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今野 敏 の世界

大学在学中に作家デビューして、昨年、作家生活40周年を迎えた今野敏。デビューの後、第10回角川春樹小説賞を受賞した『童の神』で、第160回直木賞候補ともなった今村翔吾。角川春樹小説賞の選考委員とその受賞者という立場を超えて、出版不況の中を作家として生き残っていく方策、また創作の手法について語り合っていただいた。

特別対談 今野 敏 × 今村翔吾

今村さんは『童の神』で第10回角川春樹小説賞を受賞され、第160回直木賞候補にもなりました。今野さんは角川春樹小説賞の選考委員のおひとりです。改めてこの賞について伺います。

今野敏(以下、今野)> まず、自分の名前を冠した小説賞をまだ生きているのに作っちゃうのがすごいですよね(笑)。その角川春樹社長と北方謙三さんと俺が選考委員なんだけど、この三人、好みがばらばら。意見が分かれると思うでしょ? いやいや、全員一致することが多い。『童の神』も満場一致。だから、今村さんには期待しているんです。

今村翔吾(以下、今村)> その言葉を聞いて、ますます生き残らなあかんなという思いが強まりました。僕だけじゃなく、これまでの受賞者は皆そう思っているでしょう。受賞は何百という作品を乗り越えてのことだと思うので、それを書いた人たちに、こいつに負けたんやったらしょうがないと思われるような作家にならな。その責任があると思います。

今野> でも、しんどいよね。今は本が売れないと言われているし、条件は厳しいかもしれない。だからこそ頑張ってもらわないと。小説賞というのは、だいたい十回が終わった時点で何人の売れっ子が出ているかで見ていい。春樹賞を盛り上げるためには今村だと思うわけですよ。

今村> うおっ、プレッシャー……。

今野> それくらい『童の神』は圧倒的でした。有名な酒呑童子や坂田金時といったオールスターを臆面もなく並べて書いちゃう度胸。大したもんだよね。それに、死に際もいい。俺ね、登場人物が死んじゃう物語って好きじゃないんだけど。

今村> 僕もあまり好きではないですね。書いているとつらくなります。

今野> なるべく殺したくないよね。っていいながらミステリー書いてるんだけど(笑)。必ず死体が出てくるけど、あれ、“死体役”なんですよ。

今村> わかります。発端の登場だけだと人格もないというか。

今野> そう。この年になると友人や知人の死に向き合うことがある。だけど、現実にあるからといって、小説の中でも死ななくてはいけないということではないと思う。小説って、作家が理想とするパラレルワールドなんだよね。そんな俺も新人のときは現実に引っ張られていたから、坂田金時なんて書けなかったはず。だから、すごいなぁと。しかも違和感なく我々の金時になってくれている。筆力だと思います。

今村> とてもありがたい言葉ですが……、この後どう落とされるんでしょうか。

今野> そのままよ、褒め殺し(笑)。売れたやつは一人一人潰さないとね。いい気にさせて、油断させていかないと。

今村> 怖っ!(笑)。

今野> でも、これほど興奮したのは本当に久しぶりでした。最近は他の賞も含めやたらと傾向と対策が取られていて、選考委員をしていてもつまらない。もっと無茶苦茶なものが出てきてほしいと思っています。

今村> そういう意味では、僕は素人だったと思います。誰に習うわけでもなく、ただがむしゃらに書いていただけでした。

今野> それでいいんじゃないかな。俺も習ったことないよ。

今村> 試行錯誤しながら書き続け、そこで得たこと、感じたことが血肉になっているのかなと思います。簡単に答えを与えてもらったらだめなこともあるんかと。あと、僕は滋賀に住んでいるんですが、書くということを考えた場合には適度な孤独も大切かもしれへんなと感じています。

今野> 群れてるようじゃ、作家としては生きていけないですよ。もし誰かに会いたいのなら、先輩に会いに行くといい。我々はそうでした。

今村> 僕、今野先生のサイン会に行きました。実はそこで学んだことがありまして。

今野> おっ?

