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特集: 増山実の世界

デビュー作『勇者たちへの伝言』が各方面から絶賛された増山実。
放送作家として活躍しつつも、その確かな筆致には期待と注目が寄せられている。
新刊『風よ 僕らに海の歌を』は三作目であると同時に、『勇者たちへの伝言』から始まる「昭和三部作」の最終章になるという。
そこにはいかなる思いが込められているのだろうか。

増山実インタビュー

『風よ 僕らに海の歌を』は、デビュー作『勇者たちへの伝言』と二作目の『空の走者たち』とあわせて三部作になるそうですね。いずれも昭和という時代に波乱の人生を送った人々が描かれていますが、当初から三部作という構想を持っていたのでしょうか。

増山実(以下、増山)> いえ、結果的にそうなりました。三作とも時代設定が同じで、故郷が共通のテーマでもありますが、書きながらなんとなくそういうビジョンが見えてきたというのが本当のところで。僕の場合、興味が湧く、関心が向くものが決まっているようなんです。

というと?

増山> 故郷を離れて生きている人間にすごく興味を持つところがありますね。今回の小説は、運命のいたずらで宝塚に来たイタリア人とその家族を軸に物語が展開していきますが、前作ではマラソン選手の円谷幸吉が東京オリンピックのときに見上げた空に、故郷の福島県須賀川市の空を重ねたという場面があったり、東日本大震災によって故郷を離れ、日本各地で避難しながら暮らす人々に思いを馳せて書いた部分もあります。デビュー作も故郷を離れ、故郷を追い求めて生きる人々の物語でした。追い求めているテーマは似ていると思います。また、これも三作に共通していることですが、宝塚が出てきます。特に今回は、物語の中心に宝塚という街がある。僕は関西出身なので、やはり関西を舞台にした小説を書きたいという思いは強いですね。

増山さんも宝塚にお住まいですね。

増山> もう20年ぐらいになります。宝塚はすごく面白いところで、日本の中でも特殊な街なんです。仕事柄日本全国に行きますが、挨拶の折に名刺を渡すと、「あ、宝塚ですか」ともう全員がわかる。知名度がとても高いんです。なんといっても宝塚歌劇が有名ですから。ただ今回僕が書いたのは、戦中から戦後、昭和30年代ぐらいまでの宝塚です。この時代の宝塚はあまり知られていないんです。例えば、太平洋戦争中には宝塚大劇場は海軍予科練、特攻隊の訓練施設になりましたが、そうした歴史を知る人は多くない。あまり知られていない宝塚の姿が出てきますので、関西の人にも興味深く読んでもらえたら嬉しいですね。

史実を盛り込み、小説にするのが増山作品のひとつの特徴にもなっています。今伺った話以外にも、実話をベースにしている部分はありますか。

増山> ジルベルト・アリオッタという主人公が終戦直後の宝塚でイタリア料理店を開きますが、モデルになった店があります。また、物語の冒頭で描いている日独伊の三国同盟からイタリアが突然抜け駆けして全面降伏し連合国側についたこと、そのとき神戸沖にいたイタリア海軍の兵士たちは捕虜になって日本の収容所に入れられたという話も実際にあったことです。そういう意味では実話に基づいていますが、ストーリーには僕の創作も入っていますからあくまでもフィクションではあります。面白いのは、三国同盟に関する資料や小説は膨大にあるのに、そのほとんどが日本とドイツの関係に言及したもので、日本とイタリアに関するものはあまりないということです。一夜にして味方が敵になったわけで、相当な混乱もあったはずなんです。でも、そのあたりの学術的な研究資料はあまりないし、ノンフィクションや小説でも、ほとんどスポットを当てられていない。だから逆に興味を持ち、当時の日本とイタリアの関係を書いてみたいと思いました。

以前から関心を持ち、温めていた題材だったのですか。

増山> 実は僕もそこはエアポケットで、今回取材して初めて知りました。言われてみれば……という感じですよね。しかし知るほどに歴史の皮肉というか、戦争の理不尽さ、人間の運命を翻弄する理不尽さを象徴しているように感じて気持ちが動かされました。

翻弄されるのは、常に普通の人ですね。

増山> そう。だから、個人の人生のなかにこそ歴史があると思います。言い換えれば、歴史という大きな流れの中には必ず個人がいる。僕は、個人の人生をもって歴史を見るという物語の構図に惹かれます。

宝塚でイタリア料理店を始めたジルベルトとその息子エリオの二代にわたる物語を軸に、そこに交錯する人々の人生も同時に描いた本作。舞台となる宝塚だけでなく、主人公の故郷であるイタリア・シチリアの風景も丁寧に描写されていて、とても印象的でした。

