二〇二一年は堂場瞬一氏にとってデビュー二十周年に当たる。記念企画として実現した三大警察シリーズのコラボは話題を集めているが、さらなる力作として登場するのが『沈黙の終わり』である。節目となる年のこの作品に込めた思い、また、これまでの作品を通して見る変遷など、角川春樹とのスペシャル対談でお届けする。
構成・石井美由貴
まず、この二十年を振り返り、作品へのお考えやご自身について変化を感じておられるのか。また角川社長はその間の堂場作品をどう見られているのか伺います。
堂場 瞬一(以下、堂場) 僕自身はあんまり変わってないつもりなんですが……。
角川 春樹(以下、角川) 小説は随分変わったなと思いますね。まず聞きたいのは、初めてお目に掛かったときのこと。「スポーツ小説を書くときは純文学に向き合うつもりで書いている」とおっしゃったんですが、覚えていますか?
堂場 覚えています。二十年やってきても変わらない部分ですね。
角川 そうだろうと思います。でも、警察小説は違うんじゃないですか?
堂場 そうかもしれません。もともと僕は私立探偵が出てくるハードボイルドが書きたかったんです。ですから鳴沢了(刑事・鳴沢了シリーズの主人公)は一匹狼の雰囲気でやったわけですが、書いていくうちに幅の広さがあることに気づき、コンビを組んでやらせてみるのもあるなと。それで誕生したのが「警視庁追跡捜査係」でした。
角川 キャラクターの違う二人がうまく絡んで、第一巻のタイトルでもある“交錯”がシリーズを通してのスタンダードになっていますね。
堂場 バディものとして性格の異なる二人をどう絡ませるのか。しかもこのシリーズは、二人が追う別々の事件が一つになるか、あるいは一つの事件がばらけるかという面倒臭いことも毎回やらなければいけないので、変なミステリー頭を使います。一番大変なんですよ(笑)。でもそのおかげで、他で変則的なことができる。僕のベースになっているシリーズです。
角川 未解決事件にスポットを当てる着眼点も面白い。
堂場 そもそもなぜ未解決になってしまうのか。そこには理由があるはずです。それをはっきりさせて、ちゃんと解決する人がいますよ、ということです。現実の日本社会では事件に限らず、曖昧なままで終わることが多いですから、せめて小説の中ではきちんと答えを出したいと思っています。
角川 そうした文庫書き下ろしがある一方で、『焦土の刑事』(講談社)などの昭和の刑事を描いた作品群もある。これは大河ドラマを思わせるような小説で、明らかな変化を感じました。
堂場 転機がありました。二〇一二年に出した『解』(集英社)は、平成という時代を生きてきた人間をまるまる描きたいと思って執筆しましたが、長い時間の流れを掴んで小説に落とし込むというのは大事な作業なんだと実感することができました。
角川 どっしりと書かれているなと思いました。その良さが『沈黙の終わり』にも表れている。この作品は警察ものであるとともに、メディアものでもありますが、二つがうまくドッキングした話になっているなと。
堂場 これまでの全ての小説は僕にとっては“習作”だと思っているんです。そうおっしゃっていただけるのなら、二十年掛けて習作してきたことが、ここで一つの形となったのかなと思います。
角川 読み応えがありました。『警察回りの夏』(集英社)から始まる三部作も面白く読みましたが、メディアものとして見ても、今回の小説はそれ以上に良く出来ている。
堂場 ありがとうございます。でもこれ、急場の作品といいますか……。本当は去年イタリア取材をして、一冊書く予定だったんですよね。
角川 コロナで行けなくなってしまったわけだ。それで、これをすぐ思いついたの?
