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特集: 佐々木譲の世界

デビューから30年以上第一線で活躍してきた佐々木譲。
冒険、サスペンス、歴史・時代、警察小説と多岐にわたるジャンルで常に挑戦し続け、二〇一六年第20回日本ミステリー文学大賞を受賞した。
中でも、二〇〇四年刊行『うたう警官』(文庫改題『笑う警官』)に始まった、出身地である北海道という特色ある地域社会の現在を魅力的に描く社会派の警察小説は、二〇〇万部突破の大ヒットシリーズとなり、今なおファンを魅了し続けている。
この北海道警察シリーズと、最新作『真夏の雷管』の創作秘話に迫る!

佐々木譲インタビュー
佐々木譲×杉江松恋 (文芸評論家)

杉江松恋(以下、杉江)> これは佐々木さんの作品すべてにいえることですが、社会をさまざまな角度から観察し、さまざまな階層の人間を登場させる。そうした全体小説としての性格と警察小説の要素が合致していて、読み応えがあります。『真夏の雷管』も犯罪の背景にあるものが浮上してきた瞬間に「あ、そこを書くのか」という驚きがあり、堪能いたしました。また、北海道という特色ある地域社会の現在を魅力的に描くという要素も忘れてはいけない点です。毎回あの手この手で犯罪捜査を描いて〈道警〉シリーズでは読者を楽しませてくださいますが、今回の話がどういうところから生まれたものかを最初にお聞きしたいと思います。

佐々木譲(以下、佐々木)> そもそもこのシリーズの最初は『笑う警官』に始まる三部作の構想だったんです。

杉江> 不祥事の集団隠蔽工作に佐伯たちが立ち向かうというのが第一作でした。

佐々木> はい。それが途中から、警察小説が扱う可能性のある事件を順番に全部やって十作で完結という構想に変わったんです。『巡査の休日』はストーカー犯罪、『密売人』は連続殺人、といった具合に進んできて、今回は第八作ですが爆弾事件を書くというのは早くから決まっていました。シリーズの他の作品もそうですけど、いくつかの小さな事件が全然関係ないように見える形で発生して、あるところでパッとつながる。というのも主人公たちのセクションが、佐伯と新宮は刑事課盗犯係、津久井は機動捜査隊で小島は生活安全課、ということでバラバラですから、いきなり合流するわけがない。四人の警察官たちがそれぞれの抱える事件解決の為に非公式のチームを作り上げる、という形式を毎回踏襲しているのも他の人たちの警察小説にない、このシリーズの特徴ですよね。

杉江> 彼らが小説の中でいつチームを組むか、という設計図は毎回おありなんですか?

佐々木> プロットを詰めていく段階で決めています。佐伯と新宮がいるのは不遇な部署で、今回は園芸店で肥料が盗まれるという本当に些細な犯罪の捜査に当たる。だけどシリーズの読者は、それが大きな事件に発展するはずだ、と予想してくれているはずなんです。だから冒頭からいきなり大事件を起こす必要はなくて、そんな小さなことがどんな風に発展していくの、という部分を楽しんでもらうように考えて作っています。もちろん『密売人』のように最初から殺人事件が起きているものもありますし、全部が同じパターンではありませんが、バラバラに見えているものが一つに集まっていくプロセスが基本にはなっていますね。シリーズの中で人気のあるサブプロットは新宮が合コンに行くという話なんですが、読者は「ほら、また呼び出しが来て駄目になるよ」と思って読んでいる(笑)。そういう部分も読者サービスのうちですから、繰り返して書くようにしています。

杉江> 今回はJR北海道の構造不況が遠因となる犯罪を扱っています。現在進行形の深刻な社会問題であるわけですが、これは最初からプロットの中にあったのでしょうか。

佐々木> はい。北海道民としてはもちろん、JR北海道については思うところがある。また、せっかく北海道を舞台にしているわけですから、警視庁管内であまり起こらないような事件を扱いたいということもあります。例えば『巡査の休日』は「よさこいソーラン」というイベントを扱っていますし、北海道という面白い物語が転がっている地域を舞台にしている以上は、それらしい事件や素材を取り上げたいですね。

杉江> 僕の印象では一九九〇年代以降に書かれたミステリー作品においては、佐々木さんが率先して「地方」を描かれていた印象があるんです。もちろんそれ以前にもそういう小説はあるんですけど、北海道という地域の特性をご自分の描きたいものと融合させて書かれた方は佐々木さんより前にあまり例がなかったように思います。

