累計60万部突破!

時代小説界の大本命・上田秀人が挑む、江戸の金の物語時代小説界の大本命・上田秀人が挑む、江戸の金の物語

幕府の財政難を救うため
若き田沼意次が挑む経済大改革に
真面目が取り柄の貧乏浪人・左馬介が巻き込まれて──!?

将軍徳川家重の治世。商人は、米や両替、大商いなどで富を築き、江戸市中の経済を掌握しつつあった。一方、生活に困窮した大名や旗本たちは多くの下級武士をお役御免とし、江戸の町には浪人が増えた。多くは慣れない日雇い稼業でその日暮らしを余儀なくされ、境遇への怒りからやさぐれる者も多かった。

そんななか、親の代からの浪人で、真面目な仕事ぶりに定評ある貧乏浪人・諫山左馬介は、浅草門前町で夜逃げした商家を片付ける仕事を請け負った。そして、家の中から不審な帳面を見つける。このときから、雇い主である両替商・分銅屋仁左衛門と左馬介は、何者かに狙われるようになり……。

一方、若き田沼意次は亡き大御所・吉宗からの遺言に頭を悩ませていた。「幕政の中心を米から金にすべて移行せよ」。己の治世の拙速を嘆き、貨幣経済に移行することで幕府の財政を再建しようと狙ったものである。

とはいえ、既存の制度を壊して造りなおす大改革は、武家からも札差からも猛反発必至で──!?

第九巻 金の色彩いろ

第九巻 金の色彩

権力にも金にも揺るがず、
あくまでも気楽を好む左馬介。
その出自が明らかに──

両替商・分銅屋の用心棒・諫山左馬介を、御家人殺しの下手人として会津藩の留守居役高橋外記に売った人物がいる──
先代・吉宗の遺命で幕政の中心を米から金へ転換する改革を進めるお側御用取次・田沼主殿頭意次と分銅屋仁左衛門は、その人物に腹を立てていた。田沼意次は、すでに会津藩から放逐された高橋外記を、分銅屋は、かつて苦労してもみ消したはずの話を高橋に漏らした相手を、それぞれ完全に叩き潰すため、動き始めた。左馬介は変わらない真面目さで日々務めを果たすが、柳橋芸者・加壽美ことお庭番の村垣伊勢と分銅屋の女中・喜代との間で板挟みになり、困り果てていて──。


上田秀人

― Hideto Ueda ―

上田秀人写真=福田 拓

1959年、大阪府生まれ。大阪歯科大学卒。97年、小説クラブ新人賞佳作に入選しデビュー。歴史知識に裏打ちされた骨太の作風で注目を集める。2010年、「孤闘 立花宗茂」(中公文庫)で中山義秀文学賞受賞。代表作のひとつ「奥右筆秘帳」(講談社文庫)シリーズは、「この時代小説がすごい!」(宝島社刊)で、09年版、14年版と2度にわたり文庫シリーズ第1位、第3回歴史時代作家クラブ賞シリーズ賞を受賞。「百万石の留守居役」(光文社文庫)「禁裏付雅帳」(徳間文庫)「聡四郎巡検譚」(光文社文庫)「日雇い浪人生活録」(ハルキ文庫)「辻番奮闘記」(集英社文庫)「勘定侍 柳生真剣勝負」(小学館文庫)など多くの時代小説の書き下ろしシリーズがある。また、歴史小説も精力的に執筆。近著に「本懐」(光文社)「翻弄」(文芸春秋)「陽眠る」(角川春樹事務所、7月15日発売予定)など。

「日雇い浪人生活録」シリーズ
に寄せて/上田秀人

浪人は町奉行の管轄を受ける庶民になるが、両刀を許され、武士としての扱いを受けられた。じつに不思議なことである。

昨今、色々な研究の結果、江戸時代の身分制度とされている士農工商はなかったと言われつつある。もっとも士がすべての上に立ち、農工商の間の順位がなくなったとのことらしいが、このなかに浪人という身分はない。士ではないが農工商でもない。ここにも矛盾がある。浪人は士に準ずる。とはいえ、武士と違い籍はどこにもない。そう、浪人には誰でもなれたのだ。その証拠が新撰組である。近藤勇はまだ養父が道場主であったので許せるが、他の土方歳三、山﨑丞などは商家の出である。その庶民が、両刀を差すだけで浪人になった。

