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特集:山口恵以子の世界

山口恵以子インタビュー

今日、さまざまなメディアで活躍する山口恵以子。
言わずと知れた元食堂のおばちゃんだ。
その経歴がタイトルにも生かされた『食堂のおばちゃん』から約1年。
新たに刊行された『恋するハンバーグ 佃はじめ食堂』は、「はじめ食堂」を舞台とする物語の第2弾だ。描かれるのは、美味しい料理と心温まる人々の触れ合い。
作家としての充実をみせ多忙を極める著者に、人気作誕生の舞台裏や創作の原点を伺った。

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『恋するハンバーグ』は、「はじめ食堂」を舞台とする物語の第二弾です。前作『食堂のおばちゃん』では店を切り盛りする嫁の二三と姑の一子が主人公でしたが、今作はその一子と夫・孝蔵が主人公で、設定も昭和40年と時代を遡る形になりました。

山口恵以子(以下、山口) 第二弾ではありますが、エピソードゼロなんですね。実は、『食堂のおばちゃん』を共同テレビ元社長の山田良明さんに読んでいただいたところ、この続きではなく、最初の物語、一子さんと孝蔵さんがはじめ食堂を始める物語が読みたいとおっしゃってくださったんです。角川春樹社長からもはじめ食堂を作る話を書かないかというお話をいただきました。プロデューサーとして優れた目を持つお二方が、奇しくも同じことをおっしゃった。目のつけどころが違うんだなぁと思いましたね、私には続編などの考えはありませんでしたから。

『食堂のおばちゃん』は心温まる人情小説です。スリルとサスペンス、そしてドラマティックな盛り上がりというそれまでの作品とはがらりと異なるものとなり、反響も大きかったようですね。

山口> 私には食堂で働いていた経験がありますから、登場人物が決まっていくとそれだけで大きな枠のようなものが出来上がり、あとはエピソードの小石を投げ込むと、波紋が広がるようにどんどん物語が進んでいく感じで。自分でも楽しく書くことができました。おかげさまで、この作品が一番好きだと言ってくださる方もいて。

はじめ食堂が近所にあったら絶対に行きたくなります。そのはじめ食堂は、そもそものスタートは洋食屋。今作で描かれる洋食屋としての日々には時代のおおらかさと色合いが漂い、作品にも一層の優しさを感じます。

山口> はじめ食堂が出来た昭和40年というのは、洋食屋さんがいろんな街に出来た時代なんですね。その前年には東京オリンピックがあって、選手村の食事を作るために、帝国ホテルのシェフだった村上信夫さんが料理人たちに洋食作りの練習をさせたそうです。そんな彼らが故郷へ帰って洋食屋さんを開き、普通の人々も洋食を食べに行く機会が増えた。洋食がぐっと身近になった時代背景を重ねることができたかもしれませんね。

それが前作から実にスムーズな流れで繋がっている。意図していなかった第二弾と聞くと驚きです。

山口> 『食堂のおばちゃん』はラストがどうなるのかわからないまま書き進めるうちに自然と孝蔵さんの若い頃の話になっていました。そこである程度のイメージは出来ていたので、新たな物語となっても、それほど苦労することなく進められましたね。ただ、今回はプロの料理が出てきますので、そこは勉強も必要で。前作の料理は私が食堂のおばちゃんだった頃に実際に作っていたものが中心でしたけど(笑)。

美味しそうな料理がたくさん出てくるのも、この作品の魅力ですね。レシピが載っているので作ってみたくなります。

山口> 私、いつも何十人分と作っていたので少人数の加減ができなくて。みなさんがお作りになる際は分量にお気を付けくださいね(笑)。

もうひとつの魅力が登場人物です。中でも孝蔵は、高倉健ばりのルックスに男気溢れる言動の持ち主で、読んでいてきゅんきゅんしてしまいました。もしかして山口さんの理想の男性像ですか?

山口> それはありますね(笑)。でも私、孝蔵さんのお弟子さんになる亮介君みたいな素直で純朴な男の子も好きなんですよね。

そうした個性が物語に広がりを与えていますね。生き生きとした人物描写はどうやって生まれるのでしょう?