佐々木> 地元の人たちはウチのあたりは歴史もないし、とおっしゃるんですが、充分に濃密な歴史があるし物語も転がっているんです。『廃墟に乞う』(第百四十二回直木賞受賞作)はだからこそできた話で、作家にとってはあまり書かれていない物語がゴロゴロしているじゃないかという思いがあります。じゃあ、せっかくだから、警視庁管内の六本木は他の人が書いてくれればいいから、私は自分が住んでいる書けるところを書こうと。

杉江> ミステリーマニア的な見地から申し上げますと、今回の『真夏の雷管』の後半は列車の運行スケジュールが重要な意味を持つ展開になりますね。現代で時刻表を扱ったミステリーをやるとしたらこういう形があり得るんだ、とすごく新鮮でした。時刻表トリックが好きな人にぜひ読んでほしい(笑)。

佐々木> あ、そうか。爆弾事件と言うよりミステリーとしてはそうですね。たぶん大きなトリック上のミスはしていないと思います(笑)。ミステリー作家は、たとえば誘拐事件を書こうと思ったら現実の犯人以上にどうやって犯罪を成功させようかを考えるじゃないですか。エンターテインメントですから事件は起きてほしくないし、絶対に未然に防ぎたいんですが、今回も犯人の側から言えば、当然警察の動きは察知して、その裏をかいて目標を爆破したい。そこの手の読み合いで、時刻表を見ながら考え込みました。

杉江> もう一つは少年犯罪の問題が浮上してきますね。未成年犯罪と、保護者の育児放棄がプロットの中では重要な意味を持ってきます。そうした社会問題についてのくだりが浮き上がらず、小説の部品として綺麗に融合しています。特にプロローグは印象に残りますね。

佐々木> ありがとうございます。

杉江> 先ほど、小さな事件が大きなものへと発展していくプロセスが読ませどころというお話があったと思うんですが、書き手としてはどこにいちばん体力を使われますか。話のピッチが上がる終盤なのか、それとも仕込みの段階の序盤なのか。

佐々木> 最後の三分の一になったらもう勢いで行けますから、その前の三分の二、充分に伏線も張らなければいけない、という方が時間もかかるし、たぶん体力も使っていると思います。それは池澤夏樹さんがロケットに喩えておられましたね。ある高さまではブースターに押し上げてもらうが、あとは燃料の大部分を消費した方が軽くなった分飛んでいける、というようなことを創作法としておっしゃっていたと記憶しています。

杉江> なるほど、でも読者が読み終わったときに「ああ面白かった」って言ってくれるのは、その成層圏を脱した後のダッシュしている部分なんですよね。そこまでもっていくには一生懸命持ち上げないといけないのに。これは本当に実作者にしかわからないご苦労ですね。このシリーズは十作と決めておられると伺いましたが、今回が八作目でいよいよ終わりが見えてきました。残り二作の構想はもうできていらっしゃるんですか?

佐々木> はい。九作目ではこれまで扱ってこなかったんですが、札幌雪まつりが背景として出てくる予定です。十作目は、シリーズ全体の締めにふさわしい犯罪にしようと思っています。実は最初の三冊の中で、まだ解決していないサブプロットがあるんです。それを扱って、きちんと犯人も断罪して幕引きとしようと。すでに構想はできています。

杉江> 実は日本の警察小説で数を決めて完結したものって、まだあまりないんですよ。大沢在昌さんの〈新宿鮫〉にしても十作まで行きましたけど、まだ続きはあるでしょうし。もしかすると、初の十作という構想のまま完結するシリーズになるのかもしれません。

佐々木> やりがいがありますねえ。見事に完結させてみせよう(笑)。

佐々木 譲(ささき・じょう)
1950年北海道生まれ。79年「鉄騎兵、跳んだ」でオール讀物新人賞を受賞。90年『エトロフ発緊急電』で、山本周五郎賞、日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞を受賞。2002年『武揚伝』で新田次郎文学賞を受賞。10年『廃墟に乞う』で直木賞を受賞。16年日本ミステリー文学大賞を受賞する。著書に『ベルリン飛行指令』『天下城』『笑う警官』『警官の血』『代官山コールドケース』『沈黙法廷』など多数。
聞き手:杉江松恋(すぎえ・まつこい)
1968年東京都生まれ。ミステリーなどの書評を中心に、映画のノベライズ、翻訳ミステリー大賞シンジケートの管理人など、精力的に活動している。著書に海外古典ミステリーの新しい読み方を記した書評エッセイ『路地裏の迷宮踏査』『読み出したら止まらない! 海外ミステリーマストリード100』など。2016年には落語協会真打にインタビューした『桃月庵白酒と落語十三夜』を上梓。近刊にエッセイ『ある日うっかりPTA』がある。

