ドラマ情報
連続ドラマW 湊かなえ「落日」
9月10日放送・配信スタート
毎週日曜午後10時
【第1話無料放送】
出演:北川景子 吉岡里帆
久保史緒里(乃木坂46) 竹内涼真 黒木瞳
ほか
監督:内田英治
脚本:篠﨑絵里子
音楽:小林洋平
制作協力:MMJ 製作著作:WOWOW
著者紹介
2007年「聖職者」で第29回小説推理新人賞を受賞。同作を収録したデビュー作『告白』は「週刊文春2008年ミステリーベスト10」で第1位、第6回本屋大賞を受賞。また14年には、アメリカ「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙のミステリーベスト10に、15年には全米図書館協会アレックス賞に選ばれた。12年「望郷、海の星」で第65回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。16年『ユートピア』で第29回山本周五郎賞受賞。18年『贖罪』がアメリカのエドガー賞〈ペーパーバック・オリジナル部門〉にノミネートされた。他の著書に『新装版 サファイア』『ドキュメント』『残照の頂 続・山女日記』『湊かなえのことば結び』などがある。
©三原久明
デビューから11年。エンターテインメント界で確固とした地位を確立した湊かなえさんが新たな節目の年に発表するのはひとつの真実が見出す奇跡の物語だ。ミステリーの枠を超えて心揺さぶる最新刊『落日』の創作にかけた思いをお聞きした。
― 物語は主人公で脚本家の千尋のもとに、気鋭の映画監督から新作の依頼が来るところから始まります。ストーリーの根幹に「映画」という題材を据えた今作は、どのようにして誕生したのか教えてください。
湊かなえ(以下、湊) 作品を書くに当たってはワードを投げてもらうことが多いんです。例えば、「島に興味はありますか」とか「誘拐についてはまだ書いたことがないですね」とか簡単なものですが、そうしたやりとりの中で何か生まれそうだなと感じたものをテーマにしています。今回角川春樹社長からは「裁判」を、そして、編集者からは「映画」という言葉をいただきました。どちらもこれまで書いたことがなかったので、この二つが絡むようなものを書いてみたいと思ったのが始まりです。
― 監督の長谷部香は世界的に知られる存在。そんな彼女が次の題材にと考えているのは千尋の地元で起こった一家殺害事件だった。でも十五年も前の事件で結審もしている。なんで今更と思いながら千尋が事件について調べていきます。
湊) 裁判に映画というフィルターを掛けてみたら、どう映るのかなと考えました。裁判でわかることはほんの一部で、それは事実ではあっても真実かどうかわからないし、見せ方が変わると事実も変わってくるんじゃないかなと。
― 変わりましたね、まさかの展開でした。「事実」と「真実」という言葉を使い分けられていますが、それぞれどう捉えているのでしょうか。
湊) 分け方って難しいですよね。作中にも出てきますが、裁判で述べられていることは事実、つまり、こういうことがありました、人を刺しましたという事柄であるのに対して、真実というのは、そういう行為に至るまでの心の動きも含めたものだと思っています。でも、心の動きなんてなにが本当かわからないし、ましてや他人には知り得ないものです。であれば、事実がわかったとしても真実までもがわかったとはいえないんじゃないかと思うんです。
― 監督はその真実を知りたい。この作品は長谷部監督の物語ともいえるほど、その過去も丁寧に描かれていますね。
湊) 監督が知りたいと思うに至る背景はきちんと作りたいと思ったので。あとはやっぱり、真実というのは本当にわからないものなんだなと。
― ここは彼女の父親の存在も含めて大いなるミステリーとして読み応えがありました。そんな監督となかなか噛み合わないのが千尋です。二人は同じ作品制作に携わる人間でありながら、創作の原点がまったく違うというのも興味深い設定でした。監督が「知りたい」を原動力にするのに対して、千尋は「見たい」世界を求めている。
湊) この二つは似ているようでまったく違うものだなと思っています。「知りたい」というのは真実が核の部分にあるけれど、「見たい」の核にあるのは理想。こうなってほしいという願望というか。でも案外同じように扱われているなと思っていたので、物語を作るときにはそこをきちんと意識しないと、ぼやけてしまうのかなと思っています。また、千尋はいい意味で普通の人なんです。普通の人が才能ある人を見ると、よくわからない……。例えば、映画祭で優秀賞をとった作品って、けっこう難しかったりしませんか(笑)。監督も不器用ですから、その不器用な監督のことを天才だからこう思うのかなとか、なかなか理解できなかったり。そういうすれ違いを二人の姿から描けたらいいなと思いました。
― それにしても、千尋の言動には本当に翻弄されました。実は重要な鍵を握っていて。
