最新号

今月の特集

特集:越尾圭の世界

昨年刊行の書き下ろし文庫『なりすまし』が大ヒット中の越尾圭。社会派ミステリーの新たな書き手として注目されている著者の新作『黒幕』が発売された。最愛の息子の死。その真相を探るために奮い立つ記者魂。欲に塗れた人間が引き起こす卑劣な事件。闇バイトの首謀者を追いかける執念の追走劇。危険極まりない道行きとまさかの巨悪登場。衝撃の冒頭から幾重にも仕掛けられた罠に思わず絶句。壮大なスケールで描かれた勝負作の執筆の裏側を著者に聞いた。

『黒幕』刊行記念
越尾圭インタビュー

内田剛(以下、内田)> 『黒幕』を読ませていただきました。本当に面白くて、没入感があって興奮しました。まずは執筆のきっかけを教えてください。

越尾圭(以下、越尾)> 新人時代から「社会派」を意識して書いていて、題材もいろいろ考えていましたが、昨年、戸籍問題、とくに無戸籍をテーマに書いた文庫『なりすまし』の反響が非常に大きくて。

内田> 『なりすまし』は越尾さんの名刺代わりのような代表作になりました。角川春樹社長自ら推薦コメントを寄せていたのも印象的です。

越尾> 『黒幕』執筆の直接的なきっかけは角川春樹社長です。ある時、社長の声かけで都市伝説的な動画を見させていただきました。これを新作小説の題材にして書いてみませんか、と誘われたんです。

内田> よほど越尾さんに期待をしているからですね。本作では闇バイトも大きな鍵になっています。

越尾> はい。その闇バイトが、見せていただいた動画に入っていました。

内田> まさに引き寄せがあったってことですよね。

越尾> そうです。闇バイトの背景には途方もない企みがある。最初、あまりにもスケールが大きすぎてこれが小説になるのだろうか、と思いました。

内田> しかし見事な着地でした。読んでいて言葉を失いました。初めての読書体験でしたね。

越尾> 途中までは、僕も風呂敷を広げすぎじゃないかと思うくらいでした(笑)。

内田> 創作にあたってプロットは細かく作られるんですか。

越尾> 今回は社長室でビデオを見ながら、ずっとメモをとっていました。そのノートがプロットですね。社長が目の前にいらっしゃいますから必死でしたよ(笑)。これを小説にするんだ、と気持ちを高めて、メモを見ながらストーリーを構成していったんですね。

内田> 闇バイトはメディアの取り上げも多く、大きな社会問題ですね。結局とかげの尻尾切りで首謀者は捕まらない。

越尾> そうですね。でもそのビデオを見たからこそ、物語の膨らみがありました。皆さんの違和感の正体が分かるかもしれません。主人公たちが行き着く先を見届けてもらいたいですね。

内田> タイトルの『黒幕』は、どう決められたのですか。

越尾> 担当編集さんと漢字二文字がいいという話をしていました。「闇バイト」は言葉として軽いイメージですよね。内容からしてハードなタイトルにしようと。「バイト」の語感がライトだから、若者は軽く手を伸ばしちゃうと思うんですよ。でもそうじゃない。実態はひどい。

内田> 確かに「闇バイト」と「トクリュウ(匿名・流動型犯罪グループ)」は軽すぎます。

越尾> 『黒幕』は一言に言い切る強さがある。そこが良かったですね。

内田> 越尾さんはこれまで文庫をメインに出されていますから、今回の単行本は大きなチャレンジだと思います。『黒幕』に対する特別な意識はありましたか。

越尾> 単行本のお話をいただいて気合いが入りました。モチベーション、高揚感も上がりましたね。ただ、単行本であっても文庫であっても、作品に向き合う熱量は変わりません。