増山> シチリアには実際に取材に行きました。行ってみて初めてわかることがたくさんありますね。米軍基地があったり、難民施設があったりと、僕らが思い描いているイメージとは違う側面がたくさん見えてきました。また、表紙カバーも実際に僕が見たシチリアの風景をイラストにしてもらっています。目の前に地中海が広がり、水平線の向こうはアフリカ大陸です。その海を眺めていると、人と人を隔てるもののように思いがちな海が、本当はいろんなものを?いでいるんだと感じることができました。

その思いは作品からしっかりと伝わってきます。丹念な取材は増山さんの持ち味だと思いますが、執筆するうえで欠くことのできないものでもあるのでしょうか。

増山> 事実関係を知ることも大事ですが、何気ないエピソードというのが物語の重要な原動力になっていくこともあります。例えば、今回アリオッタ家に伝わる家訓として登場させている「無花果の夢を見たら気を付けろ」という言葉は、取材の中で伺ったものです。なんでそういう言い伝えがあるのか本人もわからないそうですが、答えがないだけに面白い。想像が膨らみ、物語もどんどん広がっていきます。こういうのって、自分の頭の中だけでは思い浮かばないですよね。

取材を重ねての執筆活動。放送作家との両立は大変ではないですか。

増山> そうですね。ただ今後は少しずつ小説のほうにウェイトを置いていこうと思っています。実は『勇者たちへの伝言』が去年、「大阪ほんま本大賞」をいただきました。本屋大賞の関西版みたいなものですが、応援してくれた書店の思いに応えないかんと講演会やサイン会などを多く引き受けた結果、執筆が止まってしまって。この三作目も本来もう少し早く出す予定だったので、角川春樹事務所さんには申し訳ないことをしてしまいました(笑)。

多忙を極めながらも書きあげられた。作家としての手応えにも?がったのではないですか。

増山> 集中するコツをつかみ始めた気がします。

そのコツ、教えていただくことはできますか。

増山> 執筆する日はほかのことを一切しない(笑)。いや、ホンマにそうなんです。書こうと思ったら、その日一日空けておかないとダメなんです。もちろん24時間ずっと執筆しているわけではないですよ。でも、一日空けておくと無意識の中でも考えることができる。歯を磨いたり風呂に入ったりというルーチンをしていてもアイデアが浮かぶ。決定的なアイデアって、そういう時に生まれるんです。

次の作品のアイデアも生まれているでしょうか。

増山> ええ。たくさんあります。違ったテーマにもチャレンジしてみたいですね。ただ、根底に流れるものは、変わらないと思います。

楽しみにしています。

増山実(ますやま・みのる)
1958年大阪府生まれ。同志社大学法学部卒業。放送作家として、関西の人気番組「ビーバップ!ハイヒール」(朝日放送系)のチーフ構成などを担当。2012年、「いつの日か来た道」で第19回松本清張賞最終候補に。2013年、同作を改題した『勇者たちへの伝言』でデビュー。同作は2016年、「第4回大阪ほんま本大賞」を受賞。他の著作に『空の走者たち』がある。
解説

第三長篇で、新たな物語世界を手に入れた増山実。
昭和から現代を舞台にしたハートウォーミング・ストーリーの傑作!

文芸評論家
細谷正充

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これだ、これを待っていた。増山実の第三長篇『風よ 僕らに海の歌を』を読んで、快哉を叫んでしまった。理由がある。それは作者が前二作から、さらに先に進んだ物語世界を提示してくれたからだ。

デビュー作『勇者たちへの伝言 いつの日か来た道』と、それに続く『空の走者たち』は、どちらも昭和から現代を背景にした、ハートウォーミング・ストーリーであった。そして最大の共通点として、登場人物が時空を超越するという、ファンタジー要素が投入されていた。もちろん使い方は違っており、二作とも優れたエンターテインメントになっている。しかし三作目でも、同様のファンタジー要素があったら困ると、心配したものである。なぜなら同じ手法が続くと、読者は慣れるし、飽きてしまうからだ。でも、私の心配は杞憂であった。今回、作者はファンタジー要素を排して、昭和から現代を背景にした、新たなるハートウォーミング・ストーリーを創り上げたのだ。

