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今月の特集

上田秀人 の世界

上田秀人 ×今村翔吾
『陽眠る』刊行&『童の神』文庫化記念 特別対談

時代小説と歴史小説。一見似て非なるものである二つのフィールドで活躍し続けている関西の二人の作家、上田秀人さんと今村翔吾さん。新たに直木賞候補作として『じんかん』が選ばれた今村翔吾さんは、六月十五日に『童の神』が文庫化され、書き下ろし時代小説で圧倒的な人気を誇る上田秀人さんは、七月十五日に歴史小説の単行本『陽眠る』を刊行する。ふだんから交流のある二人に、創作について対談していただいた。

構成=石井美由貴


時代小説の人気シリーズと歴史小説をともに書かれ、大活躍中のお二人。関西在住という共通点もあって日頃から交流があるそうですね。

上田秀人(以下、上田)> 今村くんが角川春樹小説賞を受賞された際のパーティーでご挨拶いただいて、それ以来ですかね。こっちの領域に入ってきたら潰すぞと言ってるんだけど、どんどん大きくなって。たけのこみたいなやっちゃなぁと(笑)。

今村翔吾(以下、今村)> 言いつけを守り、上田先生が書かれている時代は避けながら、なんとかやっています(笑)。でも緊張するな、対談という形で話すのなんて初めてだから。

上田> もう何回飯食ってるんや!

今村> だって小説の話なんて普段しませんもん。

上田> そうやな。原稿料の話はするけどね、どこが安いとかさ(笑)。

今村> 関西の作家って、だいたいそんな話しとるんちゃいますか。

時代ものと歴史もの、両方を手掛けるのは珍しいと思いますが、どのように書き分けていらっしゃるのでしょうか。

上田> あんまり気にしたことはないです。ただ、歴史小説は嘘を書けないのでね。事実と事実を繋ぐ作業になってしまうところもあるし。だから踊りにくいというのはあるかな。

今村> 読んでいてとても楽しいです。後半になるにつれてテーマが浮き彫りになってくる感じとか、好きですね。伊達政宗を描いた『鳳雛の夢』は特にそう感じました。ランティエに連載されていた『陽眠る』も面白かったです。開陽丸、来たー!って。

上田> もう十七、八年前になるけど、江差に行ったときに開陽丸のことを知って。そのときに思ったのが、幕府の埋蔵金をここに絡めたら面白い話が書けるんちゃうかなと。それ以来、機会があればと思っていたのでね。

今村> 確かに、船が隠れた主人公なんかなと思いながら読みました。こういうのも書かはるんですね。幕末が舞台ですよね。

上田> 幕末はね、かつてある編集者に、お前ごときが手を出すなと言われたんだよ。司馬遼太郎さんや池波正太郎さんといった錚々たるメンバーが名作を山ほど書いているのだからと。でも、そろそろ書く時代がなくなってきた(笑)。その編集者との付き合いも途切れたし、書き始めたの。でも、今村くんも書いてみたいと思うでしょ、幕末。

今村> そうですね。ただ難しいだろうなぁ、資料がたくさん残っているだけに。だから『陽眠る』は新鮮でした。描いているのは幕末の中ではわりと知られたエピソードだと思うんですが、最近、こうした王道を書いた作品がないですよね。名作の存在を気にするあまり、どんどん読みたいものから離れていってる気がします。読者は本当はこういうのが読みたいんじゃないかなぁ。

上田> 書きたいものを書くということでは、『童の神』もそうでしょ? 好きなテーマなんだろうなと思ったよ。

今村> はい、好きですね。

上田> 僕、小説というのは最初の出だしとエンディングが大事、命だと思っているんです。『童の神』は第二章に至るまでが序章でしょ。このプロローグがすごく長くて、最終章と合わせるとそれだけで一つの小説になるくらいのものを入れている。僕にはできないな、もったいなくて(笑)。しかも、序章を後半でしっかりと生かしている。張った伏線の回収をどこでやるか。そのへんの配分もうまいなぁと思いますね。

