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佐々木譲 の世界

『笑う警官』にはじまる、210万部突破の大ベストセラー、道警シリーズ待望の最新刊『雪に撃つ』が刊行された。今回の舞台は、待ちに待った「さっぽろ雪まつり」。札幌最大のイベントを舞台に、チーム佐伯はどのような活躍を見せるのか? その読みどころに、評論家・西上心太氏が切り込んでいきます!

佐々木譲インタビュー

聞き手=西上心太


西上心太(以下、西上)> 前作『真夏の雷管』以来、三年ぶりとなる北海道警シリーズです。真夏から一転、さっぽろ雪まつり前夜の物語になりましたが、冬が舞台になるのは初めてですね。

佐々木譲(以下、佐々木)> 前作は夏なので、翌年の二月ということになります。これまで『巡査の休日』で六月のYOSAKOIソーラン祭り、『憂いなき街』で同じく六月のSAPPORO CITY JAZZを背景にした作品を書いてきました。さっぽろ雪まつりは、北海道で最大のイベントです。いつかは利用したいと思ってましたが、できるだけあとにしたいという気持ちがありました。派手なイベントなので、使い方を間違えると、それこそ雪まつりの情報ばかりが目立つ、観光映画っぽい小説になりはしないかという心配があったからです。雪まつりには中国や台湾を始め、雪を見たことがない東南アジアの観光客が大挙して押し寄せます。それで外国人が出てくることを前提に、雪まつりを背景にした最もふさわしい犯罪は何かを考え、そのアイデアがしっかり煮詰まってから手がけるつもりでした。

西上> 三日前の火曜日に、善意の一家に救われるベトナム人技能実習生のエピソードが、プロローグで点描されます。

佐々木> 『制服捜査』の中の「遺恨」でも中国人研修生が容疑者になる話を書きましたが、技能実習制度は、かつて北海道に多くあった、いわゆる「タコ部屋」よりも、国がお墨付きを与えているだけ問題がある制度だということは、作中でも触れています。

西上> 銃撃事件が起きる前に、福岡からやってきた男を札幌駅に迎えに行くシーンが挿入されます。福岡の男は札幌までずっと列車でやってきた。どうやら飛行機に乗れない事情がある。そして銃撃事件が起きる。読者の想像力を刺激し、緊張感を持たせるシーンでした。主なキャラクターを次々と登場させながら、自動車盗難、釧路からの家出少女、ヒットマン風の男、銃撃事件と、映画のような短いカット割りによる、たたみかけるような展開で一気に物語に引き込まれていきます。

佐々木> 一見関係なく見えた小さな事件が一本にまとまっていくのが狙いの一つです。短いカット割りも意識して書いています。

西上> 一作目の『笑う警官』から数えてこのシリーズも九作目になりますね。

佐々木> そもそも三部作のつもりでした。北海道警最大のスキャンダルになった「稲葉事件」のことがまだ公になる前に取材の過程で知り、それを取り入れたのが『笑う警官』でした。

西上> 上層部の意向に逆らい、射殺命令まで出された津久井を、「チーム佐伯」が救います。それが原因で二作目の『警察庁から来た男』から、佐伯は盗犯係に異動となり、それ以来ずっとそのままで、大きな事件には関わらせてもらえないという立場が続いています。

佐々木> 三作目の『警官の紋章』までは組織悪と個人の戦いという構図でした。そのころに角川春樹社長から、マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールーの「マルティン・ベック」シリーズのように、十作は続けようと発破を掛けられました。そこで四作目からは、警察小説で描かれる定番の事件を、一つ一つやっていってみようと考えました。ストーカーと凶悪犯、誘拐、人質立てこもり、覚醒剤をめぐる殺人、爆弾テロなどをテーマにしてきました。

西上> まさか十作目の次作が最後ではないでしょうね。

佐々木> 続けようと思えば、それ以上やっていける気はします。北海道全体で人口は約五百万人で、札幌には約二百万人が住んでいます。犯罪の多様性を考えると、札幌を舞台にした方が色々な事件を描けます。しかし札幌は基本的に中産階級の都市で、極端な貧困もないが、大金持ちもいない。皆さんサラリーマンなど普通の堅気なので、住人という観点からは多様性がないんですね。変わった気質の人間を書きたくても、札幌だとやりにくい一面もあります。