特集: 岡本さとるの世界

舞台の脚本家・演出家として活躍しつつ、江戸の剣客もの、市井ものを中心に数々の人情時代小説を発表し、好評を博している岡本さとる。
二作目となる単行本『戦国、夢のかなた』は、大坂の陣の後に行方不明とされているキリシタン武将・明石掃部を主人公に据えた、胸熱くなる歴史エンターテインメントである。
歴史上の様々な伝説を贅沢に盛り込んだ、最新作の創作秘話に迫る!

岡本さとるインタビュー
岡本さとる×末國善己 (文芸評論家)

末國善己(以下、末國) 岡本さんはドラマや舞台の世界でも活躍されていますが、脚本や演出で培ったテクニックは、小説でも活かされているのでしょうか。

岡本さとる(以下、岡本) なかなか文学的な表現で勝負できないものですから、どうしてもエンターテインメントの方に行ってしまいます(笑)。人情的な話が多いのも、やはり芝居の影響ですね。

末國> 岡本さんの『花のこみち 戦国絵巻純情派』は、戦国ものなのに人情ものという異色作でした。今回の作品は、合戦あり、陰謀ありの直球の伝奇小説になっていました。

岡本> そうですね。勝手気ままに書いた作品ですから、色々な方面からお叱りを受けるんじゃないかと思っています(笑)。

末國> 舞台では、ドラキュラが関ヶ原の合戦にからむ『愛、時をこえて 関ヶ原異聞』などの伝奇ものをお書きになっていますが、やはり伝奇ものはお好きなんでしょうか。

岡本> 山田風太郎先生の作品などを読んで育ってますから、伝奇小説に憧れはありました。「歴史に“もし”はない」と言われます。ただ「この人が生きていたら面白かったのに」とか、「この人をここで活躍させてみたい」ということを考えてしまうんです。

末國> この作品は、大坂夏の陣で死んだはずの明石掃部と真田大助が、仲間を集め島原の乱で徳川家に戦いを挑む物語です。大坂の夏の陣で明石掃部は行方不明になっていますし、真田大助は薩摩に落ち延びたともされています。こうした伝説が、物語にうまく盛り込まれていました。

岡本> 豊臣秀頼にも生存説がありますから、最期まで行動を共にした大助が生きていても不思議ではありません。たとえ一パーセントでも可能性があれば、それをほじくり出して書くというのが、小説家の一つの意義ではないかと考えています。

末國> 冒頭で、明石掃部と真田大助を助けるのが、坂崎出羽守でした。坂崎出羽守は、落城前の大坂城から、徳川家康の孫娘・千姫を救い出すエピソードしか知らなかったので、意外な人物像に触れることができました。

岡本> 明石掃部にキリスト教を薦めたのは、坂崎出羽守だったという説があるんです。出羽守は、千姫を救うために大坂城へ入っていますから、一番、大助を助けやすい人なんじゃないかと考えました。これはインチキなんですが(笑)、明石掃部が大助を出羽守に託したというのは、まったく可能性がない話ではありません。それと出羽守は、徳川家に従順なようで従順ではないんですよ。誰に対しても「いざという時は一命をかけて戦うぞ」という気概を見せているので、ある意味ものすごく面倒な人だったんです。だから出羽守は、「明石掃部は助ける。でも自分は徳川に付く」という割り切った考え方ができた。そこを明石掃部は信じていたと思います。

末國> 前半は、明石掃部と真田大助が、仲間を集めるため旅をします。その中には、自分は死んだことにして参加する福島正則もいますし、忍城の攻城戦で有名な甲斐姫、豊臣秀頼の娘で、鎌倉の東慶寺に入った天秀尼など、歴史小説好きならニヤリとする人物も多く楽しかったです。

