積班』としてドラマ化されることが決定。2018年の春に放送される予定だという。本作と合わせて楽しんでみてはいかがだろう。

特集: 吉川永青 の世界

デビュー以来、数々の賞の候補作・受賞作になる質の高い歴史小説を刊行し続けている吉川永青。その執筆作にまた新たなる新作が加わった。『龍の右目 伊達成実伝』。伊達政宗という戦国一の猛将を支えた男の生涯とは?インタビューでその執筆の背景や創作の秘密を語っていただいた。

特別インタビュー

先月刊行された『龍の右目 伊達成実伝』は、天下取りを目指す伊達政宗を支えた男・伊達成実の生き様を描いた歴史小説。
これまでクローズアップされることの少なかった人物だが、政宗との関係の中で見えてくるのは、我々の想像を超える深い繋がりだ。
著者は、歴史小説の新たな担い手として期待を集める吉川永青さん。
これまでに発表した作品は数々の文学賞で話題となってきたが、もともと作家を目指していたわけではないという。
本誌初登場の今回は、創作の裏側とともに今日に至る経緯なども伺った。

角川春樹事務所では初の刊行となりました。そこで、まずはこれまでの経緯をお伺いします。43歳でデビューされましたが、以前はサラリーマンだったそうですね。作家を志したのはいつ頃でしょう。

吉川永青(以下、吉川)> もともと小説家になるつもりはなかったんです。会社員として出世してやろうと思っていたぐらいなんですが、だんだん精神的にキツくなってしまって。ずっと裏方だったからか、想像力が足りなかったのか、僕のやっている仕事で誰が喜ぶんだろうと考えるようになり……。じゃあ、会社を辞めて何ができるか。何もない。ただ、文章を書く力は少しだけ尖っているかもしれないと思いました。インターネットで笑い話の雑文を書いていた時期があった。自分が書きたいものを書くという完全な趣味の世界でしたけど、楽しかった。それで小説を書いてみようと。37歳のときでした。家内も、「俺は作家になるから」と言うと、普通は「はっ?」となると思うんですけど、「うん、わかった」と(笑)。

意外な発言ばかりですが、中でも奥様には驚かされます。でも確信があったんでしょうね。

吉川> いえ、家内から見ても、僕が相当に参っているのがわかっていたそうです。だったら、ものになろうとなるまいと、やりたいと思えることに向かう方がいいと思ったようですね。そうして創作活動が始まり、二〇一〇年に『戯史三國志 我が糸は誰を操る』で小説現代長編新人賞奨励賞を頂戴し翌年デビューして、今に至るという感じです。

デビューから一貫して歴史小説を手がけられています。武将などを主人公にしたそれらの作品はいずれも骨太で読みごたえがありますが、同時に丁寧な人物描写も印象的です。理想とする人物像、あるいは好きな武将などはいますか。

吉川> 好き嫌いで書くことはあまりありません。執筆にあたっては、まずテーマを決めて、そのテーマを体現できる人は誰だろうと調べていくんですね。で、この人がいたという感じ。テーマにしているのは人間の心模様とでも言えばいいでしょうか。人間の心って面白いじゃないですか。ずっと好きだったのに、ある一点から急に嫌いになったり。そういう人の心、心のあり様を主題にして書くことが多いですね。『龍の右目』もそうで、心の?がりをテーマにしています。

『龍の右目』の主人公・伊達成実は、片倉景綱とともに伊達家の双璧と言われ、政宗を支えた人です。ただ、これまでメインとして取り上げられることは少なかった人物でもありますね。

吉川> 角川春樹社長から「知られざる名将を描いてほしい」とお話をいただき、思い浮かんだのが伊達成実でした。僕が初めて成実を知ったのは高校生の時に見た大河ドラマの「独眼竜政宗」で、三浦友和さんが演じたのをよく覚えています。それほど詳しかったわけではないのですが、伊達政宗との関わりを考えた時、僕が書きたいと思うテーマにも合うなと。

今作は人ありき、だと。ですが、先ほどおっしゃった“心の?がり”を体現する人物として成実はぴったりですね。政宗との深い?がりが伝わってきます。

吉川> 成実は政宗に最も近い人物だったと思います。父方から見ると政宗の従兄弟叔父であり、母方では従兄弟にあたるというちょっとややこしい血縁ですが、年も一つしか違わないので子どもの頃などは本物の兄弟のようになりますよね。長じても、そういう顔は出てくると思いますし、ましてや、政宗はかなり子どもじみた人物で、そうした表情を見せることもできた。片倉景綱にも子どもじみた行状は見せていますが、右目を抉り出されるという体験をしてからは恐れも抱いていたはずで、対等の友達みたいな関係を築けたのは成実だけだったろうと思います。