内田> 書き終えて相当な手応えを感じていらっしゃるのでは。

越尾> うまく嵌まったので良かったです。

内田> いまは聖地巡りをする読者も多いですが、物語の舞台についてお聞きしたいです。実際に現地に行かれたのですか。

越尾> 起点ともなった「広島の港」は例のビデオにありました。事件現場ですからね。本当に船があったら怖いと思って行きませんでした(笑)。

内田> 読者を一気に引き込む、物語の掴みが絶妙ですね。

越尾> いちばん動きがありそうなところからスタートするということは、狙って書いていますね。

内田> 最愛の子供が亡くなるという最悪の状況。衝撃的すぎて言葉を失いました。子供の死と闇バイトも絶妙に絡み合って驚きです。抜群に読みやすいですが、書く際に意識している点はありますか。

越尾> 自分で書いては読んでを繰り返して、つまる部分は修正をいれながら原稿を書き進めています。

内田> 臨場感も凄い。読んでいて映像が浮かびますが、これも意識していますか。

越尾> そうですね。映像を思い浮かべながら書いています。設定的に『黒幕』は映像化ができないかもしれないですが(笑)。

内田> 音や匂い、細かな気配まで感じます。登場人物のキャラクターはどういう風に設定していくんですか。特定の俳優をイメージして、作品の中で芝居させる方もいらっしゃいますね。

越尾> それは聞いたことがありますが、自分の中で作っていくやり方ですね。

内田> 今回一番苦労した点はなんでしょうか。

越尾> やはり大きなお題をいただいて、広島の港から始まった事柄をいかにスケールを広げていくか。ラストに向かって読者を引っ張っていくかっていうところが一番難しかったところですね。

内田> 今回は警察と公安だけでなく、新聞社とか取材メディアの方にも軸があります。謎めいた「アンノウン」という捜査機関は普通のニュースでは出てこないですよね。

越尾> そうですよね。「アンノウン」は実際に存在するかはわかりませんが、それに近い組織はあるんじゃないかと思っています。ストーリーを進めるにあたって、事件の中枢で超特殊任務をする人が必要だと考えて登場させました。

内田> 読んでいて禁断の領域を覗き込むようなスリルがありました。書いていて怖くなったりしませんでしたか。

越尾> はい。怖くなった部分もあります(笑)。

内田> 特殊詐欺がなくならない理由はとにかく金なんでしょうね。

越尾> お金がないっていうことは、人から何もかも奪ってしまい、逆にお金さえあれば何でも叶ってしまう。これが今の社会の病理ですね。

内田> 作家としてその現状に対していかに立ち向かうか。どんな思いがありますか。

越尾> 僕は二〇〇〇年に某インターネット会社に入社しました。世界中を繋げる素晴らしい利便性。インターネットの黎明期でサービスの提供側としても凄いと思いました。まさかこんなに危険と隣り合わせの未来が待っていたとは思いもよらなかったですね。

内田> 四半世紀経ったいま思うことがありますね。

越尾> 気軽に犯罪までできてしまうとは。利用者とは違う目線でいかに便利になれるか、それだけを意識していたんですけど。光が眩しいがゆえにより闇の部分が深くなっているっていうところですよね。

内田> これはでもどうしたらいいんでしょうか。闇が深くなるにつれて、犯罪が巧妙化してきたところで、いったい何が歯止めになるのか。

越尾> その一つは小説によって、犯罪の核心を突くこともあると思います。

内田> 社会的な貧困にあえぐ若者たちにお金を何よりも優先するなと言って聞かせるのは大変ですね。

越尾> はい。一言で答えは言えないと思うんですけど、特に若くて何も知らずに、いつの間にか犯罪に手を染めて抜けられなくなるという状況を知ってもらうことです。そのために啓発が必要ですね。

内田> まずは何が起こっているか認識することですね。そして想像力が働けば犯罪抑止にもなる。『黒幕』はそうした意味合いで読まれるべき作品だと切に思います。こういう世界を知ったら、何か行動を起こしたくなりますね。遠い世界の出来事ではなく、自分のこととして。

越尾> 自分の身にいつ降りかかるか分からないんです。とにかく知ることが大事。自分もそうだし、自分の身の回りにいる人のこともそうです。

内田> ラストが本当に見事です。

越尾> どうしても希望を持たせたかったのです。闇が深すぎて絶望で終わらせたくはなかった。社会派として光を残していくっていうのも作家としてあるべき姿だと思っています。