今村> 迷うこともあると思うけど、とにかく書いて物語を進めることが大切と。枝葉なんて後でいくらでも直せるからとおっしゃっていたと思います。だから実際に詰まりかけたときは、話を進めることに集中するようにしています。

今野> 作家のタイプにもよるけど、今村君はそっちのほうがいいと思う。まずは頭の中にあるイメージを捕まえることが大切だから。ゲラであんまり直さないでしょ?

今村> 物語は直さないかもしれないですね。でも、描写の言葉とかは直しますよ。

今野> 描写か。警察小説ではしないんだよなぁ。

今村> 確かに。『炎天夢』を読ませていただきましたが、少なかったかもしれないですね。でも、女性のネイルについて書かれていたり、LINEも知ってはって、情報のアップデートをきちんとされている。今野先生、若いなぁと思いました(笑)。

さらにお二人に共通するのはシリーズものを執筆されているという点です。

今村> この「安積班シリーズ」は自分が警察署の中にいるような感覚になります。乾いた空気感とか人間関係とか、とてもリアルですよね。それにしても三十年ですか。これほど長期にわたって一つのシリーズを書き続けるなんて僕は想像できません。最初からその構想を持たれているんですか?

今野> というのもあるけど、そうじゃないのもある。『隠蔽捜査』は一回こっきりのつもりでした。その前に書いた『ビート』はすごく力を入れて書いたのにぜんぜん売れなくて、これがだめなら何やったって同じだと肩の力を抜いたの。

今村> えっ、それがあんなに続くんですか。ますます想像できない。僕は結末を決めてシリーズを書き始めるんです。ぼんやりですが、こんな終わり方にしたいというのがあって。

今野> 俺は決めてないよ、結末。

今村> 犯人も決めてないんですか?

今野> 決めてない。いや、大まかにこいつにしようかなというのはあるけれど、布石を打っているうちに、どう考えてもこっちを犯人にしたほうが面白いってなると、振り返って齟齬がないか調べて、拾える布石があれば拾って。そうすると、あたかも最初から考えていたかのように、物語ができる。すごいどんでん返しですねなんて言われるけど、当たり前だ、俺だって知らなかったんだから(笑)。

今村> 道理で面白いわけだ(笑)。今、二十シリーズくらい持たれているそうですが、中にはしばらく書いてないというのもあると思います。書かなあかんなと思うことはないですか?

今野> あんまりないかな。いつか書きたいとは思うけどね。

今村> その余裕が僕にもほしい!

今野> それはさ、四十年も続けてれば……。

今村> 怖いんですよ。作品を出し続けないと忘れられてしまうのではないかと。風邪をひいて数日執筆を休んだだけで不安になってしまうんです。

今野> 怖いのは当然。俺だって連載を始めるときは怖い。ちゃんと終えられるのかと思うから。

今村> 今野先生でもいまだに怖さがあるというなら、それはきっと消えへんのやな。

今野> うん、消えない。作家の宿命だからしょうがない。

今村> その怖さと戦っていかないといけないんでしょうね。

今野> そう、その連続だよ。だから、辞めるなら今だよ?

今村> うわ、出た!(笑)。

それでも書き続ける。これもまた、作家の宿命でしょうか。

今野> 逆に言えば、怖かろうが、四十年ぐらいやれるってこと。好きならね。

今村> その思いは、一冊出すごとに蓄積されていく感じがします。あー、なんとしても生き残って、僕もいつか若い作家に言いたい、潰すぞって(笑)。

今野> 本気だよ! 冗談だと思ってるかもしれないけどさ。そういう気持ちなのよ、プロは。だってライバルだもん。手塚治虫さんは亡くなる直前まで若手のことをコテンパンに言ってたんだけど、悔しいんだよ、やっぱり。その気持ちはものすごくよくわかる。

