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特集: 相場英雄の世界

都内の埋め立て地で巨額の現金が発見された――。
そんな幕開けから、昭和史に残る一大疑獄事件の真相、さらに現在の官邸最大のタブーが浮かび上がる。スリリングな展開と圧倒的なリアリティで、本誌連載時より話題沸騰の衝撃作『トップリーグ』がいよいよ刊行された。
特別対談と解説から、本書の魅力に迫る。

特別対談
相場英雄×東えりか

東えりか(以下、東)> 前作の『不発弾』もそうですが、今回の作品も現実の政治とシンクロしていて大変驚きました。意図されていたのですか?

相場英雄(以下、相場)> 『震える牛』もそうですが、近未来小説を書くつもりが現実のほうが追い付いてしまった感じです。僕は通信社の記者だったので、取材しながら長いスパンで世の流れを読む癖がついています。多分それが生きているのでしょう。『トップリーグ』が時宜を得た作品になりえたことは運が良かったと思います。

東> 近未来を予想して取材、そして物語を作るということですが割合はどれくらいですか?

相場> 「流れを読む」のが全体の二割で取材が二割、残りは全部創作です。僕にはエンターテイメント小説を書いているという自負があるので一定のところで取材を止めます。調べすぎるとキャラクターが動かなくなるんです。小説は不思議なもので、書いているとキャラクターが勝手に喋りだす瞬間がある。『トップリーグ』もそうでした。

東> 経済や政治が不得手な人でも時間を忘れて読み耽ってしまうというのが相場さんの小説の特長だと思います。キャラクターが非常に魅力的です。

相場> 僕は完全なイタコ体質なんです。疲れているからやめたいと思っても書かされてしまう。一日50ページ書くと体重が2キロ減るんですよ。多分そこが読者に伝わってるんじゃないのかな。週刊誌の連載では2、3回分まとめて編集者に渡して、その後半日ぐらい次の展開のプロットを弄って悩みます。でも犬の散歩なんかをしているとフッと「降りてくる」んですよ。それをiPhoneに録音してまた書き出す。中盤ぐらいからはまったくその必要もなくなってきますけどね。

東> 前作とあわせて勝手に「芦原首相シリーズ」と呼ばせていただきますが、登場人物の芦原総理は安倍晋三さんを、阪官房長官は菅義偉さんを髣髴とさせます。

相場> ある編集者が菅さんの取材に行った話のなかで「寡黙に見えて結構したたかな人だ」というので思いついたのが始まりです。芯のストーリーでは松岡と酒井が主役ですが、影の主役としてどうしても使いたかった。

東> 男性同士の友情でありライバル関係の物語ですが、裏側に透けて見える70年代の政治が非常にリアルです。

相場> 阪が何かを画策していても、表にはまったく見せない怖さを作りたいと思いました。周辺の記者に菅さんのことを聞くと「あの人に食い込むのは大変なんだよね」と口を揃えて言うのです。

東> 気配をまったく消して一人で小さいバーで飲むのが似合いそうです。

相場> バーのシーンは完全に創作なんですけど、記者時代にある大手銀行のトップにどうしても取材したくて、奥の手を使って所在をつきとめたんですが、そこが小さなバーでした。新宿区の荒木町、車力門通りの坂を下ったあたりって変なビルに胡散臭そうなバーがある。そこで一人で飲む男って謎めいていますよね。聞いている曲は絶対マイルス(笑)。

東> 印象的なのが『不発弾』にも登場する手の柔らかい芦原首相。育ちの良さがストレートに伝わります。

相場> 僕は新潟の燕三条という町工場しかない田舎町の出身で、親父も手がゴッツゴツだし、従業員もプレスで手が潰れた人がいっぱいいました。手が柔らかい人なんて一人もいない。でも記者になって日銀の偉い人に挨拶に行き握手をするとふわふわなんです。「こんな手の柔らかい男がいるのか」と驚きました。またカルチャーショックを受けたのが慶應に幼稚舎から大学まで通っていた育ちのいいザ・慶應ボーイにほとんど嫌な奴がいないってことでした。嫌な奴ってだいたい半端な経歴(笑)。旧大蔵省官僚みたいな超エリートにはいろいろ優しく教えてもらいました。

東> 新潟出身ですと田中角栄の影響は大きいですか。

相場> すごく大きいです。自民党が大敗した昭和49年の参議院選挙で、田中角栄が自衛隊のヘリコプターで遊説に来た時、日章旗をもって見に行った記憶があります。ローターが回ってゴーゴー言っているのに「よぉっ!」と言った声が全部通る。印象的でした。

東> この物語の発端にも通じますね。ロッキード事件など当時の政治でのお金の動きは凄まじかったです。

相場> 政治が奇麗なわけがない。例えば新聞社の中で社会部と経済部は仲が悪いけど相手を知っています。でも政治部は伏魔殿。何をやっているかわからない。メモのやり取りばかりしていて、どの新聞も基本的に同じ記事ばかり出すでしょう。昔、経済部の仕事で国会の取材をしてある法案の記事を書くとき、そこにいた大臣に直接聞いたんですね。それで速報を出そうとしたら、他社の政治部の記者にガッと肩をつかまれて「合わせ、済んでる?」って言われたんです。「合わせって何だ?」という疑問がこの小説の出発点なんですよ。

東> 松岡が最近話題の東京新聞の望月記者とダブリました。報道されていることがすべてではない、というのは最近わかりましたね。

相場> 実際に官邸の記者クラブって本当に異常な空気だと思います。官房長官が指名するのは何名か決まっていますし、首相会見は事前に全部打ち合わせ済みですからね。

東> 政治部記者の様子が非常に赤裸々に描かれていますが本当に「トップリーグ」はあるんですか?

