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今月の特集

今野敏 | 山田宗樹 | 柳美里

今野敏 の世界

『暮鐘 東京湾臨海署安積班』
刊行記念インタビュー

〈東京湾臨海署安積班〉シリーズの最新刊『暮鐘』が刊行された。安積や村雨、須田などお馴染みの人物が各話で主人公となる連作短編集でメンバーの知られざる一面が明かされるなどファンを喜ばせるエピソードも描かれている。シリーズ開始から三十三年。今なお愛され続ける理由はどこにあるのか。執筆当初も振り返りながら、作品に込めた思いを今野敏氏に伺った。


〈東京湾臨海署安積班〉シリーズの最新刊『暮鐘』が発売されました。刊行作品として五百冊目になるそうですね。

今野敏(以下、今野)> そうなんですよ。文庫、新装版などを含めてではありますが、縁起のいい数字になりました。

安積班シリーズが節目を飾る作品となったことに、多くのファンも誇らしく感じるのではないでしょうか。さて、今回は連作短篇集ですが、印象的な章がいくつかありました。まず一つが「予断」です。居酒屋で鑑識の石倉係長が出したクイズをみんなで考えるというもので、なんと、事件が起こらないまま終ってます。

今野> これだけ付き合いが長いとね、事件なくても成立しちゃいますよね。あの問題、答えはすぐわかりました? 意外と考えさせる問題になってるかなと思うんだけど、簡単すぎると言う人がいたんだよね。

村雨や水野のように考え込んでしまいました。

今野> よし!

一方、今野さんらしいなと思ったのが「別館」です。様々な警備艇に加え、SATにSIT、SST、さらにはWRTが出てきて見本市のようでした(笑)。

今野> だって、そうしてやろうと思ってやってますもん。警察には特殊部隊がこれだけあるよって。船は海上保安庁の巡視艇も出してるし、ホント見本市。でもね、それは海が好きだからです。臨海署は警視庁で唯一船を持っている署です、別館に水上安全課があるから。安積はその別館に行くたびに嬉しそうなんだけど、あれ、俺が嬉しいんですよ。船に乗れるぞ、海に出られるぞってね。

安積の海好きの謎が解けました。また、「実戦」では黒木が剣道五段だと明かされていて、びっくりしました。

今野> 俺も今回書いていて初めて知りました(笑)。普通、剣道五段だと刑事課にはいません。そんな有段者だったら機動隊にいて、剣道特練というのをやることになるはずです。警察に詳しい人なら、剣道五段の黒木がなんで刑事課にいるんだってツッコミが入りますよ、きっと。

それで、黒木はずっと秘密にしていたということに……。

今野> 長いシリーズだけに、あの手この手をこちらも考えないといけないのでね。

今回の短編集ではそんなメンバーの意外な一面に注目ですね。前作『炎天夢』は長編で、交互に刊行されていますが、短編と長編はご自分の中でどのような棲み分けがあるのでしょうか。

今野> 特段、意識はしていませんが、短編は好きなんです。

どういうところが?

今野> 長編は起承転結つけないといけないですが、短編は“承結”だけで良かったり、“起承”だけでも成立する。その辺が面白いですよね。最近、短編の中で起承転結をつけようとする若い作家がいますが、あれはいただけない。つまらない短編になってしまいますよ。そのことは若い作家に教えてあげたいです。それとね、短編の良さはよりキャラクターに寄れることです。好きなんですよ、キャラクターが。

中でも個性的なのが須田です。それでいて、抜群のチームワークを誇る安積班の要でもある。

今野> 意外性ですよね。デブでのろまというと、普通はお笑い担当じゃないですか。それが他人とはちょっと違う見方をして、推理をしてしまう。最初から意外性を求めて作ったキャラクターです。でもね、確かに須田が要ではあるんですが、その陰にいる村雨がすごく頑張っているんですよ。みんな気が付いていないんですけど、村雨の気遣いって相当なもんなんです。

今回の「防犯」は、まさに村雨の気遣いが現れていましたね。

今野> あれ、書いたっけ? ちょっと前に書いたものって忘れちゃうんだよな。いやでも、村雨は侮れませんよ。

それにしても、長いシリーズになりました。

今野> 長いですね。初めて書いたのが一九八八年ですから三十年以上になります。

その間に次々と警察小説のシリーズを手掛けられ、現在は十タイトル以上。安積班シリーズと他のシリーズで違いなどはあるのでしょうか。

今野> 違いはないです。とはいえ、初めて書いた警察小説ですから特別感というのはあります。もともと警察小説が書きたかったんですよ。でも、当時書かせてもらえたのがこれだけだった。だから、書き始める時に決めたんです。安積警部補シリーズはライフワークにしよう。なにがあっても死ぬまで書こうと。この先もこの一つだけなんだと思っていたら、いつの間にか増えちゃった(笑)。こんなことになるとは思っていませんでした。

それだけ多くの作品を抱えていて、事件のネタで困ったりすることは?