内田> 越尾さんの作品はどれも読後がいいです。それも魅力のひとつですね。

越尾> 『黒幕』も最後まで暗闇で突っ走っているようで不安ばかりでしたが、どんな絶望の淵からでもまた新しい絆が生まれ、また真実が発信される。想像力を膨らませてもらえるといいですね。

内田> 全編クライマックス的な話だと思うんですけど、作家の立場から特に注目してほしいポイントはありますか。

越尾> そうですね。キャラクターそれぞれに背負うものがあります。可哀そうな役割を与えてしまった人間もいますが、その背景を味わってもらいたいですね。

内田> それがリアルなんですね。越尾さんにとって、書く原動力はなんでしょうか。

越尾> やはり読者の存在ですね。面白いと言っていただける。その言葉が一番励みになります。読者の期待に応えたいという気持ちですね。

内田> これほど高密度な物語を書き終えると相当身を削られませんか。

越尾> 大丈夫ですよ(笑)。

内田> やっぱり作家が天職なんですね。書くときのルーティンは何かありますか。

越尾> 音楽をかけていますよ。主にインディーズ系の音楽などをかけながら集中力を高めています。

内田> 『黒幕』も音楽を聞きながら書かれていたんですね。香港など海外のシーンは、映像を思い浮かべながらですか。

越尾> そうですね。映像や写真ですよね。ストリートビューとかを見ながらインスピレーションを得ています。

内田> 越尾さんのルーツは吉川英治だったりと、時代小説が好きだとお聞きしたんですけど、これから時代ものに手を伸ばすお気持ちはありますか。

越尾> かつてチャレンジしたことがありましたが、ちょっと挫折しました。

内田> 好きだからこそ、難しいってありませんか。

越尾> そうですね。書いていて面白かったんですけど。好きではあっても読むのと書くのでは違いますね。

内田> お忙しいと思います。映画を見に行ったり、本を読む時間はありますか。

越尾> 映画はサブスクでネットフリックスみたいな配信サービスを、ご飯を食べながら見たりします。本をあまり読めませんが、いま読売新聞の中部版で本の紹介をしていますので強制的に読んでいます(笑)。きっかけは必要ですね。

内田> 今後のご予定をお聞かせください。

越尾> やはり骨太な社会派ミステリーの作品を出していきたいですね。

内田> 今後どんなテーマが登場するか、楽しみにしています。本日はありがとうございました。

越尾圭『なりすまし』specialレビュー

いま社会派ミステリーが面白い。その代表格である気鋭の著者・越尾圭による『なりすまし』は、ハルキ文庫の書き下ろし作品として二〇二五年五月に発売。その後も版を重ね続け、厳しい出版不況の中にあっても、確かな存在感を放っている一冊だ。

「『松本清張以来の社会派ミステリーの復活! 満足度93%』角川春樹」

本に巻かれた帯には強烈なインパクトのある推薦コメントが躍っており、書店店頭でも非常に目立つ。得体の知れない男性のシルエットが際立ち、黒と赤の色彩が映えたジャケットのイメージも効果満点で、思わず立ち止まってしまうのだ。

著者の越尾圭は、筆の勢いを強く感じさせる書き手である。二〇一九年『このミステリーがすごい!』大賞・隠し玉としてデビュー。その当時から注目をしていたが、ここ最近の活躍ぶりは目を見張るものがある。『協力者ルーシー』、『シスター・ムーン 協力者ルーシー(2)』(ハルキ文庫)では心臓破りの復讐劇に全身が打ち震えた。社会派としては『誰がためにその手は』(ハーパーBOOKS+)で安楽死と大病院の闇に切り込む。さらに『ぼくが生きるということは、きみが死ぬということ』、『もう一度だけ会えたなら、ぼくとわたしは──』(幻冬舎文庫)では時空を超えたファンタジックな感涙本に挑戦と、これまでとは違うジャンルでも存分に力を発揮しており、引出しの多さと懐の深さをまざまざと見せつけられた。