相場> 実際は「トップグループ」といいます。仲のいい政治記者に取材したときに、情報をすり合わせる「互助会」とか「トップグループ」といわれる深く食い込んでいる人たちのことを知ったのです。安倍晋三さんのトップグループも教えてもらいましたよ。でも今まで秘密だったことが、SNSの発達で隠しきれなくなっている。
松岡が短時間でトップリーグに入るのは異例のことです。小説じゃなきゃありえない話ではありますが、この仕組みをかなりわかりやすく説明できたと思っています。

東> ここ数年で大衆に隠されていた事実を公にする作品が多くなったと思います。『トップリーグ』のような作品で政治の裏側や取材方法などを知るとニュースや新聞の観方が変わりますね。

相場> 一般の読者でもそうした事実を調べる手段はいくらでもある、という問題提起はできたと思っています。

東> 政治不信が続き、なんとなく今でもお金や利権のやり取りで政治は成り立っているイメージがありますが、阪が言う「負のパイを押し付けあうのが現状の政治の最大のテーマです」という言葉は新鮮でした。

相場> あの言葉、上手く記者を取り込むいいキーワードでしょ。自分を信頼してくれているってポーッとなっちゃう。反対に記者が政治家をたらしこむこともある。どこでどうこいつを利用してやろうかと虎視眈眈と狙っているのが政治家と記者。政治家に記者が惚れこんじゃいけません。

東> 表で流れている政治家と記者の丁々発止のやり取りの向こうに、一人の政治家の足跡がうかがえ、さらに日本の政治史が見えます。ロッキード事件の本、一冊読み返してしまいました。

相場> ロッキードの頃は解りやすいんです。選挙事務所に札束が積んであったなんて話はザラ。今は流石にできませんよね。取材で裏金に詳しい人を紹介してもらったら、派閥の金を横領して捕まった人でした。

東> そういう解りやすい政治で票を取ってきたのが日本です。自分のところに利益を誘導してくれる人を当選させてしまう。

相場> テレビや新聞の政治のニュースって、独自色がないでしょう。「合わせ」がありますから。政治部なんて一回ぶっ壊した方がいいんです。石川達三先生に『金環蝕』という小説があるんですが、僕はその映画がすごく好きなんです。キャラが立った昔の名優たちがガチンコで演じる政治劇。ああいう作品はもうできないのかな。

東> 松岡に政策記者をさせたのは秀逸な展開でした。病児保育を取り上げたのはなぜですか?

相場> 僕が記者時代に同じ思いをしていたんです。嫁さんも僕も働いていると、どちらも外せない日に限って子供は熱を出す。病児保育のない時代と今と、実はあまり変わっていない。待機児童問題だって子供の数は減ってるのに全然追いつかない。これじゃいかんでしょう。政局記者と政策記者、両方やれるわけない、というでしょうがそこはフィクションですよ。

東> それにしてもこの小説を読んだ政治家は首筋が寒くなるでしょうね。

相場> 某現役の国会議員が読んでくださって「面白いから実名で書け」って言われました。

東> さて経済、政治、と小説の舞台は変わりました。その次は何を?

相場> 「ネット」ですね。「炎上」というカラクリを使ったネット社会のあまりの酷さ、無防備さを書いて行こうかと思います。

東> それにしても細かいところまで緻密な構成だと心から感心します。

相場> 現実を取材し武骨にノンフィクションを書いている作家はすごい。尊敬をこめて巻末に参考にしたノンフィクションの一覧を載せるのは、もし僕の本が面白いと思ったら、ぜひこのノンフィクションも読んでほしいと思うからです。僕の小説の書き方はある程度まで取材をしてプロットを詰め、キャラクターが動きだしたらそこからは何も調べない。流れるままです。「現実を読者に知ってもらいたい」とは思うけど、違う意見の人を説き伏せようとは一ミリも思っていないんですよ。「綿密な取材ノートをつくるんでしょうね」と聞かれると大きな声で言います。「ない」(笑)。

相場英雄(あいば・ひでお)
1967年新潟県生まれ。89年に時事通信社に入社。2005年『デフォルト 債務不履行』で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞しデビュー。12年にBSE問題を題材にした『震える牛』が話題となりベストセラーに。13年『血の轍』で第26回山本周五郎賞候補および第16回大藪春彦賞候補。16年『ガラパゴス』が、17年『不発弾』が山本周五郎賞候補となる。
聞き手:東えりか(あづま・えりか)
千葉県生まれ。書評家。「小説すばる」「週刊新潮」「ミステリマガジン」「読売新聞」ほか各メディアで書評を担当。また、小説以外の優れた書籍を紹介するウェブサイト「HONZ」の副代表を務めている。
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