第二次世界大戦中の日本。イタリア軍の艦船「リンドス号」は、数奇な運命により日本軍に協力し、行動を共にしていた。しかし一九四三年の九月、イタリアが無条件降伏したことによって、日本との関係が決裂。自沈した船から脱出したイタリア兵は、敵兵として捕らえられ、姫路広畑捕虜収容所に送られる。その中に、シチリア出身のジルベルト・アリオッタがいた。捕虜生活で栄養失調になったアリオッタは、収容所を出たものの扁桃炎をこじらせ、六甲山の東の麓にある武田尾温泉の旅館で湯治を始める。故郷の父母と妻子が戦争により死んだことを知らされ、絶望していたアリオッタだが、徐々に立ち直っていく。そして終戦。旅館の娘のゆいと結婚したアリオッタは、阪急の宝塚駅の近くで、イタリアレストラン「リストランテ・アルモンデ」を開き、苦労しながら店を成功させていく。エリオという息子も生まれ、充実した日々を過ごしていたアリオッタだが、そこにイタリアから驚くべき報せが届いた。

という、ひとりのイタリア人の波乱に富んだ戦後史を描く一方で、マサユキという人物がアリオッタに縁のある人々を訪ね、彼の話を聞くという現代パートが、随所に挿入される。これによりストーリーは、過去と現在を自在に往還しながら、豊かに膨らんでいくのだ。たとえば戦後早くに「リストランテ・アルモンデ」で食事をしていた男性。宝塚女優の園井恵子や、まだ漫画家志望の学生の手塚治虫といった実在人物を絡めながら、宝塚という街を愛した男性の人生が綴られている。これだけでひとつの短篇といっていいほど、興味深い話になっているのだ。

それにしても園井恵子と手塚治虫とは、心憎いチョイスだ。宝塚女優の園井恵子は、映画に進出して将来を嘱望されながら、広島で被爆して死去した。戦争によって未来を閉ざされた、悲劇の女優であるのだ。また手塚治虫の故郷が宝塚であり、ヅカ・ファンであったことは、周知の事実であろう。架空の人物を媒体として、宝塚と縁の深い実在人物を無理なく使いこなした、作者の技量は並々ならぬものがある。ちなみに前二作でも、実在人物や実際の出来事がストーリーの中に織り込まれていた。作者の得意とする手法であり、これにより時代色が、より強く感じられるようになっているのだ。

もちろん実在人物だけでなく、架空人物の扱いも巧みだ。一例としてサチコ≠挙げよう。サチコという女性の名前は、最初、「リンドス号」に乗り込んだ日本人兵のタカハシに関するエピソードに出てくる。その後、宝塚を愛する男性のエピソードで、再びサチコの名前が登場。とはいえ、双方のサチコが同一人物であるかどうか、作者が書くことはない。これが抜群の効果を上げている。書かれなかったことで生まれた余白が、読者にさまざまな可能性を見せてくれるのだ。ベテラン放送作家の腕前が小説でも生かされているだろうと思いながら、行間を読む楽しみを満喫できたのである。

いやもう、脇筋だけでも面白いのに、本筋はさらに輪をかけて面白い。陽気だが生真面目なアリオッタの曲折に満ちた人生を追っているうちに、物語は息子の世代へとシフト。なかなか生きる目的を見つけられなかった若者が、ベンチャーズの音楽と出会い、のめり込んでいく様子が活写されている。作者が凄いのは、ここで本物のベンチャーズを登場させ、とてつもない祝祭的空間を表現してのけたことだ。どのようなものか触れるのは控えるが、屈指の名場面といっていい。ここを読むだけでも本書を買う価値があると、断言しておこう。

さらに終盤になると、物語は新たな展開を迎え、本書が日伊の血を引く家族を描いた、大河ドラマであることが明らかになる。それを、ファンタジー要素を入れず、真正面から描き切ったところに、作者のチャレンジ精神が感じられた。また、アリオッタが持っていた黒いバッグや、鰯のスパゲッティー(そういえば出てくるイタリア料理は、どれもこれも美味しそうである)の扱いもお見事。戦争の悲劇を忘れたかのような、現代日本に対する警鐘も、重くならない程度に取り入れられている。長大な時間軸を生かした、盛りだくさんな内容に、満足満腹なのである。

人生の目的は生きること。そして血や想いを伝えること。言葉にすれば、当たり前すぎる。でも本書の親子三代と、彼らに関係した人々の生き方を知れば、真剣に考えたくなるのだ。ある程度の年齢以上の人ならば、自分の人生を振り返りたくもなるだろう。もとより本書はエンターテインメント作品だが、そう思わせるだけの力がある。だから改めて言おう。これだ、これを待っていた。ひとりでも多くの人に読んでほしい、素晴らしき作品なのである。

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