今村> 考えなしのところもあります。まだまだです。

上田> そりゃそうだよ。デビューから三年ぐらいで、わかってますなんて言われたら、後ろから蹴るよ(笑)。

今村> もうちょっと計算し尽くせるようになりたいですけどね。

上田> そうなったら今村くんの色がなくなると思う。「くらまし屋稼業」シリーズも読ませてもらっているけど、そこにも今村翔吾さんの文章ですねというのは出てきている。今村ファンの方もわかるでしょうね。でもそれは、合う合わないの問題でもある。合う人というのはハマって、必ず次巻も読んでくれる。編集部に電話してくる人いるでしょ、次はいつだと。

今村> ありがたいことですよね。でもそれって、先生方が次々と書かはるからですよ。時々言われるんですよ、上田秀人はあんなに書いているんだから、若いお前はもっと書け!って読者の方に(笑)。

上田> 僕がデビューした頃はもう佐伯泰英先生や鳥羽亮先生が精力的に書かれていたから、時代小説は量産できなきゃ生き残れないと思いこんじゃったよね。で、運が良いのか悪いのか量産できてしまった。

今村> そうですね、時代小説なら年に七、八冊くらいは出していかないとだめなんかなというのはありますね。

上田> 若い作家さんはがむしゃらにいかんと忘れられるよ。待ってくれへんもん、読者は。

今村> 当面は仕事に専念する覚悟です。

上田> いや、死ぬまでや。当たり前やろ、そんなん。

今村> やべぇな、遊ぶ間がない(笑)。

上田先生は多くのシリーズをお持ちですが、シリーズを書くためのノウハウみたいなものはありますか。最初から確立されていたように感じますが。

上田> いや、ないですよ。最初はレポートみたいって、さんざん言われました。論文を書いてましたから、その書き方だって。

今村> 山村正夫さんの小説講座を受けられたと聞いてますが、そこで学んだことが多かったですか?

上田> いや、山村先生は何も言われない方でした。教えられたのはただ一つ。自分が面白いかではなく、読者が面白いと感じることを考えなさいと。それだけ。

今村> 僕も肝に銘じます。シリーズの書き方についてお聞きしたいんですが、まず、最後って決めてるんですか?

上田> だいたいはね。でも、どこで終わるかわからへんからね。売れたら、もうちょっと続けてください、次も行きましょうってなるでしょ。でも、それで続けていくと自分が飽きちゃうのよ。

今村> これ以上続けても面白く終われないというラインはありますよね。

上田> 「くらまし屋」は何冊出てるんだっけ?

今村> 六冊です。

上田> なら、まだまだやな。

今村> はい、もう暫くは続けたいと思っています。ただ、シリーズというのは短い期間で書いたほうが評価が高いような気もするんですよね。

上田> だって、文庫は勢いだもん。一日かかってひねり出した一文でも読者は二秒で読んでしまうわけだし。僕らがどれだけ悩み、時間をかけたとしても、それは読者には関係ないこと。作者も勢いなら、読者も勢いだね。

今村> 勢いを保ち続けるコツというか、書き続けてこられたモチベーションってなんですか。

上田> なんなんだろうね。でもたぶん、初めて自分の名前が書かれた本が本屋に並んだ快感が忘れられへんのやろうなとは思うけど。デビュー作が平積みされているのを見たときは、ものすごく嬉しかったから。

今村> 僕もその光景は覚えています。一冊目というのは不思議ですよね。

上田> 作家なんて自己顕示欲の塊みたいなもんだからね。確かに書き続けるのは大変ではあるけれど、だんだんと苦ではなくなってくる。楽か楽でないか。この作品は楽だねとか、ちょっとしんどい作品だねとか、その違いくらいかな。

今村> 『童の神』のときはそんな思いを感じることもなく、ただテンションだけで書いていた感じがします。

上田> そういう書き方を続けていたら、倒れるか、やめるかしかなくなるよ。まぁ僕もテンションのまま始めたの、あるけどね。『天主信長』は他に秀吉と家康で三部作にする予定だったの。でも、いろいろあって、あとの二作品は浮いてんねん(笑)。

今村> じゃ、僕がそのアイデアをもらおうかな。

上田> そんなこと言うと、今村が仕事したがってるってあちこちの出版社に言うぞ!