今野> ないですね。警察小説というのは本格ミステリーとは違うので、事件そのものはどうでもいいと思ってるんですよ。書いているのは、事件に対して警察組織がどう動くか。そして、その中で起こる対立やあらわになる人間性ですから。

シリーズ第一作の『二重標的』を改めて読みましたが、この『暮鐘』の前の作品だと言われても違和感がなく、三十三年前に書かれたとは思えませんでした。

今野> 褒めたって、なにも出ないよ(笑)。でも、そう思ってもらえたのだとしたら、それは安積さんというキャラクターがいるからなんだと思います。警察小説が書きたかったと言ったけど、どうやって書いていいのかはわからなかった。それで、その頃大好きだったコリン・ウィルコックスのヘイスティングス警部シリーズを参考にして安積を書いたんです。オマージュと言えばカッコいいけれど、パクリと言えるくらい最初は引っ張られました。ただ、一作目を書いている途中から、完全にヘイスティングス警部とは違うキャラクターになり、安積剛志という一人の警察官が育っていった。だから、ここまで続けることができたと思っています。

しかも、一作目から今に至るまで、安積から受ける印象がほとんど変わらない。作品が褪せない理由のように思います。

今野> 最初の頃の安積さんと今の安積さんは自分の中でも同じなんですよね。これにはね、そう思う決定的な瞬間があったんです。安積さんは四十五歳ですが、書き始めた時、俺は三十代でした。やがて安積さんの年齢を追い越す時が来たわけだけど、その時に、今まで大人だと思っていた安積さんが子供に見えるかなと思ったんです。でも、そうならなかった。安積さんは変わらずに憧れの上司のままで。キャラのコアは変わらなかったんです。とはいえ、変化はありました。速水とのじゃれ方が子供っぽくなってきた(笑)。

確かに。安積が拗ねているような言葉遣いをしたり、二人の会話のシーンは楽しませてもらっています。

今野> 決して狙っているわけではないですよ。書く時は本当にそれぞれと会話していて、安積なら速水のこの言葉にどう答えるだろうか、それに対して速水はどう返すだろうかと真剣に考えていますから。

他の作品を読んでも感じることですが、会話を大切にされていますよね。

今野> お前の小説は会話が多い、シナリオかとよく言われるんですよ。自分で小説を読む時も地の文は飛ばしてしまい、会話を読んでいることの方が多いので、そういう小説になってしまうのかなと。

無駄なことは書かないと、たびたびおっしゃっていますね。

今野> 面倒くさがり屋なの、究極の。描写、嫌なんですよ。その代わり、とても大切にしていることがあって。リズムです。リズムから外れるものがあると書かない。地の文でもそう。ゲラをチェックした編集者が、例えば、「……いった。」が続いていますよと指摘してくれることがあるけど、だいたい直さない。なぜなら、俺が一番いいと思うリズムで書いているから。

直すとリズムも変わってしまいそうですね。

今野> 気持ちよくないんですよね。それに、最初に書いたものがリズムとしても一番いい。まぁ、いずれにしろ、書かなくてもわかるんだったら、書かなくてもいいじゃないですか。安積さんの顔の造作やヘアスタイルだって書いたことないけど、みんなが想像してくれる。それが書いている方としても一番です。

そのみんなを代弁させていただくと、早くも次回作が気になります。

今野> それ、「ランティエ」もすごくてね。俺が書きたいと言っている〈サーベル警視庁〉があるんだけど、安積班を書いたら書いていいよみたいな。バーターよ(笑)。だから、今、安積班の長編に取り掛かっています。

どんな内容か、出だしだけでも教えてください。

今野> また水上安全課が出てきます。警備艇「しおかぜ」も出てきます。しかも新型。これ、作品上のことではなく、本当に新型になっているんです。だから、この長編でも新型にしてあげました。安積も嬉しそうですよ。