西上> 直木賞受賞作『廃墟に乞う』は、休職中の警察官が廃墟の炭鉱の町や漁師町、スキーリゾート地など道内の異なった土地で、依頼された事件を調べるという作品でした。

佐々木> 「刑事ヴァランダー」というテレビドラマがあります。ヘニング・マンケルの原作を全部は読んでいないんですが、スウェーデンの南端の小さな町が舞台なのに、国際的事件に拡がっていきます。ラトビアに行って007並みの活躍をしたり。『廃墟に乞う』を書いたのも、多様性を書きたかったからでした。北海道全域だと性格の違う人たちが住んでいる、性格の違う町がある。そういうこともあって、このシリーズをこのままの設定で続けるのがいいのか、ちょっと悩んでいます。

西上> 佐伯の昇進問題も最近の作品の中で触れられていますね。

佐々木> 警察官の読者から、これだけ優秀な刑事だったら警部になってないとおかしいと言われたんですよ。ただし警部に昇進すると現場から離れてしまう。優秀な刑事なのにしょぼい窃盗犯ばかり相手にしているという設定は、悪くないとは思っていますが。

西上> もし警部に昇進したら、どこか田舎の警察の刑事課の責任者として、札幌にいる小島百合や津久井と連携するようなストーリーも想像できますね。

佐々木> ロバート・B・パーカーにジェッシイ・ストーンという警察署長のシリーズがあります。確か最初はスペンサー・シリーズに脇役で出てきました。マサチューセッツにある小さな町の、部下がほんの数人しかいない警察の署長です。でもアメリカなので、小さな町でも色々な事件が起きるんですね。駐在警官・川久保のシリーズで似たようなことをやってみましたが、アメリカと違って犯罪のバリエーションを作るのが難しいですね。

西上> 『雪に撃つ』の話に戻りますが、北国の都会に降る雪の中の物語っていいですね。

佐々木> 雪が降ってくると現実性が消えていきます。雪まつりの風景や様子をうまく描写できれば、テーマを象徴的に浮かび上がらせることができると思って書いていきました。欧米にはクリスマスストーリーがありますよね。この種の話で一番大事なことは、小さな奇跡が起きるという点です。クリスマスだから許される小さな奇跡です。日本でいえばお盆小説でしょうか。亡くなった人が帰ってくる小説です。

西上> あ! あまり詳しいことはいえませんが、本書は悪い奴は逮捕されますが、ひどい目に遭うような人が……。

佐々木> この物語の年は違いますが、過去には雪まつりと春節つまり旧暦の正月の時期が重なることもありました。前夜祭のこの日を大晦日だとすると、クリスマスイブならぬ、春節イブに奇跡が起こる。その奇跡を描くのがこの作品のもう一つの狙いでした。

西上> そういえば佐伯の部下の新宮は、いつも合コンの最中に事件が起きて中座して、いい感じだった女性に振られてしまうという、シチュエーションコメディのようなシーンがこれまでに何度かありましたね。

佐々木> 新宮の合コンエピソードは、確かにそのような思惑で書いていました。でも新宮には合コンなどで彼女を見つけてほしくなかったという思いがありました。彼が彼女を見つけるのだったら、それは自分が働いている姿を見てもらった時だろうと。しかも相手も働いている最中で、互いに格好いい姿で出会うというシチュエーションを作りたかった。

西上> 新宮のプライベートな件も小さな奇跡の一つで、ほっとする心憎いエピソードでした。プロローグと、エピローグ的な土曜日のシーンを除けば、すべて雪まつり前夜祭である金曜日一日で、物語が始まり終わるというみごとな構成で感心しました。