岡本> ?をつくなら、ムチャクチャやろうと思って書いていました(笑)。ただ、天草の乱で、千成瓢?の印が上がったという伝説が残っていますし、天草四郎が豊臣家の人間ではないかというのも昔からある話です。豊臣家の再興を考える人間なら必ず天秀尼に接触したいと思うはずなので、それを助けるのが戦国時代を代表する女傑の甲斐姫なら、説得力があると考えました。実際、甲斐姫は、東慶寺で天秀尼の世話をしていたという説があるんです。微妙に?がっているところもあるので、史料を自分なりに解釈して書いていきました。展開がどんどん派手になるのは、書き出したら止まらなくなったからです(笑)。

末國> 天草四郎の正体も意外でした。四郎の前半生はよく分かっていないので、使い勝手が良いキャラクターだったように思えるのですが。

岡本> 四郎は、益田家の子供とか色々な説がありますが、それでもはっきりしていません。キリシタンは、四郎を天から降ってきた人だと信じていた。十五、六歳で総大将になるわけですから、相当にカリスマ性があったはずです。それを踏まえて、話を膨らませました。

末國> 冒頭は海賊と戦う海洋冒険もの、中盤は仲間集めになりますが、その中に真田大助のラブロマンスが織り込まれていました。島原の乱が始まると迫力ある合戦が続くので、エンターテインメント時代小説の要素が全部入っていたといっても過言ではありません。

岡本> 自分はやはり、エンターテインメントが好きなんですね。だから歌舞伎、新派、新国劇、松竹新喜劇……色々な芝居の要素をすべて放り込みたいので、人情ものを書いても必ず立ち回りがあります。今回も、活劇だけだとつまらないので、恋愛を入れて、最低限でも歴史の情報を入れておけば、歴史好きの読者に「この話を、ここに持ってきたか」と喜んでもらえるのではないかと考えて、色々な要素を入れました。最初をミステリーっぽくしたのは、登場人物の背景が少しずつ分かると、改めて人物紹介をしなくても物語に入っていけると考えたからです。

末國> 島原の乱は、立花宗茂や宮本武蔵が参加していて、オールスターキャストが揃っている戦国“最後の戦い”と呼ぶに相応しいことが実感できました。

岡本> テーマは読まれた方の想いに委ねたいと思いますが、一つあるとしたら、戦国時代に何か忘れてきたものを、島原で取り返したいという男たちの話かなと思うんです。それで考えたのは、幕府軍の総大将になった松平信綱の立ち位置です。島原の乱は、信綱にとって最初で最後の戦場でした。戦国時代を知らない世代の信綱は、事態を客観的かつ冷静に見つめていて、老人たちが始めた祭りを祭りとして終わらせようとした。こうした人物を出すことで、戦国時代の終わりを象徴的に描いてみました。

末國> 一度敗れた男たちが再起する物語は、読者も勇気がもらえるような気がしました。

岡本> そうですね。僕は『ビッグ・ウェンズデー』という映画が好きなんです。若き日にビーチでスターだったサーファーたちが、年をとっていく。でも「ビッグ・ウェンズデー」という伝説の大波が来ると聞いて、既にいい年になっているのに、サーフボードを持って集まって大波に挑んでいくんです。実は今回の作品は、その戦国版を意識していました。大波の「ビッグ・ウェンズデー」が島原の乱で、そこに集まってくる人間模様を書こうとしたのです。

末國> この作品では、島原の乱は単なるキリシタン一揆ではなく、松倉家が圧政を行ったので、仕方なく立ち上がる展開になっていました。そのため四郎たちが、松倉家を圧倒し、救援に駆けつけた幕府軍とも渡り合う終盤は痛快に思えました。

岡本> 司馬遼太郎先生は、歴史の中で松倉重政ほど悪辣な者はいないと書かれていたと思います。圧政の史料は残っていますから、エンターテインメントの定番の“巨悪”を作ることができました。敵が悪辣であればあるほど、それに立ち向かう人たちの物語は、読者を爽快な気分にします。

末國> 岡本さんは、これまでの時代小説で、一対一や少人数の戦いは書いてこられましたが、今回のような合戦シーンは初めてではないでしょうか。実際に書いてみて、いかがでしたか。

岡本> 結局、剣豪の立会いも合戦も、書いていると同じようになるんです。戦いにどう勝つかというパターンは、どちらもそれほど多くありません。時代劇でも、西部劇でも、主人公が勝つに決まっていますから、相手がどこにいるか、どの状況で戦うのかを考えるのが工夫なんです。作家は、人を斬ったことも、合戦で総大将を務めたこともありません。それが勝手なことを書くわけですから、パターンを組み合わせたり、武将がどう考えたのかを想像したりしながら、こんな展開になれば面白いかなと、無い知恵を絞りながら書きました。