山口> 最初にあるのは2、3行のアイデアだけ。登場人物の輪郭は書き進めていくうちに出来上がっていくんです。キャラクターが固まっていくと不思議なもので彼らが動き出して、いろいろなエピソードを紡いでくれます。そして芝居をしてくれる。

山口さんが動かすのではなく?

山口> ええ、勝手に動くんですよ。だから今回も、まさかあんな話になるなんて予想もつかなかった、なんてことがあって。筋立てに苦労はしていないんです。本当にみんながいい芝居をしてくれたんで、私はただそれを一生懸命書き取りましたという感じ。そんな彼らの芝居を楽しんでもらえたら嬉しいですね。

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それでも物語を書いて生きていきたい

作品から離れ、山口さんの創作の原点について伺いたいと思います。少女漫画家を志し、プロットライターとなり、そして作家としての今日まで、根底に変わらずにあったのは「物語を書きたい」という思いだったとエッセイなどで振り返られていますが、物語を書くようになったきっかけは?

山口> 気が付けば、お気に入りの漫画や小説、ドラマなどでサイドストーリーを作ってましたね。幼稚園の頃はボンカレーで有名な松山容子さんの「琴姫七変化」という時代劇が大好きだったんです。徳川家のお姫様なんですけど、暴れん坊将軍のようにあっちゃこっちゃ行って事件を解決するのがカッコよくて憧れて。お友達になりたい、お近づきになりたいという思いで話を作っていた記憶もありますねぇ……。空想や妄想の世界ですが、女の子ってお姫様ごっことかしますでしょ、それですよ。

漫画はまさに妄想を掻き立てますよね。

山口> 以前、「人生に影響を与えた作品を教えてください」というアンケートで『ベルサイユのばら』『ポーの一族』『エロイカより愛をこめて』と答えたら、漫画はやめてくださいといわれ、ムッとしたんですけど。だって、本当にこの三作品からは影響を受けたんですから。

作家としての執筆活動にも?

山口> もちろんです。『ベルばら』からはドラマティックな展開を、『ポーの一族』からは幻想的で壮大な物語という構成、そして『エロイカ〜』からはスパイアクションとしての面白さとユーモアを。みな私の中で生かされています。

あえて伺いますが、小説ではいかがでしょうか。

山口> 青春時代では、ダフネ・デュ・モーリアの『レベッカ』とマーガレット・ミッチェルの『風と共に去りぬ』ですね。いずれも最初に読んだのは12歳くらいですが、20歳前後、40歳近くでも読み返しています。名作といわれる作品のすごさは、読む年代で新しい発見があることですね。アガサ・クリスティも大ファンで、やはりすごく影響を受けました。ストーリーテリングのうまさに加え、人生についての考察も深い。『杉の柩』を読むとそれを強く感じます。

大人になってからは?

山口> 小説家を志してから、改めてびっくりしたのは藤沢周平の『又蔵の火』です。最高傑作は『蝉しぐれ』だろうし、面白いのは『隠し剣孤影抄』だと思うんですが、私は『又蔵の火』が大好きなんです。本来は同情に値しないはずの主人公の又蔵ですが、読んでいくと可哀想で可哀想でたまんなくなっていくんですよ。そこまでの思い入れをさせてしまうのはなぜか。文章力だと思うんです。コーネル・ウールリッチの『喪服のランデヴー』も同じですね。何度か映像化されていますが、全部失敗しちゃう。文章がなければ成立しない世界だからですよ。『又蔵の火』もそう。藤沢周平ってすごいなぁと、しみじみ感嘆いたしました。

文章だけで読者を引きつける作品を書くことは作家冥利に尽きますね。

山口> そうですね。みんなにそっぽを向かれるような主人公を最終的には涙なくしては読めないものに仕立て、共感と同情を集めるような話をいつか書きたいなと思います。

それが今後の目標でもありますか?