今村> マジで仕事来たら困ります。もう無理ですって。

上田> 誰かに振れば?

今村> 振れる先がないです。まだ若輩者なので……。

上田> 考えたら君は息子みたいな年齢やしね。

今村> この前もそんな話になりましたね。

上田> うん。で、いっそのこと二人で親子ものをしようかってね。例えば、父親の目線で息子を見た物語を僕が一冊書き、今村くんは今村くんで息子目線で一冊とかね。

今村> 面白そう! でも待って。部数にめっちゃ差がついたらどうしよう。息子のほうだけぜんぜん売れへんとか。じゃないほう芸人≠ンたいに言われたら、いやや(笑)。

上田> ひとつのアイデアを二人で分けられるんや、ありがたい話や。時代小説の世界が面白くないことにはどうしようもないから。

今村> そうですね。なんとか盛り上げていきたいですよね。

上田> 今村くんがいてくれるから、今、僕は楽なの。若手が出てこなければ、いずれ遺産だけで回していかなければならなくなり、そうなると時代ものというジャンルが腐ってしまう。やっぱり水は混ぜないと。だから今村くんが入ってきてくれて、この時代ものという池がようやく回り出したかなという気はします。

今村> 時代小説の書き下ろしを評価してもらえるような土壌もほしいですよね。デビューのチャンスが少ない気もしていて、それだけに僕は運が良かったなと。だから、これからも引っ張っていってください。

上田> 来年二百冊になるので、もういいかなって思ってるんだけど(笑)。

今村> いやいやいや。いい意味で、目の上のたんこぶでいてくださいよ。

上田> 森村誠一先生に後は任せたと言われたのを思い出した。あのときはその重責にぞっとしたなぁ(笑)。

今村> ほら、責任あるんですって。それに時代小説のファンは絶対に誰かの新作を読んでいたいはずなんです。

上田> 日本の文化なんでね、時代小説は。途絶えさせてはいけない。アメリカのウエスタンのようにしてはだめですよ。時代劇が廃れつつある今、文章だけでも生き残らないと。もちろん、読者の期待にも応えていかないといけないよね。だから、もう一度言うよ。書け!

今村> はいっ!

●新刊紹介

『陽眠る』
7月15日発売予定
慶応四年一月。鳥羽伏見の戦いには敗れたものの、十五代将軍・徳川慶喜は薩長に対し徹底抗戦を主張。幕軍は意気軒昂であった。幕府がオランダに依頼して建造された〈開陽丸〉の艦将・榎本釜次郎武揚も、「ここからが海軍の出番」と自負していた。しかし、家臣たちの前で徹底抗戦を宣言したその夜、慶喜は大坂城に停泊していた旗艦開陽丸で、江戸に逃げてしまう。その姿に失望した榎本は、海軍時代から彼の右腕だった副将・澤太郎左衛門貞説と、大坂城の金蔵から持ち出した十八万両を持って、開陽丸ごと徳川海軍を脱走。食い扶持をなくした武士たちの新天地を拓くべく蝦夷地へと向かう。
本体1700円+税
上田秀人(うえだ・ひでと)
1959年、大阪府生まれ。大阪歯科大学卒。97年、小説クラブ新人賞佳作に入選しデビュー。歴史知識に裏打ちされた骨太の作風で注目を集める。 2010年、『孤闘 立花宗茂』で中山義秀文学賞受賞。代表作のひとつ「奥右筆秘帳」シリーズでは、「この時代小説がすごい!」(宝島社刊)で、09年版、14年版と2度にわたり文庫シリーズ第一位、第3回歴史時代作家クラブ賞シリーズ賞を受賞。「百万石の留守居役」 (講談社文庫)「禁裏付雅帳」(徳間文庫)「聡四郎巡検譚」(光文社文庫)「高家表裏譚」(角川文庫)「日雇い浪人生活録」 (ハルキ文庫)「辻番奮闘記」(集英社文庫)「勘定侍 柳生真剣勝負」(小学館文庫)など、多くの文庫書き下ろしシリーズがある。ほかに『本懐』(光文社)『本意に非ず』(文藝春秋)など著書多数。