武士と庶民という身分差を崩す存在が浪人であった。仕官の夢などとうに消えた浪人たちが、日雇い仕事に明け暮れながらもあり続けられた矛盾が、維新の原動力になった。

しかし、これも武士がいた江戸時代までで、明治になると浪人という身分はなくなった。

明治新政府は浪人の恐ろしさを知っていたからだ。明日の保障がない、将来に夢を持てない。浪人は不満を持つ者である。境遇への怒りは、施政者に向かう。自分への不満を利用した明治新政府はすべての民を平等とすることで、浪人をなくした。

江戸とともに消え去るはずだった浪人という言葉は、なぜか今も生き続けている。いつから大学受験に失敗し次に臨む者を浪人と呼ぶようになったかは浅学にして知らないが、当たり前のように使っている。昨今は就職浪人などとも言うようになった。他にも保育園浪人、介護施設浪人というのも出現してきている。現代の浪人は、江戸時代の浪人とはかなり違ってはいるが、根本にあるものは不満である。今までこれらの不満が政権を揺るがすことはなかった。しかし、いつまでも浪人が、おとなしいとはかぎらない。

政に携わるお方たち、油断禁物である。

特別対談:上田秀人×今村翔吾

対談を読む

時代小説と歴史小説。一見似て非なるものである二つのフィールドで活躍し続けている関西の二人の作家、上田秀人さんと今村翔吾さん。新たに直木賞候補作として「じんかん」が選ばれた今村翔吾さんは、六月十五日に「童の神」が文庫化され、書き下ろし時代小説で圧倒的な人気を誇る上田秀人さんは、七月十五日に歴史小説の単行本「陽眠る」を刊行する。ふだんから交流のある二人に、創作について対談していただいた。

時代小説の人気シリーズと歴史小説をともに書かれ、大活躍中のお二人。関西在住という共通点もあって日頃から交流があるそうですね。

上田秀人(以下、上田) 今村くんが角川春樹小説賞を受賞された際のパーティーでご挨拶いただいて、それ以来ですかね。こっちの領域に入ってきたら潰すぞと言ってるんだけど、どんどん大きくなって。たけのこみたいなやっちゃなぁと(笑)。

今村翔吾(以下、今村) 言いつけを守り、上田先生が書かれている時代は避けながら、なんとかやっています(笑)。でも緊張するな、対談という形で話すのなんて初めてだから。

上田  もう何回飯食ってるんや!

今村  だって小説の話なんて普段しませんもん。

上田  そうやな。原稿料の話はするけどね、どこが安いとかさ(笑)。

今村  関西の作家って、だいたいそんな話しとるんちゃいますか。

時代ものと歴史もの、両方を手掛けるのは珍しいと思いますが、どのように書き分けていらっしゃるのでしょうか。

上田  あんまり気にしたことはないです。ただ、歴史小説は嘘を書けないのでね。事実と事実を繋ぐ作業になってしまうところもあるし。だから踊りにくいというのはあるかな。

今村  読んでいてとても楽しいです。後半になるにつれてテーマが浮き彫りになってくる感じとか、好きですね。伊達政宗を描いた「鳳雛の夢」は特にそう感じました。ランティエに連載されていた「陽眠る」も面白かったです。開陽丸、来たー!って。

上田  もう十七、八年前になるけど、江差に行ったときに開陽丸のことを知って。そのときに思ったのが、幕府の埋蔵金をここに絡めたら面白い話が書けるんちゃうかなと。それ以来、機会があればと思っていたのでね。

今村  確かに、船が隠れた主人公なんかなと思いながら読みました。こういうのも書かはるんですね。幕末が舞台ですよね。

上田  幕末はね、かつてある編集者に、お前ごときが手を出すなと言われたんだよ。司馬遼太郎さんや池波正太郎さんといった錚々たるメンバーが名作を山ほど書いているのだからと。でも、そろそろ書く時代がなくなってきた(笑)。その編集者との付き合いも途切れたし、書き始めたの。でも、今村くんも書いてみたいと思うでしょ、幕末。

今村  そうですね。ただ難しいだろうなぁ、資料がたくさん残っているだけに。だから「陽眠る」は新鮮でした。描いているのは幕末の中ではわりと知られたエピソードだと思うんですが、最近、こうした王道を書いた作品がないですよね。名作の存在を気にするあまり、どんどん読みたいものから離れていってる気がします。読者は本当はこういうのが読みたいんじゃないかなぁ。