インタビュー=石井美由貴

●新刊紹介

『暮鐘 東京湾臨海署安積班』 今野敏
江東区有明で強盗事件が発生。被害者は救急搬送されたが、病院で死亡が確認された。強行犯第一係の安積班が現場に向かい東京湾臨海署に捜査本部が立つことになった。いよいよ本格的な捜査が始まろうとしている矢先、犯人が自首してきたのだが、須田は納得がいかないようで―(第二話「暮鐘」より)。 ほか、「予断」「部長」「実戦」など、安積班に巻き起こる事件を描いた短篇集!東京湾臨海署安積班シリーズ最新作。
定価1870円(税込)
今野 敏(こんの・びん)
1955年、北海道生まれ。上智大学在学中の1978年に『怪物が街にやってくる』で「第4回問題小説新人賞」を受賞。卒業後、レコード会社勤務を経て専業作家に。2006年、『隠蔽捜査』で「第27回吉川英治文学新人賞」、2008年に『果断 隠蔽捜査2』で「第21回山本周五郎賞」、「第61回日本推理作家協会賞」を受賞。他の著書に『機捜235』『呪護』『清明 隠蔽捜査8』『捜査組曲』『潮流』『サーベル警視庁』『炎天夢』などがある。

山田宗樹 の世界

『存在しない時間の中で』>
刊行記念インタビュー

「この世界は何者かが作ったものだ」そんな投げかけから始まるのが、山田宗樹氏の最新刊『存在しない時間の中で』だ。宇宙には設計図があり、それを描いた何者かがいるという。にわかに人類を沸き立たせる〈神の存在〉。本書を読めば、誰もが今ある現実を疑わずにはいられなくなるだろう。著者はサイエンスを駆使した圧倒的なリアリティによる『百年法』や『代体』といったSFエンターテインメントの傑作で多くの読者を魅了してきたがそれらを凌駕するこの作品はどのようにして生まれたのか。創作の舞台裏を伺った。


すごいものを読んでしまったかもしれない。そんな思いが湧き起こる一冊でした。なんといっても設定に驚かされます。「この世界は何者かが作ったものかもしれない」なんて、SFとはいえ大胆すぎます。このビッグバンも吹き飛ばすアイデアはどうやって生まれたのでしょうか。

山田宗樹(以下、山田)> 五、六年前くらいから物理学に対する興味が出てきて、関係する本をちょくちょく読むようになっていたんですね。そこで「ホログラフィー原理」という言葉を見つけました。宇宙の本質は二次元平面上にあって、今、私たちがいる三次元の空間というのは幻影ではないか。つまり、この世界はホログラムのようなものかもしれないという考えです。これ、決してオカルトではなく、まじめに専門家たちの間で研究されているというんですね。強烈に惹かれました。

作中にも書かれていますが、まさか実際に研究されているとは……。

山田> もし本当にこの世界が幻影のようなものだとしたら、それこそ世界がひっくり返ってしまいますよね。小説に使えるかもしれないと思いましたが、そのままでは難しかった。そのうちに、数学と物理学の繋がりを説く文章に出逢いました。物理学の様々な現象が数式でことごとく表現できてしまうのはどういうことだ。あまりにも数学が出来すぎているじゃないかと書かれていました。面白い着眼点だなと。同時に、ホログラフィー原理と組み合わせれば、エンターテインメントに落とし込めるんじゃないかと感じたんですね。それで、本格的に小説にしてみようと思ったのがそもそものスタートでした。

その二つを結びつけてしまうのが理系作家といわれる所以ですね。あるインタビューで天文学者になりたかったと話されていましたが、物理学への興味もそこから?

山田> そうですね。宇宙について知りたいという思いから手にした本の中に『宇宙が始まる前には何があったのか?』というのがあります。宇宙に関する物理学の面白いエピソードなどが書かれていて、そこから興味が広がりました。今回の参考文献にも挙げているのですが、なかなか面白い一冊ですよ。

今伺ったお話が凝縮された物語の冒頭ですね。宇宙の始まりや仕組みについて研究している大学の研究機関(AMPRO)に謎の闖入者が現れ、ホワイトボード二十三枚にも及ぶ未知の数式を書き出す。その光景が映像のように浮かんできて、理系が苦手な私も何かが始まるわくわく感に引き込まれました。