●新刊紹介

『童の神』
「世を、人の心を変えるのだ」「人をあきらめない。それが我々の戦いだ」―平安時代「童」と呼ばれる者たちがいた。彼らは鬼、土蜘蛛……などの恐ろしげな名で呼ばれ、京人から蔑まれていた。一方、安倍晴明が空前絶後の凶事と断じた日食の最中に、越後で生まれた桜暁丸は、父と故郷を奪った京人に復讐を誓っていた。そして遂に桜暁丸は、童たちと共に朝廷軍に決死の戦いを挑むが―。差別なき世を熱望し、散っていった者たちへの、祈りの詩。第10回角川春樹小説賞受賞作にして、第160回直木賞候補作。
本体800円+税
今村翔吾(いまむら・しょうご)
1984年京都府生まれ。滋賀県在住。「狐の城」で第23回九州さが大衆文学賞大賞・笹沢左保賞を受賞。デビュー作『火喰鳥羽州ぼろ鳶組』(祥伝社文庫)で2018年、第7回歴史時代作家クラブ・文庫書き下ろし新人賞を受賞。「羽州ぼろ鳶組」「くらまし屋稼業」は続々重版中の大人気シリーズ。同年、「童神」で第10回角川春樹小説賞を、選考委員(北方謙三、今野敏、角川春樹)満場一致の大絶賛で受賞。「童神」は『童の神』と改題し単行本として刊行。多くのメディアで大絶賛され、第160回直木賞候補にもなった。19年刊行の『八本目の槍』(新潮社)で、第41回吉川英治文学新人賞受賞。他の著書に『てらこや青義堂師匠、走る』(小学館)、『じんかん』(講談社)、現代小説『ひゃっか! 全国高校生花いけバトル』 (文響社)がある。

長岡弘樹 の世界

『つながりません スクリプター事件File』
発売記念

長岡弘樹インタビュー

日常に生じたわずかなズレや歪みをミステリーの核として作品を書き続ける長岡弘樹。最新作『つながりません スクリプター事件File』はそんな長岡作品の魅力が凝縮した一冊だ。とりわけ注目したいのは、映画制作を巡って起こる事件を解決していく主人公の真野韻。この新たなる名探偵の誕生に胸躍る作品はどのようにして創られたのだろうか。

インタビュー=石井美由貴


まずは新型コロナウイルスの影響について伺いたいのですが、外出自粛などが求められていた日々はどのように過ごされていましたか。仕事に支障はありませんでしたか。

長岡弘樹(以下、長岡)> こういう仕事ですから、普段から家から出ない生活を送っています。取材を数多く重ねるというタイプでもないので、影響を受けたと言えるようなことはあまりないように思います。ひたすら部屋に籠り、仕事に専念していました。

奥様のマスク作りのお手伝いをされたとか。

長岡> あ、そうなんです。縫ったのは一枚だけなんですが、裁縫なんて家庭科の授業以来でしたから指先を何度か針で刺してしまって、痛い思いをしましたね(笑)。

針仕事をされるお姿を見てみたい気もします(笑)。では、本題に。『つながりません』を読ませていただきました。とても面白かったです。特に主人公・真野韻の存在が鮮烈で、長岡作品のニューヒロイン誕生だと思っています。本作はスクリプターである彼女が映画の撮影を巡って起こる事件を解決していくという連作短編ですが、執筆の経緯を教えてください。