上田  書きたいものを書くということでは、「童の神」もそうでしょ? 好きなテーマなんだろうなと思ったよ。

今村  はい、好きですね。

上田  僕、小説というのは最初の出だしとエンディングが大事、命だと思っているんです。「童の神」は第二章に至るまでが序章でしょ。このプロローグがすごく長くて、最終章と合わせるとそれだけで一つの小説になるくらいのものを入れている。僕にはできないな、もったいなくて(笑)。しかも、序章を後半でしっかりと生かしている。張った伏線の回収をどこでやるか。そのへんの配分もうまいなぁと思いますね。

今村  考えなしのところもあります。まだまだです。

上田  そりゃそうだよ。デビューから三年ぐらいで、わかってますなんて言われたら、後ろから蹴るよ(笑)。

今村  もうちょっと計算し尽くせるようになりたいですけどね。

上田  そうなったら今村くんの色がなくなると思う。「くらまし屋稼業」シリーズも読ませてもらっているけど、そこにも今村翔吾さんの文章ですねというのは出てきている。今村ファンの方もわかるでしょうね。でもそれは、合う合わないの問題でもある。合う人というのはハマって、必ず次巻も読んでくれる。編集部に電話してくる人いるでしょ、次はいつだと。

今村  ありがたいことですよね。でもそれって、先生方が次々と書かはるからですよ。時々言われるんですよ、上田秀人はあんなに書いているんだから、若いお前はもっと書け!って読者の方に(笑)。

上田  僕がデビューした頃はもう佐伯泰英先生や鳥羽亮先生が精力的に書かれていたから、時代小説は量産できなきゃ生き残れないと思いこんじゃったよね。で、運が良いのか悪いのか量産できてしまった。

今村  そうですね、時代小説なら年に七、八冊くらいは出していかないとだめなんかなというのはありますね。

上田  若い作家さんはがむしゃらにいかんと忘れられるよ。待ってくれへんもん、読者は。

今村  当面は仕事に専念する覚悟です。

上田  いや、死ぬまでや。当たり前やろ、そんなん。

今村  やべぇな、遊ぶ間がない(笑)。

上田先生は多くのシリーズをお持ちですが、シリーズを書くためのノウハウみたいなものはありますか。最初から確立されていたように感じますが。

上田  いや、ないですよ。最初はレポートみたいって、さんざん言われました。論文を書いてましたから、その書き方だって。

今村  山村正夫さんの小説講座を受けられたと聞いてますが、そこで学んだことが多かったですか?

上田  いや、山村先生は何も言われない方でした。教えられたのはただ一つ。自分が面白いかではなく、読者が面白いと感じることを考えなさいと。それだけ。

今村  僕も肝に銘じます。シリーズの書き方についてお聞きしたいんですが、まず、最後って決めてるんですか?

上田  だいたいはね。でも、どこで終わるかわからへんからね。売れたら、もうちょっと続けてください、次も行きましょうってなるでしょ。でも、それで続けていくと自分が飽きちゃうのよ。

今村  これ以上続けても面白く終われないというラインはありますよね。

上田  「くらまし屋」は何冊出てるんだっけ?

今村  六冊です。

上田  なら、まだまだやな。

今村  はい、もう暫くは続けたいと思っています。ただ、シリーズというのは短い期間で書いたほうが評価が高いような気もするんですよね。

上田  だって、文庫は勢いだもん。一日かかってひねり出した一文でも読者は二秒で読んでしまうわけだし。僕らがどれだけ悩み、時間をかけたとしても、それは読者には関係ないこと。作者も勢いなら、読者も勢いだね。

今村  勢いを保ち続けるコツというか、書き続けてこられたモチベーションってなんですか。

上田  なんなんだろうね。でもたぶん、初めて自分の名前が書かれた本が本屋に並んだ快感が忘れられへんのやろうなとは思うけど。デビュー作が平積みされているのを見たときは、ものすごく嬉しかったから。

今村  僕もその光景は覚えています。一冊目というのは不思議ですよね。

上田  作家なんて自己顕示欲の塊みたいなもんだからね。確かに書き続けるのは大変ではあるけれど、だんだんと苦ではなくなってくる。楽か楽でないか。この作品は楽だねとか、ちょっとしんどい作品だねとか、その違いくらいかな。

今村  「童の神」のときはそんな思いを感じることもなく、ただテンションだけで書いていた感じがします。

上田  そういう書き方を続けていたら、倒れるか、やめるかしかなくなるよ。まぁ僕もテンションのまま始めたの、あるけどね。「天主信長」は他に秀吉と家康で三部作にする予定だったの。でも、いろいろあって、あとの二作品は浮いてんねん(笑)。

今村  じゃ、僕がそのアイデアをもらおうかな。

上田  そんなこと言うと、今村が仕事したがってるってあちこちの出版社に言うぞ!