末國> この作品は、「負けた人間が頑張る」物語なので、敗者に対する優しさがありました。そんな中、宮本武蔵だけは、手厳しく批判されているような気がしたのですが。

岡本> 批判はしてないんです。武蔵は、関ヶ原の合戦も、大坂の陣も経験していますから、島原の乱に行った時も周囲の期待は大きかったと思うし、自分も十分に戦えると考えていたはずです。ただ武蔵は一介の武芸者としてではなく、福島正則や立花宗茂のように千軍万馬の兵を率いて戦いたかったのではないかと思っています。だから憧れていた福島正則らの前に出ると、一対一の決闘をしていた時のような覇気はなく、可愛くなってしまう。武蔵ファンには怒られるかもしれませんが、そういう男社会の意地とか見栄に翻弄される武蔵を書いてみたかったんです。

末國> まさに武蔵は典型ですが、本書は、戦国時代の生き残りが、島原の乱で最後の一花を咲かせようとする物語なので、「晩年をどのように生きるべきか」を考えさせられました。

岡本> 老人でもカリスマ性があって、いるだけで凄いという人がいます。今回の作品でいえば、島原の乱の鎮圧に出てきた立花宗茂、水野勝成ですね。そういう人が怖いのは現代も同じで、カリスマ性という点においては、角川春樹社長のように、常人とはまるで違う凄みと迫力が、オーラとなって放たれている方がいます。ただ反対に悲劇もあります。最初に島原の乱の鎮圧を命じられた板倉重昌は、戦国時代を知っているから選ばれたものの、一万五千石くらいの小大名なので、誰も命令を聞かない。重昌は最後に自殺的な死を遂げていますが、それは乱世を生き延びた者の悲哀かもしれないし、討ち死にしたことで武士として名を残したと見ることもできます。重昌は長く生きた割に華々しいキャリアがないので、活躍させたくなりました。

末國> 島原の乱は結末が陰惨なので、そこが心配だったのですが、いい意味で期待を裏切る終わり方になっていてホッとしました。

岡本> そうですね。徳川家も、最後には薩摩藩や長州藩の反撃を受けて滅びました。そこには歴史の流れがかかわっていますが、別の流れがあったらどうなるかを考えながら結末を書きました。それと、どこまでも戦う男たちの物語にしたかったというのもあります。

末國> 続編を期待させる終わり方のようにも思えたのですが。

岡本> それは考えていません。続編を書くと、義経=ジンギスカン説みたいになりますから。

末國> では、今後も伝奇小説をお書きになる予定はあるのでしょうか。

岡本> やってみたいと思っていますが、伝奇小説は非常に疲れるんですよ(笑)。目茶苦茶を書いているようですが、史料を踏まえてフィクションを作っているので時間がかかります。やはり文化文政の頃の江戸を書いているのが、一番気が楽ですね。

末國> 今後は、文庫書き下ろしと単行本を並行して書いていかれるのですか。

岡本> そうですね。どうしてもシリーズものが中心になりますが、それ以外も年に一冊くらいは挑戦してみたいです。単発ものは、自分にも刺激になりますから。今後は、いつも書いている江戸ものだけではなく、それ以外の時代も書いてみたいです。

岡本さとる(おかもと・さとる)
1961年大阪府生まれ。立命館大学卒業後、松竹入社。松竹株式会社90周年記念新作歌舞伎脚本懸賞に『浪華騒擾記』が入選。その後フリーとなり、『水戸黄門』『必殺仕事人』などのテレビ時代劇の脚本を手掛け、現在も数多くの舞台作品にて脚本家・演出家として活躍する。2010年小説家デビュー。主な作品に「剣客太平記」「新・剣客太平記」「取次屋栄三」「居酒屋お夏」の各シリーズ、『花のこみち 戦国絵巻純情派』がある。
聞き手:末國善己(すえくに・よしみ)
1968年広島県生まれ。明治大学卒業。専修大学大学院博士後期課程単位取得中退。時代小説やミステリー小説を中心に、文芸評論を執筆している。おもな著書に『時代小説で読む日本史』『夜の日本史』などがある。『山本周五郎探偵小説全集』『岡本綺堂探偵小説全集』『龍馬の生きざま』『花嫁首 眠狂四郎ミステリ傑作選』など、全集やアンソロジーの編者としても活躍している。
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