長岡> 以前出させてもらった『群青のタンデム』を文庫化する際に、角川春樹社長が僕が暮らす山形まで来てくださったんですね。いろいろお話をする中で、とりわけ盛り上がったのが映画の話題でした。角川社長は映画監督でもありますし、僕も映画が大好きですから。その流れで、今度は映画の話を書かせてもらえませんかと言ったような……。ここは記憶が曖昧なんですが、確かなのは、それならスクリプターを主人公にしてはどうかと角川社長が提案してくださったんです。

スクリプターは撮ったシーンの前後で辻褄が合わないことがないように、現場での様子や内容を記録するという仕事です。重要な役割ながら、小説などで取り上げられることが少ないこともあり新鮮だったのですが、以前から興味を持たれていたのですか。

長岡> いえ、僕もそれほど詳しいわけでもなく、映画監督の横にいて、ストップウォッチを片手に記録を取っている人というぐらいの認識でした。それで調べてみると面白そうだな、使えるなと。

ミステリーにぴたりとハマる役柄ですよね。その韻はスクリプターならではの観察眼で真相を見抜いてしまうわけですが、感情を表に出すこともなく、淡々と事実を指摘していく。実にミステリアスで印象的なキャラクターです。

長岡> 外から見える言動だけにして、彼女がなにを考えているのかは読者に委ねるようにしています。「教場」シリーズの風間教官と同じような書き方になりました。

笑わないのも共通してますね(笑)。でも、言動におかしさを感じることがあって、徐々に可愛くも見えてきて。

長岡> そう感じてもらえたのなら狙い通りです。今回は考えて考え抜いて生まれたキャラクターではないんです。スクリプターで映画オタクで、すごい記憶力を持っていて、名探偵という役を与えるなら、こんな感じかなと。僕の中から自然に、さらっと出てきたんです。むしろ、いろいろ作り込まずに書き始めたのが良かったのかもしれないですね。

それが一転して単なる探偵ではなかったのかと思わせる展開に。このどんでん返しには驚きました。

長岡> はい、最後に至ってドキッとさせる、そんな形になっています。

近づけたと思っていた韻が一気に遠のく感じで、彼女の存在こそが最大のミステリーなのではないでしょうか。

長岡> そう言ってもらえるとすごく嬉しいです。先ほど自然に出てきたと言いましたが、最初は単なる映画探偵というか、映画に絡めて謎を解くだけのキャラクターだったんです。実は、長編としての構想がまとまりきらないまま「ランティエ」の連載をスタートさせてしまったので、僕の中でも固まっていませんでした。でも、連載が終わった後に、あっと思いついたんですね。韻にもう一つの役割を持たせるというアイデアが。

後付けなんですか?

長岡> ええ、そうなんです。思いついたエピソードからまずは書いていこうと。『時が見下ろす町』も今回同様に思いつくままに書いていったんですが、僕としては、こういうやり方のほうがやりやすいかなとも思います。自分でも思いつかなかったアイデアを思いつけるための手法として、ありなのかなと思っていますね。

緻密な構想あっての作品だと思っていました。「ランティエ」が手元にある方には読み返してから、この本を読むことをお勧めしたいです。驚きが二倍にも三倍にもなると思います。単なるエピソードとして読んでいたものが大いなる伏線だったことに気付かされ、独立した短編だと思っていたものも見事に”つながっている”。もしかして、それも考えてのタイトルですか?