今村  マジで仕事来たら困ります。もう無理ですって。

上田  誰かに振れば?

今村  振れる先がないです。まだ若輩者なので……。

上田  考えたら君は息子みたいな年齢やしね。

今村  この前もそんな話になりましたね。

上田  うん。で、いっそのこと二人で親子ものをしようかってね。例えば、父親の目線で息子を見た物語を僕が一冊書き、今村くんは今村くんで息子目線で一冊とかね。

今村  面白そう! でも待って。部数にめっちゃ差がついたらどうしよう。息子のほうだけぜんぜん売れへんとか。〝じゃないほう芸人〟みたいに言われたら、いやや(笑)。

上田  ひとつのアイデアを二人で分けられるんや、ありがたい話や。時代小説の世界が面白くないことにはどうしようもないから。

今村  そうですね。なんとか盛り上げていきたいですよね。

上田  今村くんがいてくれるから、今、僕は楽なの。若手が出てこなければ、いずれ遺産だけで回していかなければならなくなり、そうなると時代ものというジャンルが腐ってしまう。やっぱり水は混ぜないと。だから今村くんが入ってきてくれて、この時代ものという池がようやく回り出したかなという気はします。

今村  時代小説の書き下ろしを評価してもらえるような土壌もほしいですよね。デビューのチャンスが少ない気もしていて、それだけに僕は運が良かったなと。だから、これからも引っ張っていってください。

上田  来年二百冊になるので、もういいかなって思ってるんだけど(笑)。

今村  いやいやいや。いい意味で、目の上のたんこぶでいてくださいよ。

上田  森村誠一先生に後は任せたと言われたのを思い出した。あのときはその重責にぞっとしたなぁ(笑)。

今村  ほら、責任あるんですって。それに時代小説のファンは絶対に誰かの新作を読んでいたいはずなんです。

上田  日本の文化なんでね、時代小説は。途絶えさせてはいけない。アメリカのウエスタンのようにしてはだめですよ。時代劇が廃れつつある今、文章だけでも生き残らないと。もちろん、読者の期待にも応えていかないといけないよね。だから、もう一度言うよ。書け!

今村  はいっ!

構成=石井美由貴

今村翔吾 (いまむら・しょうご)
1984年京都府生まれ。滋賀県在住。「狐の城」で第23回九州さが大衆文学賞大賞・笹沢左保賞を受賞。デビュー作「火喰鳥羽州ぼろ鳶組」(祥伝社文庫)で2018年、第7回歴史時代作家クラブ・文庫書き下ろし新人賞を受賞。「羽州ぼろ鳶組」「くらまし屋稼業」は続々重版中の大人気シリーズ。同年、「童神」で第10回角川春樹小説賞を、選考委員(北方謙三、今野敏、角川春樹)満場一致の大絶賛で受賞。「童神」は「童の神」と改題し単行本として刊行。多くのメディアで大絶賛され、第160回直木賞候補にもなった。19年刊行の「八本目の槍」(新潮社)で、第41回吉川英治文学新人賞受賞。他の著書に「てらこや青義堂師匠、走る」(小学館)、「じんかん」(講談社)、現代小説「ひゃっか! 全国高校生花いけバトル」 (文響社)がある。

「日雇い浪人生活録」主な登場人物

画=西のぼる

「日雇い浪人生活録」シリーズ
既刊本紹介

  1. 第一巻 金の価値

    第一巻 金の価値

    幕政のすべてを
    米から金へ──
    若き田沼意次が挑む
    経済大改革に、
    わずかな金に汲々とする浪人が
    巻き込まれる!?

