たちまちに独楽(こま)の衰ふ仏土かな 斎藤一骨
同時作に、
埋火(うずみび)のぽつと誰かが来るやうな
日輪(にちりん)や熊鷹河を渡りきる
二句とも良い。「埋火」の句は、季語の本意本情を言い止めた、暖く柔らかくヒューマンな作品。「熊鷹」の句は、同じ作者と思えぬ実に見事な立句となっている。上五の「日輪や」が、中七・下五の光景を鮮やかに引き締めた壮大な一句。私の俳句三原則の「映像の復元力」が効いた作品。
『河』一月号で、一骨さんの次の一句を激賞した。
埋火(うずみび)のぽつと誰かが来るやうな
この手強(てごわ)い一句を、斎藤一骨さんの「遊び心」が生みだした「放下(ほうか)の一行詩」として結論づけた。
今回の「独楽(こま)」の一句は、前回に比べれば、誰にでも理解しやすい作品だが、この句も前回同様の「遊び」が生みだした一行詩である。今回の「遊び」は、現代の「風刺」である。「仏土」とは、仏の住む国土、或いは仏が教化する国土のことである。この句の場合は、日本国のことを指す
一骨さんの「独楽」の句について、節分の日に聞かれた『河』の運営委員会の席上で、各氏に問うた。すると、一骨さんのエネルギーが回転する独楽が止るように急速に衰え、仏の浄土に向かおうとしている、或る種の諦観ないし自嘲を、客観的に滑稽視した句と捉えた。一人はさすがに仏土を日本国と看破したが、それ以上には進めなかった。「独楽」が斎藤一骨さんの象徴であるとほぼ全員の意見であったが、それならば上五の「たちまちに」はどう説明するのか? 単に「急速に」と理解するとなると、八十を過ぎた作者の肉体と精神の衰えを自覚した諦観の句となってしまう。はたしてそうだろうか?
私は談林派俳諧から出発し、境涯句を志した芭蕉が、談林俳諧に存在した頭ずの高い「風刺」の精神をも否定してしまったことを残念に思う。芭蕉晩年に到達した「軽み」の思想は、後世誰もが疑うことなく芭蕉独自の世界と解釈しているが、芭蕉が提唱した「挨拶」と「滑稽」とは一体なんだったのであろう。西山宗因を中心とする談林派は、軽妙な口語使用と滑稽な着想によって流行した。芭蕉の軽みの代表句とされる次の一句、
むめがかにのつと日のでる山路かな
は、一体どうなるのだ。この句の本質は軽妙な口語を使用した滑稽句ではないのか?「軽み」とは、形を代えた談林派の思想ではないのか? 芭蕉学者は、私の素朴な疑問に真摯に答えていただきたい。
柄井(からい)川柳が選句した「川柳」は、多くの口語を用いて、人生の滑稽、機知、風刺に視点を当てたが、芭蕉が談林派から切り捨てた財産の一部を継承したのではないのか? さらに正岡子規は、芭蕉の発句(ほっく)の大事な「滑稽」さえも、「俳句革新」の名の下に切り捨ててしまったのではないのか?
私の提唱する「魂の一行詩」は、芭蕉や子規の切り捨てた詩の本質の一分野をも現代に復元させようとしている。例えば「恋」、例えば「風刺」。口語を使用しての前述について言えば、くだらぬ俳壇よりも時実新子さんの「川柳大学」の方が、「笑い」を含めて、すでに多くの秀句を発表している。私は十三年前から、句集『檻』『存在と時間』『いのちの緒』『海鼠の日』『JAPAN』の中で、「恋」も「笑い」も「風刺」も作品として実践してきたのだ。
罵詈雑言(ばりぞうごん)浴びたるあとの秋日濃し 『檻』
君はいま原宿あたりクリスマス 『檻』
鳴きたるはどの亀なりし一休寺 『檻』
戦争のあとかたもなき簾かな 『存在と時間』
母の恋いつか聞きたし落とし文 『存在と時間』
田螺和(たにしあえ)子規に遺(のこ)りし借用書 『存在と時間』
いくらでも句を上げることが出来るが、最後に次の一句をもって「風刺」の精神を読みとっていただきたい。
日本(にっぽん)に米軍がゐる暑さかな 『JAPAN』
最近の俳壇が私に遅れること十年、俳句は「笑い」が必要と言いだした。だいぶ本題とずれてしまったが、一骨作品の「独楽」の句を通して「魂の一行詩」の理解を深めてもらいたいがためである。前述のように「独楽」の句は、運営委員の各氏が述べた一骨さんの境涯句なのではない。あくまでも「風刺」の一行詩なのだ。時事川柳と「魂の一行詩」の違いは、風刺の度合いが川柳よりも遥かに文学性が高いということ。一骨さんの句は、「放下の一行詩」に遊んでいるということ。「遊び」の精神こそ、人生の深奥(しんおう)にあるということだ。
たちまちに独楽の衰ふ仏土かな
とは、IT企業の雄、ライブドアの堀江貴文氏の逮捕による日本国の現状を指しているのだ。「独楽」は堀江氏自身であり、IT業界なのである。勿論、「仏土」とは日本国のこと。この一行詩は、象徴詩なのだ。一骨さんの当月集の題は「独楽」。前回の「西鶴忌」同様、主宰である私に向けた一句。
「主宰、この句が読み解けますか?」
なんとも食えない老詩人だ。
ついでに今回の事件を娘Kei―Teeの雑誌インタビューにこたえて昨年の11月、私が予言した記事を参照していただきたい。
「インターネット証券って最近多いだろ。非常に危険なことになるんじゃないかと思うよ。あれは市場としても崩壊しかねない。いまは確かに株価が上がってきていて、実際に日本経済が力をつけてきた部分もあるけど、証券会社がアオってるね。バブル再来って言ってるけど、バブルって実体が離れるからバブルじゃないか。騙されて、カネ突っ込んで痛い目に遭うね。
政治は自民党が間違いなく低落する。小泉政権自体低落するけど、小泉が3期目をやんないって言ってるしね。自分が影響力持たせてると思っているけど、小泉自身の人気が暴落するだろう。」(『ブブカ』2月号) |