長岡> いや、そこまで考えていませんでした(笑)。

でも、『つながりません』は面白いタイトルですね。韻の口癖だという設定ですが。

長岡> 映画関連の本を読むと、監督やスクリプター、あるいはカメラマンが「あそこはうまくつながっていたね」という言い回しで映像の出来を評価することがよくあるんですね。業界用語ではありますが、それほど特別な言葉ではないですし、親しみやすいんじゃないかと思って選びました。

映画という題材も長岡さんの作品との親和性が高いように感じました。

長岡> 本を読むより映画を見るほうが好きという人間ですから、書いていて楽しかったです。特に興味のある対象ですから、他の作品より乗って書けたかもしれないですね。

一気読みの面白さにも?がっていると思います。ちなみにどんな映画をご覧になるのでしょうか。

長岡> なんでも見ます。ホラー映画も好きですし、S?F映画も大好きです、自分ではS?F小説はまったく書けないんですけど(笑)。あと怪獣映画も子供の頃からものすごく好きで、もう五十を過ぎたおじさんなんですが、今でも怪獣映画は夢中になって見てしまいます。

撮影トリックや業界用語などが謎を解く鍵にもなっていて、舞台裏を覗き見ているような楽しさも感じましたが、そうした豊富な映画体験が生かされているんですね。

長岡> 今回盛り込んだエピソードの三分の一くらいは知っていたことですが。残りはいろんな文献を漁って入れた感じですかね。

例えばどんな?

長岡> 監督やカメラマンが映画について語ったものもありますが、今回は俳優さんが書かれた演技に関する本を参考にさせてもらうことが多かったですね。韻が、思いっきり笑ってからカメラの方を向くと、それが泣き顔に見えるとアドバイスするシーンがありますが、これに関しては、ずっと前に読んだときから面白いなと頭に残っていて、いつか作品に入れてみたいと思っていたものです。

アイデアの宝庫でもあるようですね。

長岡> はい、そう思います。前から映画の撮影トリックは興味を持っていましたけど、今回書いてみて、ますます関心を深めました。ちょうど今、俳優を主人公にした作品の改稿作業をしているのですが、映画や映像を舞台にした作品というのはこれからも書いていきたいなと思っています。

韻の再登場も期待します。では最後に、読者にメッセージをいただけますか。

長岡> 名探偵というキャラクターは数多いですが、スクリプターという職業は珍しいのかなと思います。韻というキャラクターにこれまでにない新鮮さを感じて読んでもらえたら、なによりも嬉しく思います。

●新刊紹介

『つながりません スクリプター事件File』
スクリプターとは―映画の制作現場において、撮影シーンの様子や内容、物語の?ぎなどを管理する役目である。記録とも呼ばれる。スクリプターの真野韻は、優れた観察眼で、映画制作の中で起こるさまざまな事件を、スクリプターの目線から解決に導いていく。
本体1500円+税
長岡弘樹(ながおか・ひろき)
1969年山形県生まれ。2003年「真夏の車輪」で第25回小説推理新人賞を受賞。08年『傍聞き』で第61回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞。13年の『教場』はベストセラーとなりシリーズ化、TVドラマにもなった。他の著書に『波形の声』『白衣の?』『風間教場』『緋色の残響』など。

小特集:佐々木譲 初の絵本『サーカスが燃えた』刊行記念エッセイ

札幌でサーカスが燃えたのだ

佐々木譲


札幌にはそのころ、毎年六月にサーカスがやってきた。それも、三つも一緒にだ。

六月十五日が、当時の札幌神社(いまの北海道神宮)の例祭で、この日は小学校は休みとなったのではなかったか。多くの企業も休みとなる。それほどの重大行事なのだ。

でもたいがいの子供たちにとっては、札幌まつりは、サーカスが来るという意味であり、ほかにもたくさんの見せ物や露店がやってきて、街にとんでもない非日常が出現する時間のことだった。

サーカスも、見せ物小屋も、露店も、そのころは札幌市街地の東側、創成川という運河の周辺の、たぶん三ブロックか四ブロックのあいだに集められていた。当然一帯は交通規制、大規模な歩行者天国となる。