佐々木> たった一日で収束する濃密なストーリーにできたのは幸運でした。これもまた「小さな奇跡」だったのかもしれません。

●新刊紹介

『雪に撃つ』
さっぽろ雪まつりを明日に控えた金曜日の朝の九時過ぎ。大通署の佐伯警部補は、雪が降りしきる中、部下の新宮昌樹巡査と自動車盗難現場に駆けつける。コーヒーを買うためほんの数分車を離れた隙に、キーを挿したままの営業車が盗まれたのだ。一方、生活安全課の小島百合巡査部長は、知人から相談を受ける。顧客の姪で釧路に住む女子高生が家出し、札幌に向かったらしい。複雑な家庭事情があるのを察した小島は、少女を保護するべく行動を起こす。そして機動捜査隊の津久井卓巡査部長は、郊外の住宅地の路上で起きた発砲事件現場に臨場する──。
本体1600円+税
佐々木譲(ささき・じょう)
1950年北海道生まれ。79年「鉄騎兵、跳んだ」でオール讀物新人賞を受賞。90年『エトロフ発緊急電』で山本周五郎賞、日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞、 2002年『武揚伝』で新田次郎文学賞 、10年『廃墟に乞う』で直木賞、16年に日本ミステリー文学大賞を受賞。著書に『ベルリン飛行指令』『警官の血』『沈黙法廷』『抵抗都市』『図書館の子』『降るがいい』、絵本『サーカスが燃えた』など多数。
聞き手:西上心太(にしがみ・しんた)
1957年東京生まれ。早稲田大学法学部卒。在学中はワセダミステリクラブに所属。いつのまにか書評や文庫解説など、お仕事をいただくようになりいまに至る。現在、毎日新聞、小説宝石、小説幻冬に書評を連載。共著に『日本ミステリベスト201』『海外ミステリー事典』などがある。

小特集:仁木英之『我、過てり』刊行記念エッセイ

「我、過てり。されど―」

人は生まれた瞬間から失敗をする。大人が社会を成り立たせるためにつくり上げた枠の中に無垢な存在を嵌め込むわけだから、最初は何をしても失敗ということになる。やがて枠の中に自分を合わせられるようになり、それを褒められ尽くすと、今度はより大きな成果を出すようにその枠を超えることを求められる。あるいは枠の中で身を縮めていくことを求められるかもしれない。

過不足のないこと、過剰であること、逆に一歩引くこと、その判断を誤ると痛い目に遭う。過ぎたるは猶及ばざるが如しと教訓を垂れられても、及ばざれば猶努力が足らぬと鞭打たれるのが憂き世の常。つろうございますな。

そりゃ会社の会議で吊るし上げを喰らうこともありましょう。私のようなフリーランスはしくじれば叱責を受けることもなく、何となく仕事がなくなって消えていく。過ちはその時か直後に気付けばいいが、大抵は時が経ってから気付くもの。

それでも、それでもですよ。まだ現代日本では一度の過ちで命まで奪われることは、まずない。命以外の全てを失うことは……立場や状況によってはあるかもしれないけれど、そうそうないこと。

ではあの戦国時代はどうか。決断を誤れば、決断の踏み込みが甘ければ、それが即ち一生の過ちとなって己一人の命どころか味方や家中の多くを殺してしまう。戦国大名、大名までいかずとも記録の残っている武将たちで、ここぞという時にしくじって全てを失ったり危機に陥った者は多くいる。

他人の失敗はいつだって最高の娯楽であり、教材だ。戦国の世はあらゆる極限状態が記録に残った時期で、人は状況が極まっているほど豪快にやってしまう。そのしくじりようは実に劇的で時に愚かしく見える。後世の我々がハハハたわけものめと嗤うのは簡単ではあるがあまりにもったいない。せっかくなら本書でがっつり追体験してもらいたいのだ。だってその失敗の種を皆が持っているのだから。

●新刊紹介

『我、過てり』
強大な敵を前に、一度は勝利を?んだはずの彼らは何を過ったのか―。しかし同時にそれは、しくじりから教訓を得た彼らの再起への道程でもあった。命を賭けた戦場で、栄華を極めながらも失敗してしまった四人の英傑たちを描く、書き下ろし歴史小説。
本体1600円+税
仁木英之(にき・ひでゆき)
1973年、大阪府生まれ。信州大学人文学部に入学後、北京に留学。2年間を海外で過ごす。2006年『夕陽の梨―五代英雄伝』で「歴史群像大賞」最優秀賞を、また同年『僕僕先生』で「日本ファンタジーノベル大賞」大賞を受賞しデビュー、シリーズはベストセラーに。他の著書に、「千里伝」、「くるすの残光」、「黄泉坂」各シリーズ、『大坂将星伝』などがある。弱者や敗者に優しい眼差しを当て、掬い取る作風に定評を持つ。
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