ヒットするには理由がある。『なりすまし』がいいのはもちろん表紙だけではない。読みどころが実に豊富なのだが、特筆すべきは?みの素晴らしさである。扉を開ければ血の海という凄惨な光景。殺された妻を発見する夫。そこには幼き娘もいる。なんと残酷な絵なのだろうか。これは越尾作品に共通する長所でもあるが、本書では、導入シーンとラストがものの見事に調和しており、思わず息をのんだ。もちろんエンディングはここでは明かすことができないが、地獄のようなスタートからは、まったく予測のできない読後の余韻がストレートに胸を打つ。

妻を奪われた夫が真犯人を追うという構図なのだが、夫婦どちらもが他人の戸籍を借りて、偽りの人生を送っていたのだ。最も身近にいた存在の知られざる素顔。重たすぎる十字架。それぞれが背負っていた誰にも言えない事情とは何であったのか。衝撃のあとに驚愕があり、言葉を失ってしまう。しかしこれはほんの序章に過ぎない。さらなる悲劇が襲いかかり、そして複雑な人間模様が幾重にも折り重なって、捜査はまるで樹海に潜り込んでしまったかのように混迷を極める。

約四百ページのボリュームであるが、まったく長さを感じさせない。読み応え抜群。圧倒的なリーダビリティがある。次から次へと新たな謎が提示され、ページをめくるスピードが加速していく。並外れた疾走感と高揚感がたまらないのだ。

戸籍問題、無戸籍児……そこには必ず裏社会を牛耳る黒幕の存在があり、追求すれば己の命に関わるような危険領域に足を踏み入れることにもなる。『なりすまし』はそんな漆黒の闇にある問題から目を背けず、果敢に切り込んでいく。

本作が世に受け入れられている一つの理由としては、理不尽な現代日本の病理を的確に暴き出す「社会派」の物語であることも重要な要素である。フェイクニュースが蔓延る昨今、どこを向いても悪意のある嘘、根拠のない噂ばかり。とにかく実体がなく空虚なものに溢れている。これまで築き上げてきた生活基盤は、砂上の楼閣だったのか。文字通り、幻のような人生が音を立てて崩れ去るのだ。

現代社会はいつからこんなにも不気味になってしまったのか。人肌の温もりよりも合理化を優先し、セルフレジ、無人駅もごく普通の風景となった。希薄な近所付き合い、隣に誰が住んでいるのかも分からない、顔の見えにくい日常。過剰なプライバシー保護やSNSによる匿名社会が、人間たちの心の奥底に不穏、不信、不安を根付かせてしまった。

どうしてそんな時代になってしまったのか。その真実を自分の目で確かめようと、人は本を繙くのだ。複雑な思いではあるが、現実の闇が深いほど、『なりすまし』のような社会派ミステリーは、読者の心を捉える。

問答無用で面白いこの一冊を読むにあたって二点、あらかじめ注意喚起をしておきたい。まず一点目は、あまりにも強烈な印象を放つだけに、読後『なりすまし』ロスを感じるに違いないということ。つまりその後に読む小説が薄くなってしまうかもしれないのだ。十分に読書対策を練ったうえで挑んでいただきたい。

そして二点目は、リアルな人物描写に引き込まれすぎて、禁断の小説『なりすまし』の世界から帰れなくなってしまう点だ。最も気をつけねばならないのは、周囲の人間を信じられなくなってしまうこと。こういうご時世、まず疑ってかかった方がいいに違いないが、誰にも裏の顔があると勘ぐり過ぎるのも、人間関係にヒビが入る。読後はしっかりと感情を整えたうえで、いつもの日常に戻ろう。

ともあれ、いい作品は他人事ではなく、必ず私事となる。そのストーリーのなかに、読む者自身と、自分の周囲にいる人たちまでもが入り込んでいくのだ。この小説は、そうした没入感が半端ない。ただ面白いエンターテインメント作品というだけではない、心に深い爪痕を残す小説なのだ。令和という時代に刻まれ、さらに理不尽な社会と読者それぞれの今を映し出す鏡にもなる。今まさに読み体感すべき価値のある物語なのである。