    九代将軍家重の治世。親の代からの浪人・諫山左馬介は、馴染みの棟梁の紹介で割のいい仕事にありついた。雇い主は、江戸屈指の両替屋・分銅屋仁左衛門。夜逃げした貸し方の店の片付けという楽な仕事を真面目にこなす左馬介を仁左衛門は高く評価する。しかし、左馬介が空店から不審な帳面を見つけて以降、ふたりの周りは騒がしくなる。一方、若き田沼意次は亡き大御所・吉宗からの遺言に頭を悩ませていた──。「幕政の中心を米から金にすべて移行せよ」。己の治世の拙速を嘆き、貨幣経済に移行することで幕府の財政を再建しようと狙っての命である。既存の制度を壊して造りなおす大改革は、武家からも札差からも猛反発必至で──。


  2. 第二巻 金のいさか

    第二巻 金の諍い

    米で世を牛耳る札差と、
    金の世を拓きたい両替商。
    金と利権をめぐる争いが
    始まった!

    徳川吉宗の遺命により、江戸の経済基盤を「米から金へ」へと切りかえる幕政改革を実現せんとする将軍家お側御用取次・田沼意次と、それに手を貸すこととなった浅草の両替商・分銅屋仁左衛門。密かに動き出す天下の大事業に、左馬介は分銅屋の用心棒として関わることとなる。早くもこの動きを察した江戸有数の札差・加賀屋は、利権渡すまじと根回しを始める。武士たちの首を抑えているも同然の加賀屋を向こうに回し、分銅屋が打つ手とは? 金と利権をめぐる火花が散り、亡き吉宗が田沼の手助けをするよう命じていたお庭番が暗躍するなか、分銅屋の用心棒として雇われた浪人者・左馬介も命を懸けて立ち向かうことになる。しかし、剣の腕はまだ頼りなく……。


  3. 第三巻 金の策謀

    第三巻 金の策謀

    金と利権をめぐり、
    飛び散る火花?
    人間、
    一度覚えた贅沢はやめられぬ。

    分銅屋の用心棒として雇われ、変わらぬ真面目さでよく働く左馬介を、ある日つけ狙う者が現れる。分銅屋を蹴落とそうとする札差の加賀屋が、旗本・田野里蔵人の家臣・井田を刺客として送り込んできたのだった。左馬介は、父から受け継いだ鉄扇術でなんとか迎え討つ。一方、目付の芳賀と坂田も、田沼のために働く分銅屋を追い詰めるべく徒目付を送り込むが、失敗。だが、このとき左馬介が倒した徒目付が追った傷と、身元不明として報告された井田の致命傷がよく似ていることに気づく。同じく、井田の死の真相を追う南町奉行所の同心・佐藤猪之助も、左馬介の身辺を嗅ぎ回り始め……。


  4. 第四巻 金の権能

    第四巻 金の権能

    「一文、二文を稼ぐ、
    その尊さを知らない武家に、
    金の重さを思い知らせてやりましょう」

    田沼意次の財政改革に手を貸す分銅屋の用心棒・左馬介は、旗本田野里の家臣を返り討ちにし、心に重い枷を負うことになった。一方、賄賂によって出世ができるとなれば、金を蔑視する武士たちも、金を重視するようになる──そう考えたお側御用取次田沼意次は、賄賂を受けることで家名を汚してでも、吉宗の遺命をやり遂げる決心をする。そして、徒目付の佐治と安本は、意次が異例の出世を遂げた裏には何かあると察知した目付から、意次とつながっているらしい分銅屋を探るよう言われる。しかし、分銅屋の守りは固く、極秘のはずの調査が露呈し始めたこともあり、失敗を糊塗しようと二人は独自に動き始める。武士たちによる政の世界と、商人たちが担う財の世界の狭間で、左馬介は、いかにして立ち回るか。


  5. 第五巻 金の邀撃ようげき

    第五巻 金の邀撃

    目付からの攻撃、
    迎え撃つ分銅屋、
    援護するお庭番……。
    「いつまでも商人を舐めないことです」

    雇い主・両替商分銅屋の持ち長屋に住まう用心棒・諫山左馬介。つとめ明けで部屋に戻ると、同じ長屋で柳橋芸者として生活する女お庭番・村垣伊勢から声がかかった。田沼意次が水面下で着手した「米から金へ」の幕政改革を察知した目付が、札差の加賀屋を訪ねたという。将軍家重から田沼への手出しを禁じられ歯噛みする目付と札差が組むとなれば、狙いは田沼と通じている分銅屋か。一方、目付の芳賀と坂田の力添えを得たと確信した加賀屋は、荒くれ者の一味に再び分銅屋を襲わせた。その際、左馬介が負傷してしまう。この事件は奉行所に届けられるが、意次の圧力により、下手人探索は中止となった。ちょうどその頃、分銅屋には須坂藩堀家の用人・下村壱兵衛が現れ、一万両という借金を申し入れてくる。聞けば藩政が高利の借金で立ち行かなくなり、借り換えをしたいとのこと。堀家の借金の相手が、両替屋でも札差でもなく、寺だと知った分銅屋は……。


  6. 第六巻 金の裏表

    第六巻 金の裏表

    賄賂を奨励する田沼、
    金の動きに敏い分銅屋、
    時代を動かそうとする男たちから
    目が離せない!