山田> ありがとうございます。

ただ、その直後に数式の意味を解く数学と物理の理論が展開されていきます。案の定、あまり理解できず困ったなと思っていたら、「わけわかんないと思うけど、ちょっとだけ我慢してね」という文章が出てきて。登場人物の一人であるアキラの言葉ではありますが、山田さんからのメッセージかと思いました。わからなくても大丈夫と(笑)。

山田> まさにその通り。今回は設定上、専門知識も使わざるを得ないところがあります。S?Fに親しんできた人には問題ない程度だとは思いますが、私としてはS?Fを読んでこなかった人にも読んでほしいし、そういう読者を置き去りにすることだけは避けたかった。どうしたら置いてけぼりにせずに引き留められるか。それはかなり気を付けました。

途中何度か、ありますね。いずれも絶妙なタイミングで助けられました。

山田> わからなくても読み進めてもらえると嬉しいです(笑)。

そして、数式が示していたのが宇宙には設計図があるということだった。つまり、世界はその設計図をもとに作られたのであり、それを描いた何者かが存在することも示唆している。この何者かを作中では「神」という言葉で表現しています。『シグナル』では宇宙人に触れていますが、遂に神を降臨させましたね。

山田> 『シグナル』との繋がりは意識しておらず、純粋に、さきほどのホログラフィー原理や物理学のことをエンターテインメントに落とし込むとしたら、この設定なんだろうと。自然に出てきたんですよ。

しかも、その何者かと交信しようとする。とても山田さんらしい展開ですが、「クラウス実験」と呼ばれるこの交信によって、世界を作った何者かの存在が現実的になります。

山田> この世界が、宇宙の仕組みとしてそうなっているとしたら面白いですよね。

想像が追い付かず、ドキドキさせられました。物語もここから大きく動き出すわけですが、この実験の参加者の一人に莉央がいます。作品は、この莉央の日常の物語も同時に進行していきますね。

山田> このパートは、数学や物理に対して馴染みのない人に対しての息抜きというか、ちょっと読みやすいパートになればなと思い書き始めています。研究者たちだけだと、どうしても世間離れしたものになりがちなので、現実に引き戻すポジションを担ってもらいました。

数学や物理とは無縁の普通の女性ですよね。それでも、引き取った保護猫と暮らす彼女を通して、数式の意味を体感できたように思います。担う役割も、どんどん重要になっていきますし。

山田> 実は、後々どう絡めるかということはまったく考えていなかったんですよ。

莉央はやがて新興宗教と関わることになります。宇宙を作った何者かとの対比にも感じて面白かったのですが、そうしたことも書きながら考え付いたのですか?

山田> そうです。私もこうなるとは思っていませんでしたが、結果的にはいい感じで絡められたのではないかと思っています。

そのきっかけとなるのがクラウス実験から一年後。さらなる衝撃が訪れます。「十年後、宇宙を閉じる」というメッセージが神のお告げのごとく届けられるわけです。ただし、人間が自我を持つ生命体であることを証明できれば避けられるともあって。世界の終わりに対して、一人ひとりの生き方を問うような深い投げかけですね。

山田> それほどの意図はないんです。宇宙を作った何者かはたまたま知った人間という存在が、自分たちが期待する存在なのかが知りたいだけ。だったら、どういう問いを投げかけるのかというところから考え出したものです。また、本編でも書いていますが、それが本当に向こうの質問の意図を正確に復元しているかはわからない。なにせ彼らは十次元という世界に住んでいるわけです。世界が違う存在との通信というのは、そのくらい不確定性があるものだと思います。

この難問に対して、AMPROメンバーの一人である神谷春海は「自分たちの限界に対して正しく自覚的であること」という言葉を口にします。とても印象的なフレーズです。

山田> 私としてもこの言葉のチョイスは良かったなと(笑)。なかなか考えさせられるものになっているかなと思います。

正しく自覚的とは?