『なりすまし』は自己の存在そのもの、自分自身のアイデンティティを真正面から問いかける。単なる犯罪小説ではなく、この国の未来に向けて警鐘を鳴らす貴重な問題提起の一冊でもある。読み終えて誰もが語りたくなるはずだ。読まれるほど知られざる犯罪に対する意識が高まる。そう、自分の身を守る武器にもなるのだ。社会派作品を読む意義は、そこにある。

●新刊紹介

『黒幕』 越尾圭
新聞記者を辞して故郷・尾道に帰って五年が経過した五月、上杉雄作は息子の健人を海で亡くした。警察は事故と断定したが、上杉はどうしても納得できない。単独で事故の真相を探り始めた上杉は次第に“闇バイト”が引き起こした事件との関連を見つけてしまう。そして禁断の扉が開き始める――息子を殺された父親と、彼を取り巻く人々が大きなうねりに?まれ翻弄されていく姿を描く渾身の社会派ミステリー!
定価2310円(税込)
越尾圭(こしお・けい)
1973年、愛知県知多郡東浦町生まれ。同志社大学文学部中退、早稲田大学教育学部卒業。2019年、第17回『このミステリーがすごい!』大賞・隠し玉となった『クサリヘビ殺人事件 蛇のしっぽがつかめない』でデビュー。他の著書に『楽園の殺人』『ぼくが生きるということは、きみが死ぬということ』『なりすまし』『誰がためにその手は』、「協力者ルーシー」シリーズなどがある。
聞き手紹介:内田剛(うちだ・たけし)
ブックジャーナリスト。NPO法人本屋大賞実行委員会理事。ポプラ社「全国学校図書館POPコンテスト」アドバイザー。30年の書店勤務を経て2020年よりフリーに。これまで書いたPOPは6,500枚以上。書評執筆や講演活動、POP講習会など幅広く活動。著書に『POP王の本!』『全国学校図書館POPコンテスト公式本 オススメ本POPの作り方』(全2巻)がある。

小特集:山崎怜奈『すべては果てしない賭け』

初の全篇書き下ろしエッセイ『すべては果てしない賭け』を刊行した山崎怜奈さん。山崎さんが「二十代の棚卸し」と語る本作は、幼少期からアイドル時代、乃木坂46卒業後の日々と今の本音を真摯に綴った等身大のエッセイ集です。刊行を記念して、本編からエッセイを二本特別公開いたします!

すべては果てしない賭け

この本を手に取ってくださったあなたは、私を何者だと認識しているのだろうか。

ラジオパーソナリティ。エッセイスト。報道番組のコメンテーター。教育番組の司会者。タクシー広告の人。日本の城郭などの特集番組で見かける歴史好きタレント。四年前までは数万人の前で歌って踊っていたが、当時を知らない人からはその面影があまりにも残っていないので驚かれる。さらに昔は子役として活動していたことなんて、きっと誰も知らない。

似たような経歴を持ち、同じような現場に出入りしている方に、私は今まで出会ったことがない。そして近年、なぜか、これまでの人生の様々な場面について、取材の依頼をいただく機会が増えてきた。

いくつかの子育て情報サイトでのインタビュー掲載や『学校を休んだ日は本をひらいて』(主婦と生活社)というブックガイドへの参加などを通して、燦然と輝いて見えるかもしれない過去だけでなく、記憶に蓋をしたくなるようなドブ色の経験も、誰かの役に立つこともあるのだと知った。単純に、人様に興味を持っていただけるというのはありがたい。当時の感情を覚えているうちに書き残しておかなければ。そう思い始めたのが、この本が生まれたきっかけである。

よく尋ねられる質問事項としては、幼少期はどのように育てられたのか、どんな学生時代を過ごしていたのか、どうして歴史やラジオを好きになったのか、仕事をしながらどのように受験を乗り越えたのか、なぜアイドルになったのか、どんなスケジュールで動き、どのように差別化を図っていったのか。なぜ辞めたのか。そしてなぜ、今現在の働き方をするようになったのか。