今村> 僕にもありますよ。書店で平積みになっているのは誰の本なのか、売上ランキングはどうかと気になるし。同年代だと特に気になります。

今野> 大沢在昌ってのはデビューが同時期で年齢もほぼ一緒なんだけど、あいつは『新宿鮫』でどーんと売れて直木賞も取って。でもあいつがいたんで、悔しくってここまで来たというのもあるよね。へこんだときになにくそと思える存在がいるのは大きいよ。

今村> そうですね。でも今は、ライバルうんぬんの前にとにかく書くこと。二つのシリーズに一生懸命取り組まなくてはと改めて思いました。

今野> たまたまだけど、春樹賞の選考委員はめちゃくちゃ書く二人だしね。量って大事だと思います。三十代の頃、石ノ森章太郎さんに言われたんだけど、質なんて量を書かないと上がらないよと。以来、座右の銘にしています。

今村> はい、頑張ります。今日は勉強になりました。ありがとうございました。

今野 敏(こんの・びん)
1955年北海道生まれ。著書に「隠蔽捜査」「東京湾臨海署安積班」「ST 警視庁科学特捜班」シリーズなど。最新作『炎天夢 東京湾臨海署安積班』が、6月15日に小社より発売予定。
聞き手・今村翔吾(いまむら・しょうご)
1984年京都府生まれ。著書に第10回角川春樹小説賞受賞作で、第160回直木賞候補作にもなった『童の神』、「羽州ぼろ鳶組」「くらまし屋稼業」シリーズなど。最新作『秋暮の五人 くらまし屋稼業』が小社より発売中。

上田秀人「陽眠る」連載開始記念

令和元年五月十五日、主人公が親しみやすく面白いと大評判のシリーズ第七弾『日雇い浪人生活録 金の記憶』が上梓された。そして今月からは、本誌にて明治維新ものの新作「陽眠る」の連載がスタートする。これを記念して、これまでの「日雇い浪人生活録」シリーズを振り返るとともに、文芸評論家・細谷正充氏に、新連載への期待を寄せていただいた。

上田秀人が描く明治維新もの「陽眠る」に期待せずにいられない!

細谷正充

並木和也平成から令和になっても、上田秀人は絶好調だ。令和の一冊目となったのは、ハルキ時代小説文庫でお馴染みの、「日雇い浪人生活録」シリーズ第七弾『金の記憶』だが、これが面白すぎる。亡き大御所・吉宗の遺命により大改革を行おうとする田沼意次と、それに協力する江戸屈指の両替商の分銅屋仁左衛門。この分銅屋に月極で雇われた用心棒の諫山左馬介の活躍が、たまらなく楽しいのだ。その他にも多数の文庫書き下ろしシリーズを抱えており、超多忙な執筆生活を送っていると思われる。

しかし作者の創作意欲は、止まるところを知らないようだ。本誌の今月号から、骨太の歴史小説「陽眠る」の連載が始まったのである。主人公は、徳川海軍時代から榎本釜次郎(武揚)の片腕だった澤太郎左衛門。幕府軍艦の開陽丸と深くかかわった人物である。鳥羽伏見の戦いの後、榎本たちと共に徳川海軍を脱走すると、開陽丸の艦長となり蝦夷地に向かった。

おっと、いささか歴史を先取りしてしまった。少し引き戻そう。物語は鳥羽伏見の戦いに幕軍が敗れ、十五代将軍慶喜が江戸に逃げ帰る場面から始まる。慶喜をトップとした幕軍の指導者たちを江戸まで送ることになった、開陽丸副将の太郎左衛門だが、心中は複雑だ。実際に接した慶喜たちの姿に、失望せざるを得なかった。

もちろん失望したのは太郎左衛門だけではない。騒然とした江戸で、釜次郎も独自に動いていた。また、太郎左衛門や釜次郎とは、長崎海軍伝習所以来の付き合いである勝海舟も、慶喜に隔意を抱きながら、徳川家を守るために奔走している。そんな勝から太郎左衛門は、新政府軍への圧力とすべく、海軍を品川沖から動かさないよう頼まれるのだった。