サーカスや見せ物のテントは、創成川の上に丸太を渡して張られるのだった。見せ物小屋には、蛇女とか(もちろんインチキ、ただの大蛇の見せ物)、猛獣数頭の小規模な芸のテントもあり、子供が入ってはいけない見せ物小屋も出ていたはず。ほかにオートバイの曲乗りショーが来ていた。

でも子供たちにとって、いちばんの楽しみはやはりサーカスなのだ。三つやってきた、ということは、この時期に国内にあったサーカス団が全部やってきたということかもしれない。どのサーカスも、定番の出し物は空中ブランコにトラやライオンの猛獣ショー、象の芸、サルのショーに魔術、合間合間のピエロのコント……といったものだ。

もちろん、三つ全部を見るわけにはいかない。休みの父親に連れていってもらうのだし、たいへんな人出だから、入りやすいところにひとつ入るのが精一杯だった。

その日、九歳のわたしは父親に連れられて会場へ向かっていた。もうあと一町ほどで祭りの会場だというあたりで、前方の街並みの向こうで黒煙が上がり出した。

わたしは心配になって父親に言った。

「サーカスが燃えているんじゃないよね」

「まさか」と言った父親の声も不安げだった。

そのうち、「火事だ!」という声が行く手から聞こえてきて、通行人はみんな駆けだす。わたしも父親に手を引かれて駆けた。会場の周辺はたいへんな騒ぎとなっている。サーカステントがひとつ、めらめらと燃えていた。

観客たちはすでにテントから逃げ出していたはずだ。そこに、見せ物を楽しみにしてきた市民たちが押し寄せる。火事と知って野次馬も繰り出す。会場周辺、おしあいへしあいとなっていた。

やがて消防車が何台も到着、警察も大勢やってきて、野次馬たちを現場から遠ざける。わたしたちも、創成川河畔から排除された。

一ブロックほど離れたところまで押し戻されて、わたしは父と一緒に、呆然と煙が収まってゆくまでを見ていた。

猛獣たちは、すべて檻の中で焼け死んだ。象は逃げ出して、踏まれて怪我をしたひとが出たけれども、近くの民家の中で捕まった。死者は出ていないが、それでも行方不明者がひとりいる。けっきょくこの日は、無事だったほかのサーカスも臨時休業としただろう。

強烈な体験だった。忘れもしない昭和三十四年の六月十五日の午後だ。

そうしてちょうど十年前の二〇一〇年、札幌の情報誌出版社HAJが、ios向けの電子書籍を作ろうと企画した。札幌在住のクリエーターで作って世界へ発信する、というコンセプトだった。当時、新しいメディアとしてこの規格が注目され、挑戦するクリエーターたちも多かった。参加したわたしは、どうせなら札幌が持つ記憶を題材にしようと、自分のサーカス体験をもとにしてテキストを書いた。この電子版絵本は現在も、日本語、英語、簡体字、繁体字、韓国語の五カ国語で読める絵本として配信されている。

それから十年、中島梨絵さんの素敵な絵でいま、印刷版の絵本の刊行となった。

●新刊紹介

『サーカスが燃えた』
毎年夏にやってきた、わくわく夢のサーカスはいつからこなくなったのだろう?8歳の女の子が、お父さんと行ったサーカスのたのしい光景を、自然と音楽が聴こえてくるような言葉に乗せて語ります。
本体1400円+税
佐々木譲 (ささき・じょう)
1950年、北海道生まれ。1979年、『鉄騎兵、跳んだ』で作家としてデビュー。歴史小説ほか、ミステリー、ストレート・ノベル、ノンフィクションなど幅広いジャンルに著作がある。
絵・中島梨絵 (なかじま・りえ)
イラストレーター。滋賀県生まれ。京都精華大学芸術学部卒業。文芸や児童書など書籍装画、教科書の挿絵・表紙、絵本を中心に活動中。
株式会社 角川春樹事務所
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