芸能界には、事実は小説より奇なりを地で行くような、スケールの大きなエピソードを持つ方がたくさんいる。きっとこの仕事をしているだけで、人に話す価値のある人生を送ってきたと思われやすい。

しかし私は、曽祖父がドミニカ共和国の元大統領、みたいな生い立ちでもなく、元恋人がスパイ、みたいな七文字で面白い奇想天外エピソードを持っているわけでもない─働き始めた年齢こそ若かったものの、一般的な家庭で生まれ育ち、世間の常識を学んできたし、見るからに何か背景が隠されていそうな要素が少ない。

だが結局、聞かれるがまま話せば話すほど、我ながら本当に全部この三十年足らずで起きたことなのかと疑うほど濃密で、何も事件が起こらなかった年がないことに気が付いた。

しかも「自分はこれまでこんな挫折や葛藤があって、こんな風に試練を乗り越えて、こんなことを学んで、こんなに素晴らしい人生を手にすることができました」などというような自慢話に美化するにはあまりに泥臭い出来事ばかり。

今の自分があるのは、多くの偶然とほんの少しの意思が積み重なった結果でしかない。精神のバランスを崩し、轢かれて死ねたりしないかなあと車道と境のない歩道で目を瞑りながら歩いたことなんて、指折り数えればあっという間に両手がグーになる。

起きたことがすべて。いつもそう言い聞かせて、投げやり、というよりは、前向きに諦めようとどうにかしてきた。怖いとか苦手とか、できるかできないかではなく、やる。どうなっても死にはしないことなら、とりあえず続けてみる。耐えてみる。そうすれば、何が起きても受け入れられるから。そうでもないと、いちいち疲れてしまうから。

どうにもならない状況をどうにかしようとする胆力がついたわけでは一切なく、諦めの悪さと臆病さが今日まで自分を繋ぎ止めてきた。そんな側面を知ってか知らずか、前職を辞める際にバナナマンの設楽統さんからこんな言葉をかけられた。

「あんまり忙しく前のめりになるのも良いけど、どっかで自分を大事にして」

いつ思い返しても刺さる。この言葉をお守りにしてきたはずなのに、なぜ私は相変わらず、自分で自分の首を絞めるような選択をしてしまうのだろう。答えが見つからないまま三十代を迎えようとしている。

一寸先は闇か光か、振ってみなければ分からないサイコロを握りしめ、直感と覚悟だけを頼りに身を投じてきた。思い返せば、これまでの三十年足らずの人生における数々の選択は、成功するか失敗するかまるで読めない、文字通り「賭け」だった。

果てしない賭けの連続と泥臭い歩みは、今どこかの暗闇の中でもがいている誰かの足元を照らす光にはなれないかもしれない。それでも、呆れるほど不器用で、見栄っ張りで、臆病さが空回りした結果大胆な行動をしてしまって自ら綱渡りしに行っているような人間の遠回りな日々を思い出して笑ってもらえたら、こんなに喜ばしいことはない。

この時間は何のため?

大学の重いレポート課題の締め切りと、ライブのリハーサル期間と、クイズ番組の収録前が残酷にも重なったある日のこと。

何曲も踊り終えたその足で、近場で最も遅い時間まで営業している喫茶店に駆け込み、黙々と『Qさま!!』の予習に打ち込んでいた。自宅に帰ったら睡魔に負けてしまうので、他にも勉強している学生や打ち合わせ中の社会人が多く利用しているカフェやファミレスをいくつか把握していた。

年末の放送はその年の時事ニュースから出題される傾向が強いため、『現代用語の基礎知識』という鈍器のように分厚い本を開き、番組の出題傾向と合致しそうだなあと直感で思うものをノートに書き留め、関連する映像や写真をパソコンで検索し確認していく。