湊) ここはあまりお話ししないほうがいいですよね。監督の知りたいということに対して、千尋がどうしてここまで反発するんだろうと思いながら読んでもらえると嬉しいです。
― 湊さんの作品はその多くが映画化やテレビドラマ化されていますが、小説家としてどうお感じになっていますか。
湊) 物語が立体化していくのは面白いなぁと思っています。自分が思い描いていたものとはまったく違う見せ方だったり、配役だったりして、わが作品ながら新しい発見があります。そうやって映像化してもらい、また自分でも脚本を書く機会を与えてもらったりしているので、一度映画を作るという話を小説としてきちんと書いてみたいなとも思っていました。
― この作品にはこれまでの経験が生きているんですね。
湊) そうですね。日本を代表するような映画監督の方々ともお会いしてきましたので、長谷部監督の中にちょっとずついただいて。このあたりは取材なしでいけました(笑)。
― 一方、今作のために裁判を傍聴されたそうですね。
湊) はい。初めてだったのですが、まさかあんなに簡単に入れるとは思いませんでした。手荷物検査なんてかばんをぱっと広げるだけ。法廷内でも被告人とすごく近くて、傘を持っていたら届きそうな距離でした。もし私がこの人を恨んでいたら危険だな、とずっと思っていました。さらにびっくりしたのは、小説の中にも書いていますが「クニのお母さんになんと伝えたいですか」と弁護士が尋ねるという……。これは儀式なんだ、ここに真実を追求しようとする人はいないんだなと思いました。だからこそ、映画や小説が入る余地があるなと。裁判では流されていくだけのことが、映画や小説になることで興味をひき、他人の事件をより自分のこととして捉えられるんじゃないかと思います。
― 他人の事件ということでは、今回触れている虐待や引きこもりもそうですね。
湊) 壁一つ向こうの出来事がまるでわからないということは日常でもよくありますよね。虐待などの事件をテレビのニュースで見ても、よその家の問題として流して終わってしまう。その終わってしまうものを、物語の力を借りることで自分の問題として捉えられるのではないかと思います。もっとみんなで考えていかなければいけない問題なんだと思います。
― それだけに家族についても考えさせられました。特に千尋とお父さんとのやりとりは心温まるもので、一言一言に深い意味があり、読み返すと、そのことが一層伝わってきます。
湊) 今回やっといいお父さんを出すことができました(笑)。いい役割を果たすことができたなと思っています。故郷のことも、知ろうとしなければわからないことが多いですよね。それぞれの故郷について改めて見つめるきっかけになるといいなと思っています。
― 話題は変わりますが、一昨年から行っているデビュー十周年を記念したサイン会は47都道府県を回るという大規模なものですね。
湊) 地方のサイン会は人が集まらないと言われていますが、むしろ地方こそ熱気があって、どこも定員いっぱいで集まってくださいました。本を読む人が少なくなったと言われ、その限られた本好きを、たくさんいる作家が椅子取りゲームみたいにして奪い合っているような状況なのかなと思っていたのですが、まだまだ届けられる人はいっぱいいるんだなと実感できました。
― そんな読者が間もなくこの『落日』を手にします。タイトルにはどんな思いを込められたのでしょうか。
湊) 再生というか、最後には未来が見えるような話が書きたいと思っていました。「落日」という言葉には没落するようなイメージがありますが、沈むからこそ新しい日が昇るのだと思います。私、ミュージカルの『屋根の上のバイオリン弾き』が好きなんですね。中でも一番好きなシーンが「サンライズ・サンセット」が流れるところで、人生は日が沈んでは昇るの繰り返しとともにあることを歌っています。一日一日を一生懸命生きている人たちも、日が沈むのを見て、今日も一日無事に過ごせたなと思っているかもしれない。そうした思いも汲みながら、このタイトルに決めました。大事に読んでいただけたら嬉しいなぁと思っています。
初出「ランテイエ」2019年10月号 聞き手 石井美由貴
©Luis Argerich/Stocktrek Images/amanaimages
書籍情報
FM大阪の人気番組から生まれました。
(2020年6月3日~2022年3月30日放送)
家族、友人、猫、淡路の美味しい食、旅の思い出――など湊さんの愛するものやリスナーとの温かな交流、小説講座、おすすめの本など、著者の魅力が満載の贅沢な一冊。
新型コロナウイルスの蔓延(まんえん)に、目の前に広がる多くのドアに鍵をかけられ、狭く暗い空間に閉じ込められたような気分になりました。そこに一つだけ鍵のかかっていないドアが。
それが、『湊かなえのことば結び』でした。
作品やメッセージの投稿は、全国各地の方からも。会えなくてもこんな繋がり方ができるのだと、元気と勇気をいただきました。
この本を通じて、さらに多くの「仲間」が増えることを願っています。
(「まえがき」より抜粋)