    加賀屋が差し向けた荒くれ者の襲来から両替商・分銅屋仁左衛門の命を守り、右胸を負傷した用心棒・諫山左馬介。分銅屋の女中・喜代は左馬介の長屋まで押しかけて世話を焼くが、そこへ吉宗が意次に遺したお庭番の紅一点・村垣伊勢が、その頃、南町奉行所定町廻り同心・佐藤猪之助は、南町奉行の山田肥後守より呼び出されていた。命令に反し、分銅屋の周辺を探り続けていることを咎められたのである。佐藤猪之助は、町方同心の地位を失い、一介の浪人となる。それでもなお左馬介を追いつめようとする執念は、狂気をはらんでいた。目付の芳賀と坂田は、田沼意次の目指す「米から金へ」の改革に対抗すべく、幕府の重臣を巻き込んでの策謀を巡らせていて──。


  7. 第七巻 金の記憶

    第七巻 金の記憶

    武家の駆け引き、
    野心を抱く商人の台頭。
    江戸の世はどう動くのか──。

    亡き大御所より命を受け、田沼意次が行う財政改革を手助けする隠密のひとりで、ふだんは芸者姿に身をやつす村垣伊勢。村垣は、両替商・分銅屋の用心棒である諫山左馬介を、その鉄扇術から、ただの浪人ではないと疑い始ていた。一方、分銅屋仁左衛門は、田沼意次との関係を表にすることで、商人や旗本たちを自らのもとに呼び寄せることに成功。彼らの言動を熟視し、意次の家臣の中に内通者がいると知った分銅屋は、田沼家の用人・井上伊織と共に獅子身中の虫を退治するために乗り出す。 かたや左馬介の元には、旧知の浪人仲間・津川が現れ、莫大な財産を持つ分銅屋への押し込み強盗の手引きを迫る。断る左馬介に津川は、長屋の隣人である柳橋芸者の加壽美をさらうと脅し、その夜のうちに分銅屋に押し込みをかけてきて──。


  8. 第八巻 金の悪夢

    第八巻 金の悪夢

    権力にも金にも揺るがず、
    あくまでも気楽を好む左馬介。
    その出自が明らかに──。

    あえて賄賂を推奨する田沼意次に目通りを願う列は、日に日に延びていく。そんななか、両替商・分銅屋の用心棒・諫山左馬介は、煩悶していた。一度はもみ消したはずの御家人殺しを執拗に嗅ぎまわる元南町奉行所同心・佐藤猪之助に業を煮やし、自らの所業と認めてしまったことへの自責である。しかし、真実を摑んだと意気込むも、いまは肩書もない佐藤は、どこへ行っても厄介者扱い。左馬介の雇い主・分銅屋仁左衛門は、明らかに意次の改革の障りとなる行為に、左馬介を咎めながらも隠蔽に努める。一方、左馬介の鉄扇術からその出自を疑った武士は、財政の逼迫する会津松平家の重臣で──。


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陽眠る/上田秀人
陽眠る
2020年7月15日(水)発売

男の意地、武士の矜持、徳川の無念。

慶応四年一月。鳥羽伏見の戦いには敗れたものの、十五代将軍・徳川慶喜は薩長に対し徹底抗戦を主張。幕軍は意気軒昂であった。幕府がオランダに依頼して建造された〈開陽丸〉の艦将・榎本釜次郎武揚も、「ここからが海軍の出番」と自負していた。しかし、家臣たちの前で徹底抗戦を宣言したその夜、慶喜は大坂に停泊していた旗艦開陽丸で、江戸に逃げ帰ってしまう。失望した榎本武揚は、海軍時代から榎本の右腕だった副艦将・澤太郎左衛門と大坂城から持ち出した十八万両を持って、開陽丸ごと徳川海軍を脱走し、蝦夷地へと向かう──。

開陽丸が運ぶ、男たちの幕末。