山田> 人間って、何かをするとき、つい思い込みとか先入観とかいろいろなものに影響されてしまうけど、そうではなくて、ちゃんと客観的に正確に自分自身を捉えることができるか。そんなイメージを持ってもらえたらなと思っています。

まさに思い込みや先入観が覆されるのがこの作品の面白さです。そして、人類は明確な答えが出せず、宇宙は終わりを迎えることになるのですが、うわぁ〜、こう来るかと。宇宙が閉じるとはこういうことなのかと驚かされました。

山田> 良かった! まさしく、うわぁーっと思ってほしかったんです(笑)。

足元がグラグラと揺れて、崩れ出すような感覚に陥ります。

山田> 読者にインパクトを与えるとしたら、ラストの第四部だと思っています。うまく機能してくれたら、半分成功したようなものかなと思います。

そのラストで感じた余韻がタイトルにも込められているように思います。

山田> これといったタイトルは思い浮かばないまま書き進めていました。ただ、第三部に入ってすぐ「存在しない時間の中で」という一節を書いたとき、妙に引っかかるフレーズだなと自分なりに感じていて。で、それまで書いた原稿を読み直しているうちに、この一文をいっそタイトルにしてしまったらいいんじゃないか。このタイトルならラストも締められるなと、なんとなくイメージできたんですよ。

もともとあまりストーリーを細かく決めずに書かれることが多いそうですね。

山田> ええ。プロットらしいものを作ることは作るのですが、すぐに使い物にならなくなるんです。書きながら、次はどうしたらいいだろうと考えて。その繰り返しです。

ということは、このラストも決まっていなかった?

山田> ええ。宇宙の終わりを具体的にどうするかは見えていませんでした。

驚きです。

山田> 私も驚きです(笑)。

面白いはずですね。作者自身予想していなかった結末なのですから。作品は物理学や数学の研究者という登場人物が多かったのですが、みな親しみやすさがありました。造形のヒントなどあったのでしょうか。

山田> 神谷春海は他人に対して手厳しく、仲間から〈歩く神罰〉と呼ばれていますが、彼女は物理学者で量子力学の研究で知られるヴォルフガング・パウリを少しイメージしています。パウリも他の研究者に対して辛辣な批判をすることで知られていて、神罰と呼ばれていたそうです。

物理学をかじったことがある人は、ピンと来るかもしれませんね。

山田> そうですね。ちなみに、莉央が猫に付けたエルヴィンという名前も物理学者のシュレディンガーから来ています。「シュレディンガーの猫」という思考実験で有名ですが、彼の名前がエルヴィンなんです。私の個人的な趣味でちょっとマニアックかもしれませんが。

そういった面も含めて、SFの醍醐味を存分に感じさせてくれる作品だと思います。それでいて、ジャンルを超えた刺激もありました。書き終えてご自身ではどう思われているのでしょうか。

山田> 自分の中でではありますが、新しいものに挑戦できて、それなりに手応えのあるものを世に出せることに喜びを感じています。この年齢でこれが書けた。自分はまだ終わっていないというのも確認できましたし、そういう意味でもとても嬉しいですね。

インタビュー=石井美由貴

●新刊紹介

『存在しない時間の中で』 山田宗樹
世界各国から百名以上の研究者や大学院生が集まり、宇宙の始まりや仕組みなどの疑問に答えるべく日夜研究に取り組んでいる天文数物研究機構。ある日、若手研究者たちが主宰するセミナーに謎の青年が現れ、ホワイトボード23枚に及ぶ数式を書き残して姿を消した。誰も見たことのないその数式には、人類の宇宙観を一変させかねない秘密が隠されていた。つまりその数式は、この宇宙、そして世界の設計図を描いた〈何者か〉が存在する可能性を示唆していたのだ。悪戯のように思えるこの不可思議な出来事は、日本だけでなく世界中23もの研究機関で発生していた。にわかに〈神の存在〉に沸き立つ世界。ほどなく人類は、〈神の存在〉にアクセスしようと試みる。そして、その日から現実は大きく変わることになる―。
定価1870円(税込)
山田宗樹(やまだ・むねき)
1965年愛知県生まれ。製薬会社で農薬の研究開発に従事した後、『直線の死角』で第18回横溝正史ミステリ大賞を受賞し作家デビュー。2006年に『嫌われ松子の一生』が映画、ドラマ化されて話題となる。2013年『百年法』で第66回推理作家協会賞を受賞。著書に映像化された『天使の代理人』『黒い春』などのほか、『ジバク』『ギフテッド』『代体』『人類滅亡小説』など多数。