お尻が限界を迎えるまで同じ席に居座り、コーヒーやフードをおかわりしながら作業を進める。どんなに準備しても押さえた知識が収録当日に出題されるとは限らないので、その時間の全てが報われずに終わる可能性のほうが高い。されど、一問でも多く答えたくて、共演している先輩たちよりも早くボタンを押したくて、一分一秒でも長くテレビに映ってファンを喜ばせたくて、懲りずに勉強していた。

ちなみに、集中力が切れてしまったら大学のレポート作成に切り替えていた。興味本位で履修してみたものの内容も難しいし課題も多い、そんな講義を受けながら「面白いし学び甲斐もあるけど、ここで得たものが何の役に立つんだろう」と冷静に考えて虚しくなる瞬間もあった。しかし、あの無意味に思えたインプットの時間が、現在の私の仕事をふとしたタイミングで支えている。

延々と活字と格闘し続ける私に「新作の試食です、どうぞ」とお菓子を差し出してくれる店員さんが神様に見えた。混雑する時間帯に来店することはほとんどなかったとはいえ、内心「この客いつまで居座るつもり?」と嫌がられていたかもしれない。

その節は長居してしまい申し訳ありませんでした。追い出さずにいてくれて、本当にありがとうございました。

息もつけないほど苛烈な忙しさの渦中にいると、人はただ目の前に降ってくるタスクを機械的にこなしていくしかなくなる。しかも、その泥臭い作業の数々が直近の「目に見える結果」へと結びつくわけでもないため、自分自身が「頑張っている」と自覚することすら難しかった。

しかし今なら確信を持って言える。

あの果てしない孤独な積み重ねこそが、現在の私のトークの引き出しになっていたり、少々のことではへこたれない精神的な耐久力になっていたり、生放送中にイレギュラーが発生したときの落ち着きへと繋がっていたりする。それは決してわかりやすい「結果」という形ではなく、私の身体の奥底に沈殿し血肉となった、何にも代えがたい財産となっているのである。

常に切羽詰まりながら気合いと根性でがむしゃらに生きていた自分に言ってあげたい。いいぞもっとやれ、その頑張りがいつか自分を救うぞ、何も無駄になってないからな、自信持って、できればもっと楽しんで、今しかない瞬間を目に焼き付けて、と。

●新刊紹介

『すべては果てしない賭け』 山崎怜奈
等身大の自分でいられる場所を求めて――ラジオパーソナリティ、タレントとして幅広い活躍をする著者の、初の全篇書き下ろしエッセイ。撮り下ろしの写真や、著者の貴重な写真も多数収録。「正解は、あとから自分でつけていく」「不純な動機が、扉をこじ開ける」「引退を踏み止まらせてくれたもの」「ない椅子を作りにいく」「寝耳に水のオファー、帯番組への挑戦」「ラジオと笑いと言葉と」「想像力を養う」「この人に出会えたから今の自分がある」など、思いがけなかったアイドルへの道、大変だった学業と仕事の両立、乃木坂46卒業後、ラジオや歴史番組、情報番組など、肩書に縛られない生き方を求め、迷いながら、悩みながら人生に挑戦している著者の誠実な想いと思いやりの言葉がつまった一冊。
定価1870円(税込)
山崎怜奈(やまざき・れな)
1997年生まれ、東京都江戸川区出身。慶應義塾大学卒業後、2022年に乃木坂46を卒業。TOKYO FM『山崎怜奈の誰かに話したかったこと。』などでラジオパーソナリティを務める他、「偉人の年収How much?」(NHK Eテレ)「NHK高校講座 世界史探究」(NHK Eテレ)「ABEMA Prime」(ABEMA)「Mr.サンデー」(フジテレビ)など多数の教育・報道番組にも出演している。歴史好きとしても知られており、著書に『歴史のじかん』(幻冬舎)、フォトエッセイ『山崎怜奈の言葉のおすそわけ』(マガジンハウス)、近著に『まっすぐ生きてきましたが』(マガジンハウス)がある。
株式会社 角川春樹事務所
〒101-0057 東京都千代田区神田神保町3-27-7 Takebashi7 4階
TEL03-3263-7047|FAX03-3263-3177
内容に関してのお問合わせ購入に関してのお問合わせ