山口> 今の夢は書き続けることです。作家として注文が来なくなったらまた食堂で働こうと思ってますけど、それでも物語を書いて生きていきたいですね。

山口恵以子(やまぐち・えいこ)
1958年生まれ。早稲田大学文学部卒。2007年『邪剣始末』でデビュー。13年、丸の内新聞事業協同組合の社員食堂に勤務するかたわら執筆した『月下上海』で第20回松本清張賞を受賞。ほかの著書に『あなたも眠れない』『あしたの朝子』『熱血人情高利貸 イングリ』『食堂のおばちゃん』などがある。

特集:平岡陽明の世界

平岡陽明『ライオンズ、1958。』インタビュー

戦後の日本を象徴する伝説の野球チーム・西鉄ライオンズと、そのスター選手である大下弘──。
著者はなぜ、彼らを描くことにしたのか。文芸評論家・西上心太が聞く。

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記念すべき初の著書ですが、この作品を書くことになったきっかけを教えて下さい。

平岡陽明(以下、平岡) 学生時代はあちこちの文学賞に投稿をくり返してきたのですが、二〇一三年に第九十三回オール讀物新人賞を頂きました。受賞作「松田さんの181日」と、その後同誌に掲載されたプロゴルファーが主人公の短編を読んで下さった角川春樹社長から連絡があり、お目にかかる機会を得ました。その際に、スポーツの中で文学の背景になるのは、とにかく野球である、野球は文学になるんだと力説されました。君が書いたゴルフの世界では、野球のように国民全体の背景にはならないからと。それで時代を象徴するようなチームが登場する小説をということで、それだったら候補となるのはV9時代の巨人か三連覇時代の西鉄かな、と思いました。

他のチームのファンが怒りそうな気がしますね(笑)。

平岡> 私の中では、角川社長はたぶんその二チームが頭にあるのではと思って、じゃあ西鉄はいかがでしょうかと言ったら、「最初からそれを書いて欲しかったんだよ」と。

社長のお姉さんの辺見じゅんさんに『大下弘 虹の生涯』という名著があるので、西鉄に対する思い入れが強いのでしょうね。それにしても西鉄ライオンズ三連覇の時代ですからほぼ六十年前の話です。取材が大変だったんじゃないですか。

平岡> 知らないことだらけでした。しかし西日本新聞社の出版部から、西鉄のレジェンド本とかムックが山ほど出ていたので助かりました。

博多や北九州という場所の土地勘はあったのですか。

平岡> 妻が大分出身で、妻の父は三連覇の時期にどんぴしゃなんです。

団塊の世代のちょっと上くらいですか。ちょうど西鉄ライオンズの全盛期に子供時代を過ごしたのですね。

平岡> しかも九州大学出身なので、大学野球部のOBの方などを呼んでくれて、大下や稲尾がいかに凄かったかなど、全盛時代の話を聞くことができました。

博多が物語の中心になるので、方言から逃げるわけにはいきませんね。方言による会話が巧みな作家といえば、まず黒川博行さんが思い浮かびます。黒川さんもある賞の選評で、方言を生かした会話を書くのは難しいと仰っていましたが、ご苦労した点は。

平岡> 義理の父に福岡の方言の文法を教えてくれと言ったら、自然に話しているからセオリーがわからないと。私は語尾に「と」「たい」「ばい」を付けておけば博多っぽくなるかなと思って、適当に流して書いてました。あとで相談してみると、義父とその友人のおじさん三人組が、方言の表記について侃々諤々のやりとりをしてくれたらしく、膨大な量のメールが送られてきました。博多に限っても、町人町と黒田藩の侍言葉とではまったく違ってくる、これはいつどこの設定だなどと訊ねられました。ネイティブの人でもわからないことが多くて、うちのお爺ちゃんはこう言ってたが、この場合だと判断がつかないとか。語尾にしてもみんな感覚で入れるから、それぞれニュアンスが全然違ってくるらしいのです。

読んでいてまったく不自然さを感じませんでした。

平岡> 博多ネイティブの方はどう仰るかわかりませんが、そう思って頂けたなら一安心です。博多弁の教科書みたいなものがあればよかったのですが、どうやら一切出ていないらしいことが判明しました。