というのが第一回の粗筋だ。太郎左衛門や開陽丸の運命は、ネットで検索すれば簡単に分かる。あるいは太郎左衛門を主人公にした安部龍太郎の『幕末 開陽丸 徳川海軍最後の戦い』で、ご存じの人もいるだろう。だが、分かっていても、これからのストーリーがどうなるのか期待せずにはいられない。それは作者が太郎左衛門と開陽丸を通じて、何を表現しようとしているのか、気になってしまうからだ。

現時点では想像の余地が大きいが、作者の狙いを語ってみよう。鍵となるのは、二〇一六年に刊行された『竜は動かず 奥羽越列藩同盟?末』(講談社)だ。幕末の動乱を駆け抜けた悲劇の仙台藩士・玉虫左太夫の生涯を描いた大作である。

妻の死を切っかけに、仙台藩を捨てた左太夫。幕末の江戸で苦労を重ねながら、しだいに存在を認められるようになる。そして縁あって、遣米使節団の正使である外国奉行・新見豊?前守の随員となり、アメリカを始めとする世界≠見ることになった。まさに藩という壁を飛び越えたからこその快挙である。しかしその後、彼は藩に帰参。世界を知る唯一の仙台藩士として、京の都に派遣される。江戸で仲を深めた坂本龍馬との再会など、楽しいこともあったが、身分の低い左太夫は思うように動けない。やがて戊辰戦争が起こると、奥羽越列藩同盟に理想を託して奔走するのだが……。

頑迷固陋な仙台藩の方針に加え、自らも武士という概念と身分制度に囚われ、当代随一の知識を生かせなかった左太夫は、時代の敗者となった。一方、釜次郎たちと共にオランダに行き、やはり世界を知った太郎左衛門も、時代の敗者となる。開陽丸のたどる運命は、その敗北の象徴といっていいかもしれない。このように『竜は動かず』と「陽眠る」は、重なり合う部分があるのだ。

それに加えて注目したいのが、作者が一貫して追求している作品のテーマだ。あるインタビューで作者は、

「継承というのは日本人が本気で考えないといけないところに差しかかってきていると思います。(中略)自分なりに考えた継承を軸に書いていきたい。どこかで変わるかもしれませんが、しばらくは僕のテーマはこれでいきたいと思っています」

と述べている。これに『竜は動かず』や本作を当てはめると、どうだろう。左太夫や太郎左衛門の敗北の背景には、より大きな徳川幕府の敗北がある。幕府という巨大な家≠フ継承が途絶えたとき、幕府側にいた武士はどうするのか。左太夫や、慶喜に失望しながらも、「徳川家は潰れぬ。潰させぬ。そのために海軍はある」という太郎左衛門の軌跡を通じて作者は、己のテーマを書こうとしているのではないだろうか。そこに上田秀人の描く幕末・明治ものの注目ポイントがあるのだ。

さらに澤太郎左衛門のキャラクターが、早くも魅力を発揮している。言動の端々から、自らの信念を曲げない、剛直な魂が窺えるのだ。作者は厳しい状況に置かれた主人公を好んで描くが、彼もそのひとりといっていいだろう。

と、あれこれ書いてきたが、勝手に想像している部分が少なくない。来月号から何が描かれるのか、作者にしか分からないのだから。でも私たちにも、断言できることがある。上田作品が、面白いということだ。だから物語の続きを、期待してしまうのである。

上田秀人(うえだ・ひでと)
1959年、大阪府生まれ。大阪歯科大学卒業。歯科医師。97年に「身代わり吉右衛門」で桃園書房主催第20回小説クラブ新人賞佳作、2010年に単行本『孤闘 立花宗茂』(中央公論新社)で第16回中山義秀文学賞を受賞。数多くの人気文庫時代小説シリーズの他に、単行本の書籍として『翻弄 盛親と秀忠』(中央公論新社)、『本懐』(光文社)がある。
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