堂場 以前から温めてはいましたが、まとまらないままずっと頭の中で転がしていました。テーマも大きいですから、出すなら何かの記念のときだろうとも思っていたので、このタイミングしかないなと。かなり慌てて準備しました。
角川 そんなことはまったく感じさせないですよ。それで改めて感じたのが、堂場さんは文庫本として書くものと、単行本でじっくり読ませるものとでは、スタンスも変えているんじゃないかということでした。
堂場 ええ。文庫書き下ろしは、駅構内の書店で買い、通勤電車や出張時の新幹線の中で読むといった読者の姿を意識していますので、ストーリー重視で、読みにくいところは極力排除して書いています。一方、単行本では好きなこと、試したいことをやらせてもらおうかと。もちろん、読者の期待を裏切らないとか外せない部分はあるので、その中でどう冒険していくかではありますけど。
角川 入り方がまったく違うわけだ。読後感にも表れていますよ。
堂場 それだけに、今作は読んだ方がどう捉えるかの興味がありますね。新聞記者が主人公の作品だと、正義感に燃えて、隠れたネタを自分の力で掘り起こして特ダネを書いて、「やった!」と終わるのが読者の望むパターンかもしれません。しかしこの作品は、ほぼ偶然で終わっている(笑)。エンタメだったら、やってはいけない手法ですよ。でも、リアルだとたまたま運が巡ってきて、うまくやれたということがよくある。今回は単行本なので、あえてリアルの世界に寄せています。その分、すっきりしない終わり方だと感じる方がいるかもしれません。
角川 主人公が定年間近という設定で私は非常に身近に感じたんですが、そのベテラン記者たちの老練なこと。事件隠蔽の理由を探る中で浮き彫りになる社会部と政治部の軋轢や駆け引きなども絡まって、新聞社という組織の奥行の深さを感じました。
堂場 僕自身も年をとりましたから、定年間際の人の心理がなんとなくわかるようになってきました。とはいえ、それだけだと物語が動かないので、若いやつもバランスを考えて登場させていますが、有象無象が背後にいるというのを感じ取っていただけたのなら嬉しいですね。それが今回の狙いでもありますので。
角川 さまざまな要素がうまくはまって、小説に力感がある。特に上巻の引っ張っていく力というのは凄かったですよ。
堂場 すみません、昔から力業に頼るところはあります。自分で読むのも、そういう話が好きなので……好きなタイプの小説を書きたいがために、こういう風になるんでしょうね。胸ぐらを掴んで引っ張っていくような小説が好きなんです。
それが堂場作品らしい熱量にもなり、この小説からは記者への思いを強く感じました。その一方で、以前から新聞社の未来を憂えてもおられますね。
堂場 新聞記者を主人公にした小説を書く際には、記者はこうであってほしいという理想や願望が入ってしまいますね。それだけ気掛かりでもある。インターネットの登場によっていずれ新聞社は潰れると言われてきました。今、一応生き残っていますが、これから先は本当にわからないですよ。
角川 出版社の立ち位置というのもそう変わるものではないですね。紙がどこまで残るのか。この作品は電子版も同時発売ですが、私はやっぱり紙にこだわりたい。
堂場 まったく賛成ですね。僕も電子書籍は利用していますが、必要な情報を吸い取る資料としては便利だと思います。ただ、小説はあまり読めません。紙で読んでいるときの味わいみたいなものが感じられないんですよね。
角川 読書力、つまり思考を巡らす力は、電子書籍で培われるのだろうかということは私も危惧しているんです。
堂場 書いてあることは紙も電子も同じなのに、なぜなんでしょうね。
角川 作家はAIにとって代わられると言われていますが、私に言わせれば、それはありえない。AIが書いた小説はあるけれど、過去のデータに基づくものでしかなく、そのデータは人間が書いたものです。
堂場 機械が勝手に物語を紡ぐわけではない。創造性という一番大きなところですよね。
角川 クリエイティブは人間の仕事ですよ。だから、今回堂場さんの小説を読み返して驚きましたよ。私は読んだ本をランクづけしているんですけどね。
堂場 怖いことをおっしゃる。
角川 堂場さんの作品はまさに人の創造性に満ちていて、いずれも私が求める基準点を超えている。これは凄いことですよ。
堂場 ここは強調して!(笑)
角川 私もそうありたいものです。編集者の仕事というのは結果が数字に表れるが、その数字が落ちたら編集者を辞めるべきだとすら思っている。
堂場 だったら私は、角川さんの数字を落とさないようにもっと頑張っていかなければいけないですね。
角川 ええ。お願いします(笑)。
ランティエ 2021年5月号より
単行本刊行時掲載
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