策略家として冷徹な一面もある政宗が、成実と一緒のときは無邪気な表情を見せていますね。しかし、そんな二人の間に少しずつ距離ができていきます。豊臣秀吉に降り、政宗の天下取りの夢が潰えてしまったあたりからぎくしゃくとして……。

吉川> 政宗にとって成実は、苦しい時一緒に苦しんでくれる人、そうであってほしい人だったと思います。右目を失った政宗は野心を抱きながらも常に心細いものを抱えた状態だったと思うし、一方の成実も大やけどによって右手がほぼ使えない。実は僕も若い頃に膝のじん帯を切る大けがをし、一か月ほど足がまったく使えないことがあったんです。体に不自由な部分があると、人ってものすごく心細いんですよ。そんな時、苦しみをともに分かち合える相手がいるというのは、何よりも心強い。でもそれを成実は理解できていなかった。

支えたいと思うあまり、言動が裏目に出ることが多くなっていきますね。この成実という人物を語る時、伊達家出奔という事実に突き当たります。政宗の右目になると誓ったはずなのに、なぜ出奔したのか。今も謎とされていますが、今回提示された吉川流の解釈は得心がいくものでした。成実だけでなく、政宗にとっても必要な時間だったのかもしれないと思えました。

吉川> 成実は武力でも政宗を支えた人です。しかし、戦場で力を発揮するという自分の才能が及ばないところで世の中が動き、変わっていく。もう政宗の力になってやることができない、そう思い込んでしまったんだと思います。生真面目なんですよね、きっと。

作品は人取橋の戦いなど有名なエピソードも多く、見せ場もたくさんありますが、プロットなどは作られるのですか。

吉川> しっかり書いていくほうだと思います。あらかじめ書くシーンを決め、それがどうして必要なのか、何のために書くのかをロードマップとして整理する。そのためのプロットですね。そして一番の考えどころは、どれだけ蹴っ飛ばせるか。細かい史実などすべてを盛り込んでしまうと間延びしたものになってしまいます。歴史ものの場合は、特に蹴っ飛ばす努力が必要なんだろうと思っています。

ほかの作家の作品で勉強したり、刺激を受けたりということも?

吉川> お恥ずかしい話ですが、本はほとんど読みません。これまでに読んだのだって五十冊もないんじゃないかな。以前、伊東潤さんと対談の機会がありまして、伊東さんの『巨鯨の海』についての対談だったのですが、お題になっている作品なので深く読み込みました。もっと読もうとは思うのですが、創作に追われてそれどころじゃないというのが本音です(笑)。

気になる奥様の話をもう少しだけ(笑)。作家になると宣言した吉川先生は、見事に実現され、今や歴史小説の新たな担い手として注目を集めています。何かおっしゃっていますか?

吉川> いえ何も。サラリーマンという仕事が物書きという仕事に変わっただけという意識のようですね。結婚して17年ですから。でも夫婦関係というのは小説にも生かされていて、今作で言えば成実の妻・亘理御前。亘理御前はこの物語における、人を支えるということの象徴なんです。成実が辛い状況になった時に「あなたの妻なんですから一緒に苦しませてください」といったことを言う。僕も苦しい時に、同じようなことを言ってもらいましたが、人を支えるってそういうことなんだろうと思います。

人は誰かに支えられ、また誰かの支えにもなる。どんな時代であろうと変わることのない姿ですね。

吉川> それを感じ取ってもらえたらと思います。人は基本、薄情なものなんです。勢いがある時は頼みもしないのに寄ってきますが、ちょっと苦境に立つとみんな離れていってしまう。でも、苦境の時に力を貸してもらえたなら、自分もまた必ず力になろうとしますよね。人とはそうであってほしいと思っています。この本を読んでくださった方々が、人とより良い関係を作り上げていくための気づき……、いえ、そんな大きなものじゃないですね。なにかしら心に引っかかったり、波風を立てるきっかけとなるような、そんな登場人物がいてくれたら、この作品は成功だと思います。

吉川永青(よしかわ・ながはる)
1968年東京都出身。横浜国立大学経営学部卒業。2010年に『戯史三國志 我が糸は誰を操る』で第5回小説現代長編新人賞奨励賞を受賞してデビュー。2012年『戯史三國志 我が槍は覇道の翼』で第33回吉川英治文学新人賞候補。2015年『誉れの赤』で再び第36回吉川英治文学新人賞候補となる。2016年『闘鬼 斎藤一』では第4回野村胡堂文学賞を受賞。
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