小特集:柳美里『新版 窓のある書店から』刊行記念エッセイ

田口幹人

祖母が開業し、両親が後を継ぎ、僕にその本屋の襷が渡されたのが二十二年前の七月だった。奥羽山脈の山間地にある人口六〇〇〇人程度の小さな町にあった本屋だった。その地で本屋を経営していた約七年間は、苦楚の日々だった。今でもかつて住んでいた町の名を耳にすると痛みが込み上げてくることがある。抗い、もがき続けた日々は、僕の死で終わりを告げるはずだったが、運よくこの世に生き続けることになり、また本と向き合うことになったのは、副住職として同郷の寺を守っていた心友の言葉だった。死を選んだ人間が娑婆に戻ることの意味を静かに説いた彼の言葉は生きることに差向う勇気を僕に与えてくれた。

出版業界に身を置くようになり今年で二十八年目となる。この間、一冊でも多くの本を売るためにできることを考え続けてきた。一方で、ずっと考えていたことがある。「本屋」とはなんだろう、という問いだ。

様々な仮説を立てながら、街には本屋が必要だと言い続けてきたが、自分自身ストンと腹落ちする仮説を立てられずに本屋の現場を離れて三年が過ぎようとしている。毎日本に触れることのできない環境は寂しいが、本屋を別の角度から考えることができた三年だった。変わらずに考え続けたのは、やはり「本屋」とはなんだろう、だった。

二〇二〇年の春先、訪ねた本屋の店主が話してくれた。

「本は壁にぶつかったときや、何かに躓いたときに、誰にも打ち明けられないことを打ち明けられるものだと思っていて、そのために本を読むのだ。すごくハッピーなときには本は読まない。恋愛していてそれでいっぱいなときには、本を読む必要がない。ただ、行き止まり、行き詰まり、八方塞がりのときに本を開く。本は別世界への扉だと思っていて、無数の扉に囲まれて全部それが別世界に繋がっているという場所が本屋なのだ。こんなに扉がたくさんある空間はほかにない。だからこそこの地で本屋をはじめた。本屋は、可能性に満ちていると思う」と。

その本屋に向かう電車の中で読んだ本にこんな一文があった。

「人生は死によって閉ざされるのではなく、死が閉ざされた生を拡げるのではないか」と。

東京から電車で四時間の電車旅。車窓の風景は、ビル群から住宅街へと移り変わり、いくつかのトンネルを抜け、雪解けを喜び新芽という命の息吹を感じられる木々が目立つようになった頃、胸の奥に痛みが走った。かつて暮らした町とそこでの日々が蘇ってきたのだろう。この一文は、自分に向けられた言葉であるかのように僕の心に深く響いた。死が閉ざされた生を拡げてくれる。他者でも、自分自身であっても。

こんな一文もあった。

「本は、単なる商品ではありません。読者は、消費者ではないのです。(中略)自分の中に確かに存在するけれども、目では見えない『こころ』と出会うことができるような本を揃えます。良い本との出会いは、自分の『こころ』に触れることができるから」

そして、本についてはこのように続いていく。

「本は、扉を開ければ、そのまま異世界に通じたり、存在という事実そのものに立ち戻らせてくれたり、悲しみを明るく照らしたりしてくれます」と。

さらに、本を構成する言葉についての記述が続く。

「言葉が、言葉としての役割を最終的に問われるのは、自分と他者の不幸や不運に直面した時だ」と。

僕が訪ねた本屋は、言葉に傷つき、言葉に救われ、言葉の役割を絶えず問われる場所で、言葉と向き合い続けた店主の想いが詰まった本屋だった。

「本屋ってなんだろう?」という問いに対する僕の考え方をまとめる意味において、この本屋に足を運んだ意義は大きかったと感じている。

この度、『窓のある書店から』の新版が出版されるということで、真っ先に読ませていただいた。本書は、まさに僕が二〇二〇年に訪れた本の囁きに耳を澄ます本屋そのものだった。

書評ではなく、読んだ本を自分の内に取り込み、体内で消化し、自分のものとした後にリアルな生に触れた体験を言葉にして紡いだエッセイ集だった。書斎に隠って世界を窺うような作家になるのではなく、読書もひとつの体験にしたいと考えてきた彼女の想いの詰まった本屋のような本だった。

次回は、本書を読みながらまた電車に揺られあの本屋に行こう。

●新刊紹介

『新版 窓のある書店から』 柳美里
二十五年前、二十八歳の私は、まさか、自分が書店の店主になるとは想像だにしなかったはずだ……。言葉と深く向き合い、読み、書き、ともに生きる。作家・柳美里の血と肉になってきた書物とこころの遍歴。十本のエッセイを加え、装いも新たに登場。
定価836円(税込)
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