会話も大変でしたでしょうが、プロットが固まるまでも苦労されたようですね。

平岡> 福岡なので、まず炭鉱のことを調べ始めたら面白くなってしまいました。またこの時期は炭鉱景気が終わるころでもあったので、ブラジルに移民した炭鉱労働者も大勢いたんですね。そちらも調べたらまたまた面白くなってしまって、初稿は炭鉱・ブラジル・西鉄ライオンズという三題噺のようなテーマにしましたが、めでたく没(笑)。第二稿は新聞記者の話で書き進めて、最後の方だけにちょこっとヤクザの田宮が出てくるストーリーでした。二百枚ほど書いて、自分でもちょっと違うなと思っていたところ、担当者の方からも田宮の方が魅力があるので、最初から登場させて作り直したらどうかとアドバイスを頂きました。新聞記者を語り手にしないと話が進まないし、それならジェフリー・アーチャーの『ケインとアベル』じゃないですけど、記者とヤクザを最初から交互に出して進めていこうと決めました。西鉄の話は調べればいくらでも書けるのですが、任侠の世界もからんでくるので、『ゴッドファーザー』的な展開を入れることにしました。

新聞記者の木屋が親しかった西鉄の元二軍選手が、足抜けさせた娼婦とともに姿をくらませるのが発端ですね。その行方を捜すため、兄貴分に命じられた田宮が、嫌々ながら木屋の元に現れます。戦死した木屋の兄と田宮との思わぬ関係などがからみ、二人は友情を抱くようになります。まだ戦争の傷跡が残っている時代ですし、特に一つのボールをめぐるエピソードは実に巧みだと思いました。

平岡> 実はこの作品の前に松本清張賞の応募作として二本の長編を書いてみたのですが、予選落ちでした。とにかく短編と勝手が違うし、書き方が全然わかりませんでした。本書も何度書き直しても手応えがなく、概念で描写しているだけで、一生書き上がらないのでは? と思ってました。そういう時に木屋と田宮が貧乏くさい飲み屋で酒を呑むシーンを書き加えました。その時に二人の想いが通じ合う感触を得ることができて、初めて二人のキャラクターに血が通ったと感じました。

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「時代を象徴する選手はなんと言っても大下であると、当時を知る方全員が同じことを言っていました」

二人の友情の背後では、田宮の組の抗争があり、ライオンズもペナントを激しく争っています。一九五八年の三連覇の年は、シーズン終盤に十一ゲーム差をひっくり返し、日本シリーズでは三連敗四連勝で日本一になるなど、あらゆる奇跡が詰まった一年でした。特にホーム最後の試合となる第五戦は、ピッチャー稲尾の一人舞台になりましたね。

平岡> 第五戦が平和台球場で行なわれている時に、物語の方もクライマックスを迎えるという構想が浮かびました。試合の決着が劇的だったので、それに引きずられたんですね。

物語の背後には常に西鉄ライオンズが、その中でも大下弘という、それこそ戦後の世相に、ホームランという希望の虹を架けた選手の存在があるのがこの作品の肝ですね。辺見さんの著書で大下弘のファンになった身としては、たまりませんでした。女性にとにかくもてて、若い選手の面倒見が良く、子どもたちも大変に懐くし、大下自身も子どもたちを実によくかわいがる。子どもたちとの交流シーンは読んでいて胸が熱くなりました。戦後最初のスター選手であったことは当然ですが、ひょっとして長嶋選手を超える最大のスター選手でもあったのではないでしょうか。

平岡> 三連覇のころは怪我もあって成績は衰えていましたが、大下がいなければライオンズという三連覇を達成したチームはできなかったでしょう。最初は稲尾をフィーチャーしようと思いましたが、時代を象徴する選手はなんと言っても大下であると、当時を知る方全員が同じことを言っていました。

若い人には自分が知らない時代の話でも臨場感たっぷりに読めますし、年配の方にとっては当時を思い返して「俺たちはあの場所に、あの時代にいたんだよ」という感慨に耽りながら読めますね。

平岡> 方言も含めて知らないことだらけで、なんだか歴史小説を書いているみたいな気分でしたが、そのように受け取っていただけるとありがたいです。

平岡陽明 (ひらおか・ようめい)
1977年5月7日生まれ。慶應義塾大学文学部卒。出版社勤務を経て、2013年、「松田さんの181日」で第93回オール讀物新人賞を受賞。東京都在住。
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